国立感染症研究所

国立感染症研究所
実地疫学研究センター、感染症疫学センター、エイズ研究センター
2021年3月4日現在
(掲載日:2022年1月18日)

わが国のHIV感染症サーベイランスは、1984年9月にエイズ発生動向調査として開始され、1989年2月~1999年3月はエイズ予防法、1999年4月より感染症法に基づき実施されている。HIV感染症は感染症発生動向調査(NESID)における5類感染症全数把握対象疾患(後天性免疫不全症候群)である。その発生届1)により無症候性キャリアあるいはその他として報告されたものはエイズ発生動向調査における「HIV感染者」、AIDSとして報告されたものはエイズ発生動向調査における「AIDS患者」として、エイズ動向委員会により発生動向が定期的に公開されている2)。本稿でも「HIV感染者」、「AIDS患者」について、エイズ発生動向調査における定義を用いている。

エイズ動向委員会による令和2(2020)年エイズ発生動向年報3)によると、2020年は保健所等での検査数の大幅な減少、HIV感染者新規報告数の減少、AIDS患者新規報告数の増加等の特徴があり、2020年のエイズ発生動向の詳細を理解する補助として、今回、NESIDに登録されている情報に基づいて、診断月別新規報告数、発生届1)における診断時の症状の有無、発生届におけるHIV感染初期と推測された記載について集計した。

なお、本稿におけるHIV感染初期とは、診断時の症状の有無に関わらず、発生届に「急性」、「acute」、「感染初期」、HIV-1抗体の「Western Blot法判定保留」、「Western Blot法陰性」等の記載があり、HIV感染初期と推測された記載内容があるものとした。HIV感染初期ではなく、他の急性期疾患として「急性」等の語が使用されているものは除外した。なお診断した医師による発生届への自由記載に基づく集計であること、HIV感染初期と判断された根拠(例えばWestern Blot法(WB)による抗体検査の結果など)は必ずしも明記されていないことに注意が必要である。また、これ以外に発生届においてHIV感染初期が推測された場合に記載されることのある記入欄として「感染したと推定される年月日」があり、これが「診断年月日」から6か月以内であるものについても併せて集計した。

診断月別新規報告数

最近5年間(2016〜2020年)の診断月別新規報告数を表1図1に示す。2020年は4〜6月、11月の診断月別HIV感染者新規報告数が60例を下回り、前年までと比較し特に低い報告数であった。一方でAIDS患者新規報告数については、同様の報告数の低下は見られなかった。なお、エイズ発生動向年報は報告日基準での集計であるが、報告遅れの影響を除外するため、表1図1の集計は診断日基準で集計した(2021年3月4日現在のNESID登録例の集計)。

hiv 220118 t1

hiv 220118 f1

 

診断時の症状の有無、およびHIV感染初期と推測された記載等の集計

2008年~2020年の発生届1)における診断時の症状の有無、発生届におけるHIV感染初期と推測された記載等の集計を表2に示す。2020年HIV感染者新規報告の11.3%(85/750)が診断時の症状有と報告された。なお、年間集計である表2についてはエイズ発生動向年報と同様に報告日基準で集計した。2021年3月4日現在のNESID登録データに基づく集計のため、エイズ発生動向年報の年間新規報告数と乖離が生じる場合がある。

hiv 220118 t2

2020年HIV感染者新規報告のうち5.5%(41/750)にHIV感染初期と推測された記載があった。HIV感染初期と推測された記載のある41件のうち、HIV-1抗体のWB判定保留またはWB陰性と記載されていたものは5件であった。2020年HIV感染者新規報告の14.5%(109/750)でHIV感染初期と推測された記載または診断日から6か月以内の日付での推定感染年月日記載のいずれかがあった。また、2020年AIDS患者新規報告においては診断時の症状有99.1%(342/345)、HIV感染初期と推測された記載はなかった(0/345)。 

まとめ

2020年4月~6月の期間にみられた診断月別HIV感染者新規報告数の減少について、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行に伴う最初の緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)等、様々なCOVID-19対策が行われた時期と一致していた。一方、より重い症状を伴うことが多いAIDS患者新規報告数は、同期間に減少を認めなかったことからも、HIV検査・診断機会減少の影響を受けた可能性がある。エイズ発生動向年報等で報告された通り2020年の年間新規報告数はAIDS患者で増加し、HIV感染者で1999年以降最大の減少となった3)4)。今回、AIDS発症前のHIV感染者の中でも、無症状のHIV感染者や非急性期のHIV感染者が特に検査・診断機会減少の影響を強く受けたかどうかを評価する一助として集計を行った。2020年のHIV感染者新規報告において診断時の症状有の割合や、HIV感染初期と推測された記載のある割合は前年までと比較し明らかな上昇は見られなかった。ただし、発生届の診断時の症状の欄は記載されない場合があること、HIV感染初期と推測された記載については発生届の自由記載欄に基づく集計のため、これらの割合の変化を正確に把握できていない可能性に留意する必要がある。COVID-19流行下のHIV検査・診断機会の減少がどの程度HIV感染者新規報告数の減少の要因となったか、AIDS患者新規報告数増加の要因として検査・診断遅れがどの程度寄与したか等についてはより詳細な検討を要する。

HIV感染症は根治できないものの、適切に抗HIV療法を受けることにより血中ウイルス量を抑制することができ、性交渉時の他者への感染も防ぐことができる。感染予防とともに早期の検査と治療開始、治療継続が引き続き重要である。

参考文献

  1. 後天性免疫不全症候群発生届(HIV感染症を含む)
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/pdf/01-05-07-3-b.pdf
  2. エイズ動向委員会 四半期報告 
    https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/index.html
  3. エイズ動向委員会 令和2(2020)年エイズ発生動向年報(1月1日~12月31日)
    https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html
  4. IASR 42(10), 2021
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-vol42/10728-idx500.html

 


「感染症サーベイランス情報のまとめ・評価」のページに戻る

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version