国立感染症研究所

複数国で報告されている小児の急性肝炎について
(第3報)

2022年5月27日

国立感染症研究所

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状況の評価

  • 報告のあった各国で、症例が著しく増加している兆候はないため、患者の周囲に容易に感染し急速に感染者が増加するような状況ではないと考えられる。
  • 引き続き、国内で小児の急性肝炎、アデノウイルス感染症が増加している兆候はない。
  • 原因としてアデノウイルス感染症が疑われてはいるものの、感染症以外の原因も含めて引き続き調査を進めている段階である。このような事例の原因究明には、症例を集め、分析することが重要であり、一定の時間を必要とすることに注意が必要である。
  • 諸外国で原因探索が行われており、これらの進捗から知見を得ながら、丁寧な調査・分析を進めていく必要がある。

 

 

国内症例の概要

厚生労働省(および国立感染症研究所)の調査における暫定症例定義は以下の通りである。(令和4年4月27日付厚生労働省健康局結核感染症課事務連絡「欧州及び米国における小児の原因不明の急性肝炎の発生について(協力依頼)」、5月13日一部改訂)

2021年10月1日以降に診断された原因不明の肝炎を呈する入院例のうち、以下の①、②、③のいずれかを満たすもの:

 ①確定例 現時点ではなし。

 ②可能性例 アスパラギン酸トランスアミナーゼ(AST)又はアラニントランスアミナーゼ(ALT)が500 IU/Lを超える急性肝炎を呈した16歳以下の小児のうちA型~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者。

 ③疫学的関連例 ②の濃厚接触者である任意の年齢の急性肝炎を呈する者のうち、A型~E型肝炎ウイルスの関与が否定されている者。

 

上記の暫定症例定義を満たす可能性例が、国内で31例報告されている(表1)。

 

表1 暫定症例定義に該当する国内の入院症例の発生状況(5月26日10時時点)

 

可能性例数

うちSARS-CoV-2

PCR検査陽性数

うちアデノウイルス

PCR検査陽性数

31

4

2

 

31例のうち、19例(61%)は男性、12例(39%)は女性で、年齢中央値は5歳(範囲2か月-15歳)であった。31例は広い地域から報告されており、現時点では明らかな集積は見られていない。発症日は2022年2月から5月で、31例中18(58%)例はすでに退院している(5月26日時点)。臨床症状の情報が得られた27例では、37.5℃以上の発熱18例(67%)、消化器症状(腹痛、下痢、嘔吐・嘔気のいずれかを呈する者)13例(48%)、咳嗽7例(26%)、黄疸6例(22%)、白色便1例(4%)であった。肝移植の適応となった症例や死亡例はないが、転帰についてさらなる観察期間を要する可能性に注意が必要である。

これら症例の検査の実施状況は一律でなく、また検査中の症例も含まれる。肝機能の指標となるASTとALTについて情報が得られた26例では、中央値[四分位範囲]がそれぞれ、AST833 IU/L[450-1,143 IU/L]、ALT 873 IU/L[587-1,660 IU/L]であった(表2)。31例のうち4例(13%)から新型コロナウイルスが検出されており、情報が得られる26例のうち5例(19%)は新型コロナウイルスワクチン接種歴があった。また、地方衛生研究所における22例の病原体検索では、2例(9%)からアデノウイルスが検出され、うち1例が1型、1例が2型であった。

なお、本症例の原因は現時点で究明中であり、情報収集を継続する必要がある。

 

表2 暫定症例定義に該当する国内の入院症例の基本情報(n=31, 5月26日10時時点)

 

年齢

中央値

(範囲)

5

(2か月-15歳)

性別

N

(%)

  男性

19

(61)

  女性

12

(39)

転帰 

N

(%)

  肝移植あり

0

(0

  死亡

0

(0)

臨床症状*1

N

(%)

37.5℃以上の発熱

18

(67)

消化器症状*2

13

(48)

咳嗽

7

(26)

黄疸

6

(22)

白色便

1

(4)

検査所見*3

中央値

[四分位範囲]

AST(IU/L)

833

[450-1,143]

ALT(IU/L)

873

[587-1,660]

*1 重複あり。症例数及び割合(%)は臨床症状の情報が得られた27例の情報に基づく

*2 腹痛、下痢、嘔吐嘔気のいずれかを呈する者

*3 AST、ALTは報告時点までの最大値

 

国内の状況

  〇感染症発生動向調査(NESID)

  • 「ウイルス性肝炎(E型肝炎・A型肝炎を除く)」の小児の症例数の報告が増えている兆候は見られていない(5月18日時点)
    感染症法による感染症発生動向調査ではウイルス性肝炎(E型肝炎・A型肝炎を除く)は、5類感染症の全数把握対象疾患に定められ、診断した医師は7日以内に保健所に届け出ることが義務づけられている。ウイルス性肝炎(E型肝炎・A型肝炎を除く)の報告数は、2020~2021年は2017~2019年と比べて少なく、2022年第1~18週も、報告数の増加は見られていない。小児の報告は稀であり、2021年以降16歳以下の小児の報告は2例のみである。なお、2017年以降、一貫してB型・C型肝炎が最も多く、当疾患の7割以上をこれらが占めている(D型肝炎の報告は0例)。2021年以降は、B型・C型・D型肝炎以外のウイルス性肝炎の症例報告数はわずかに増えているが、その起因ウイルスのほとんどはサイトメガロウイルスかEBウイルスであり、アデノウイルスの報告はない。
  • アデノウイルスに起因するSyndrome(症候群)が大きく流行している兆候は見られていない(5月18日時点)
    アデノウイルスに起因する症候群には、感染性胃腸炎、咽頭結膜熱、流行性角結膜炎などがある。感染症発生動向調査において、これら3疾患は定点報告対象疾患(5類感染症)であり、指定届出機関(感染性胃腸炎、咽頭結膜熱:全国約3,000カ所の小児科定点医療機関、流行性角結膜炎:全国約 700カ所の眼科医療機関)は週ごとに、週単位の集計数を保健所に届け出なければならない。2022年第1~18週のこれらの定点当たり報告数は、2017~2019年と比較し、同様かそれ以下の水準(レベル)で推移している。なお、傾向(トレンド)としても、2017~2019年と比較し、異なる動向は見られない(第18週の顕著な減少に関して、当週は大型連休を含むため、解釈に注意を要する)。
  • NESID病原体検出情報システム(病原体サーベイランス)における報告状況から、アデノウイルスが大きく流行している兆候は見られていない*(5月13日時点)
    地方衛生研究所等が病原体サーベイランスに報告した病原体の検出情報(感染症発生動向調査の定点およびその他の医療機関、保健所等で採取された検体から検出された病原体の情報)によれば、2022年においてアデノウイルス報告数が増加している、あるいは高いレベルで推移している兆候は見られていない。
    なお、小児科定点から報告のあった、胃腸炎症状(下痢、嘔気・嘔吐、腹痛)を認めた症例に限定した病原体サーベイランスに報告された病原体においても、2022年のアデノウイルス報告数は増加をみとめず、低いレベルで推移している。感染症発生動向調査では2021年末~2022年上旬に、小児科定点より感染性胃腸炎の定点当たり報告数が増加したが(2017~2019年の同時期とほぼ同レベル)、この時期に病原体サーベイランスに小児科定点より胃腸炎症状として報告された大部分の症例からはノロウイルスが検出され、アデノウイルスの検出は少なかった。アデノウイルスの検出は、2020年の4月以降、低いレベルで推移しており、2017~2019年の同時期の検出数よりも少ない傾向が続いている。
    病原体サーベイランスにおいて、2017年1月~2022年4月までに、「肝炎」の記載があり、検体よりアデノウイルスが検出された4例が報告された(2017年に3例、2019年に1例)。いずれも3歳未満であり、アデノウイルスの型は1型、5型、6型のいずれかであった。また、「肝機能障害」の記載があり、検体よりアデノウイルスが検出された症例は、例年数例ではあるが報告されており、その大半が小児であった。なお2020年以降、これら報告数は減少している。

    *病原体サーベイランスにおいては、検出から報告までの日数に規定がないため、報告が遅れる可能性があり、特に直近の情報については、解釈に注意が必要である。

 

学会等の医師ネットワークや、小児肝移植を行う医療機関においても、小児の重症肝炎や移植例が増えているという事実は現在のところ確認されていない。

 

 

国外の状況(5月26日時点)

  • 現在英国で197例の報告があるほか、全世界で少なくとも614例の症例が報告された。
    2022年4月15日に世界保健機関(WHO)より小児の急性重症肝炎患者の増加が報告されたのち、英国から5月16日時点で197例(UKHSA, 2022)、米国から5月26日時点で216例の報告があった(CDC, 2022)。このほか5月19日時点で欧州連合/欧州経済領域(EU/EEA)の14カ国(オーストリア、ベルギー、キプロス、デンマーク、フランス、ギリシャ、アイルランド、イタリア、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン)から125例、そのほかアルゼンチン、ブラジル、カナダ、コスタリカ、インドネシア、イスラエル、日本、マレーシア、メキシコ、モルドバ、パレスチナ、パナマ、セルビア、シンガポール、韓国から報告があり、全世界で少なくとも614例の報告がある(ECDC, 2022)。
  • 現時点で英国から11例の肝移植症例の報告があり、全世界で14例の死亡例が報告されている。
    症例の転帰に関する情報は、引き続き収集されている。英国からの報告では、これまでのところ11例が肝移植をうけたが、死亡例は報告されていない(UKHSA, 2022)。また、全世界で14例の死亡例の報告がある(ECDC, 2022)。 
  • 英国でアデノウイルスが多くの症例から検出されているが、原因については引き続き幅広く調査中である。
    英国で最も多く検出された病原体はアデノウイルス、次いでSARS-CoV-2であった。英国では、197例中170例に対してアデノウイルスの検査が実施され、116例(68%)でアデノウイルスが陽性であった。最も検出頻度の高いウイルスであることから、最も関連が疑われる病原体である。35例でhexon遺伝子でのアデノウイルスの遺伝子型判定が実施され、27例(77%)で41型が検出された。また、イングランドで肝移植を要した8例中7例の血液検体からアデノウイルスが検出され、5例が41型であった。また、SARS-CoV-2の検査は169例で実施され、25例(15%)から検出されている。そのほかアデノウイルス随伴ウイルス(AAV)、ヒトヘルペスウイルス6(HHV6)などが検出されているが、その関連は明らかではない(UKHSA, 2022)。
    英国の症例の多くは新型コロナウイルスワクチン接種年齢未満であり、ワクチンとの関連を示す証拠はみられない(UKHSA, 2022)。
    また、有機化合物など毒物の検査も実施され、複数の症例からパラセタモール(アセトアミノフェン)、フルコナゾール、マイコトキシン(カビ毒)が検出された。パラセタモール、フルコナゾールは治療時の投与に伴うものと考えられたが、マイコトキシンについてはさらなる検証が必要である(UKHSA, 2022)。
    疫学調査により、92例中64例(70%)が犬を飼っていた事が分かったが、さらなる調査により、犬との接触歴の有無と、肝炎、ウイルス検出に関連は見られなかった(UKHSA, 2022)。
    引き続き、各国でウイルス以外も含めた複数の可能性について、調べられている。

 

用語解説

アデノウイルス:

アデノウイルス科マストアデノウイルス属に属するヒトアデノウイルス(human adenovirus: Ad)は, エンベロープを持たない2本鎖DNAウイルスであり, 物理化学的に比較的安定している。現在A-Gの7種に分類され, 100を超える型が存在している。アデノウイルスは, 急性上気道炎などの呼吸器疾患, 流行性角結膜炎 (epidemic keratoconjunctivitis, EKC)などの眼疾患, 感染性胃腸炎などの消化器疾患を起こす。また, 出血性膀胱炎, 尿道炎などの泌尿器疾患, さらに肝炎なども起こす。アデノウイルスの種によって流行状況や炎症反応が異なる(Nakamuraら, 2018)。
詳細は特集記事(IASR 42(4), 2021【特集】アデノウイルス感染症2008~2020年)を参照。

 

 

   参考文献

 

謝辞

感染症発生動向調査にご参加、ご協力をいただいている全国の医療機関、保健所、自治体本庁、そして地方衛生研究所の関係各位に心より感謝申し上げます。

 

添付資料

 

関連項目

 

更新履歴

第3報 2022/5/27時点

第2報 2022/5/10時点 注)第1報からタイトル変更

「複数国で報告されている小児の急性肝炎について」

第1報 2022/4/25時点

「欧米での小児重症急性肝炎の発生について」  

 

 

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