薬剤耐性菌感染症

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NDM-5メタロ-β-ラクタマーゼ産生大腸菌ST410による国内感染事例

(掲載日 2016/3/15) (IASR Vol. 37 p.82-84: 2016年4月号)

NDM型メタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)産生菌はこれまでインドなどアジア諸国への渡航歴がありかつ現地での医療機関受診歴のある患者から分離されることが多いとされてきたが1)、今回、国内感染が疑われる事例が発生したため報告する。
 
症例Aは20代の女性、生来健康で、観光目的などで2014年にハワイ、2012年にイタリア、香港、マカオへの渡航歴があるものの、現地での医療機関受診歴は無かった。血液疾患のため関東圏の医療機関で約1カ月入院加療を受け、2015年6月に北海道の医療機関に転院した。転院時の便検体スクリーニングでカルバペネム耐性大腸菌が検出され、PCRによりNDM型MBL遺伝子が確認された。症例Bは70代の男性で、過去20年間の海外渡航歴はない。17年前に胆管細胞癌による手術歴があり、その後千葉県内の複数の医療機関への通院・入院歴がある。2016年1月に腹痛のため都内の医療機関に入院したが、手術適応となり、翌日千葉県の医療機関に転院した。転院後に胆管炎によるものと思われる発熱を認め、血液および胆汁培養にてカルバペネム耐性大腸菌が検出された。分離された大腸菌からはPCRによりNDM型MBL遺伝子が確認された。症例Aと症例Bに共通する医療機関は確認されなかった。
 
症例Aと Bより分離された大腸菌の薬剤感受性試験結果を表1に示す。両株ともカルバペネム系薬、モノバクタム系薬を含めβ-ラクタム系薬剤にはすべて耐性を示し、ゲンタマイシン、アミカシンおよびホスホマイシンには感性であったが、レボフロキサシンには耐性を示した。メルカプト酢酸ナトリウム(SMA)含有ディスクによるMBLスクリーニング試験の結果を図1に示す。SMAによる阻害効果は、セフタジジム(CAZ)を基質とした場合陰性であったが、メロペネム(MEPM)を基質とした場合は陽性であり、使用する基質薬剤に注意を要した。
 
症例A、B分離株のDNAプラグを作成、S1-nuclease処理後、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)を実施し、染色体およびプラスミドゲノムを分離、MiSeqベンチトップ型シークエンサー(Illumina)によりそれぞれを解読し、プラスミドゲノムは国立感染症研究所(感染研)病原体ゲノム解析研究センターで開発したGlobal Plasmidome Analyzing Tool (GPAT)を用いて解析した。
 
症例A分離株のNDM型MBL遺伝子は推定総塩基長45,252bpのIncX3プラスミド上に位置し、その全塩基配列はblaNDM-5と100%一致していた。症例B分離株もblaNDM-5が存在する推定総塩基長45,764bpのIncX3プラスミドを保有しており、症例A、B分離株のIncX3プラスミドの配列はほぼ一致していた。また、両株ともblaCTX-M-15を持つIncFグループのプラスミドを保有していた。Multilocus sequence typing (MLST)を実施したところ、いずれもST410であり、XbaIを用いたPFGEによるタイピング解析の結果も互いに類似したバンドパターンであったことから、同一由来株であることが示唆された。
 
感染研の薬剤耐性菌ゲノムデータベースGenEpid-Jにて配列登録済みのNDM-5 MBL産生国内分離株を追加検索したところ、本症例2例以外にも4症例由来4株を検出し、いずれも大腸菌であった。4症例ともインドなどへの渡航歴が確認されている輸入例であり、MLSTもST540、ST405、ST648、ST167と、本事例のST410とは異なる遺伝子型であった。NDM-5 MBLは2011年に英国のインド帰りの患者から分離された大腸菌ST648より初めて報告され2)、2014年には米国でのNDM-5 MBL産生大腸菌ST167による内視鏡に関連した院内感染が3,4)、中国からはNDM-5 MBL産生大腸菌の地域的拡散が報告されている5)。また、NDM-5 MBLはNDM-1 MBLに比べカルバペネマーゼ活性が高いとの報告があり6)、症例A分離株も含め当部で保有するNDM-5 MBL産生大腸菌のイミペネムとメロペネムのMICを Etestで測定したところ、いずれも>32μg/mlと高値であった。
 
症例Aには海外渡航歴があるが、症例Bについては明らかな国内感染例である。疫学関連のないこの2症例より類似したPFGEバンドパターンを示すNDM-5 MBL産生大腸菌ST410が分離されたことは、国内においてこの株が潜在的に拡散している可能性が否定できないと思われた。
 
参考文献
  1. 鈴木里和, 他, IASR 35: 287-288, 2014
  2. Hornsey M, et al., Antimicrob Agents Chemother 55(12): 5952-5954, 2011
  3. Epstein L, et al., JAMA 312(14): 1447-1455, 2014
  4. de Man TJ, et al., Genome Announc 3(2): e00017-15, 2015
  5. Chen D, et al., J Antimicrob Chemother 71(2): 563-565, 2016
  6. Dortet L, et al., Biomed Res Int 2014: 249856, 2014
 
国立感染症研究所細菌第2部
 鈴木里和 松井真理 鈴木仁人 長野由紀子 柴山恵吾
北海道大学病院感染制御部
 秋沢宏次 石黒信久
船橋市立医療センター感染制御室
  外山雅美 多部田弘士
信州大学大学院 医学系研究科
 斉藤さとみ 長野則之
国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センター
 関塚剛史 山下明史 加藤健吾 黒田 誠
 

 

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外科手術後患者における多剤耐性Corynebacterium striatumによる院内感染事例

(IASR Vol. 36 p. 90-91: 2015年5月号)

Corynebacterium 属菌は主に皮膚や上気道の常在菌として知られており、血液培養から検出された場合でも、検体採取時のコンタミネーションと解釈されることもある。Corynebacterium 属菌による院内アウトブレイク事例について報告する。

アウトブレイクの経緯
A病院において、2014年9月中旬に、同一病棟入院の4患者の血液、術中に採取した検体、創部浸出液、医療デバイス先端等から、続けてCorynebacterium 属菌が検出された。分離菌株の薬剤感受性パターン(antibiogram)が酷似していたため()、医療関連感染が疑われた。4患者全例とも8月中旬~9月初めに同病院で外科手術を受け、ICU内で内頸静脈カテーテル留置による血液透析を受けていた。そのうち1患者は、敗血症で死亡したが、死亡2日前に採取した血液からはCandida tropicalis が分離され、Corynebacterium 属菌は分離されなかった。3患者はその後バンコマイシン等による治療により回復した。

アウトブレイクへの対応
本A病院は、診療報酬における感染防止対策加算1の届出医療機関であるが、同じく加算1である連携先のB病院と一連の経過について、9月下旬に臨時の合同院内感染対策会議を開いた。会議翌日に、B病院の院内感染制御チーム(ICT)と合同でICUの巡視を行い、さらに、管轄の保健所に連絡した。当該患者においては隔離および接触感染予防策を開始しながら、外科手術をいったん中止、ICUを閉鎖して、清掃業者による清掃・消毒を行った。同様の外科手術を行った患者、内頸静脈カテーテル留置による血液透析を行っている患者、中心静脈カテーテル挿入の患者等の管理について検討し、ガウン、手袋の装着、手指衛生の強化徹底、点滴作成台の清潔管理の見直しを行った。外科手術、ICUの再開については、B病院と合同で各検討項目の改善状況の検証を行い、同属菌による新規感染例発生の有無を確認し、院内感染対策についてB病院から一定の評価を得たうえで再開を決定した。現在までに血液から同様の細菌が検出されることはなく感染の拡大はきたしていない。

細菌学的検査
本病院は、細菌学的検査はすべて外部の検査センターに委託している。検査センターで保存されていた8菌株について、国立感染症研究所で行政検査が行われた。16S rRNA遺伝子およびrpoB 遺伝子の遺伝子配列を検討したところ、解析した両遺伝子配列は8菌株において同一で、どちらの結果からもCorynebacterium striatum と同定された。また、質量分析による解析においても、すべてC. striatum と同定され、さらに、本8株は使用した質量分析装置メーカーのデータベースと比較して同じグループのbiotypeに属すと考えられた。また、APIコリネを使用した生化学的性状においても一致した所見が得られ、質量分析の結果が裏付けられた。また、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)によるタイピング解析(Sfi I使用)において、本8株はほぼ同一パターンを示し、同一の遺伝子背景を持つと考えられた()。Antibiogram、biotype、および、PFGEタイプが8株で一致し、 本病院における多剤耐性C. striatum によるアウトブレイクが示唆された。

本4患者の細菌学的検査記録を調べたところ、敗血症に先行して、吸引喀痰からCorynebacterium spp.が分離されている場合が多いことがわかり、上気道がリザーバーになっていることが推定された。しかし、検査を行っている検査センターにおいて、無菌的材料以外から分離されたCorynebacterium spp.については薬剤感受性試験を行わないため、血液や創部感染由来の菌株とantibiogram等による比較検討はできなかった。そこで、検査センターに協力を依頼し、本アウトブレイクの原因となったC. striatum 菌株と類似したコロニーが認められた場合は、喀痰由来であっても薬剤感受性試験と菌株保存を行うこととし、本菌株の上気道キャリアのモニタリングを開始した。

Corynebacterium 属菌は、主に皮膚や上気道の常在菌として知られており、臨床現場では一般細菌培養検査結果で、喀痰や鼻腔からの検体においてはCorynebacterium sp.と報告され、薬剤感受性検査も行われることが少ないのが現状である。また、血液培養から検出された場合でも、患者の臨床症状が乏しければ、検体採取時のコンタミネーションと解釈されることもある。しかしC. striatum は、近年日和見感染を起こすことでも認識され、薬剤耐性株による院内アウトブレイク事例の報告が散見され、院内感染対策において、注意すべき重要な菌種であると考えられた。

 
参考文献
  1. 大塚喜人, 日本臨床微生物学雑誌 22(3): 207-213, 2012
  2. 渡部 達, 小児感染免疫 26(3): 359-363, 2014
  3. Verrolen A, et al., Clin Microbiol Infect 20: 44-50, 2014

大阪市保健所
  廣川秀徹 吉田英樹 中山浩二 澤田好伴 伯井紀隆 坂本徳裕 松生誠子 
  半羽宏之 松本健二 谷 和夫 吉村高尚
大阪市立環境科学研究所
  中村寛海 西尾孝之
国立感染症研究所細菌第二部
  加藤はる 鈴木里和 柴山恵吾

 

 

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