ここでは、学術雑誌に掲載された感染研の研究者の論文や報道等のあった研究成果の要約を公開することで、感染研が行っている研究業務を紹介していきます。
Natalia A. Molodecky, Roland W. Sutter, the Switch Evaluation Sounding Board (Walter Orenstein, Rana Muhammad Safdar, Hiroyuki Shimizu, J Peter Figueroa, Rose Gana Fomban Leke, Sunil Kumar Bahl, John Sever)
2016年、世界ポリオ根絶イニシアチブは、三価OPVからSabin 2株を除いた二価OPVへの切り替え(switch)を世界的に実施しました。2016年のswitch以降、2型cVDPV流行によるポリオ症例数および流行地域は大幅に拡大しcVDPV流行は現在も終息していません(Fig.)。本研究では、2016年に実施されたswitchの失敗の原因について解析・評価し、cVDPV2流行への準備と対応が不十分かつ不徹底であり、流行初期段階でcVDPV2伝播を停止できなかったことが大規模流行をもたらしたことを明らかにしました。ポリオ根絶最終段階で現行の二価OPV接種を世界的に停止する場合には、2016年のswitchの失敗を教訓に、より厳格な接種停止条件を設定することが重要と考えられます。
Wakana Yamashita, Kotaro Chihara, Aa Haeruman Azam, Kohei Kondo, Shinjiro Ojima, Azumi Tamura, Matthew Imanaka, Franklin L Nobrega, Yoshimasa Takahashi, Koichi Watashi, Satoshi Tsuneda and Kotaro Kiga
Communications Biology 8(1):290, 2025
ファージは、細菌に感染・殺菌するウイルスです。細菌は、ファージによる殺菌を免れるために「防御システム」と呼ばれる多様な防御機構を持っています。本研究では、その一つであるTmn防御システム(作用機序が未知である膜関連防御システム)に着目し、ファージにこの防御を回避させる2つの方法(①抗Tmnタンパク質をファージに搭載する方法、②ファージ遺伝子に変異を導入し、Tmn防御システムに認識されないようにする方法)を構築しました。
本研究で開発された、細菌の防御を突破する2つのファージ改変手法は、効果的なファージ療法(ファージの殺菌力を利用した抗菌療法)の発展につながると期待されます。
本内容は日本学術振興会、AMEDの研究支援を受けて実施しました。
Astri Nur Faizah, Daisuke Kobayashi, Faustus Akankperiwen Azerigyik, Ryo Matsumura, Izumi Kai, Yoshihide Maekawa, Yukiko Higa, Kentaro Itokawa, Toshinori Sasaki, Kris Cahyo Mulyatno, Sri Subekti, Maria Inge Lusida, Etik Ainun Rohmah, Yasuko Mori, Yusuf Ozbel, Chizu Sanjoba, Tran Vu Phong, Tran Cong Tu, Shinji Kasai, Kyoko Sawabe and Haruhiko Isawa
Emerging Microbes & Infections (EMI), 14(1)
2022年、オーストラリアで突如として日本脳炎ウイルス(JEV)遺伝子型IV型(GIV)のアウトブレイクが発生した。JEV GIVはこれまでインドネシアからのみ報告されていたマイナーな遺伝子型であったため、その媒介蚊を含めたウイルス性状に関する情報は限られてきた。そこで私たちは、独自に分離したJEV GIV株を用いて、ウイルス媒介蚊種の調査を行った。その結果、日本産の蚊種(コガタアカイエカ、ヒトスジシマカ)に加え、JEVの非流行地であるベトナム(ネッタイイエカ)やトルコ(チカイエカ)由来の蚊においても、JEV GIVの媒介性が確認された。このことから、本遺伝子型のJEVが、非流行地に持ち込まれた場合であっても、それらの地域に分布する様々な蚊種が流行を担う可能性があることが示唆された。
本研究は、AMEDやJICAの支援を受け、東大・神戸大、およびインドネシア・ベトナム・トルコ各国の研究機関との国際共同研究として実施されました。
Ishizaka A, Tamura A, Koga M, Mizutani T, Yamayoshi S, Iwatsuki-Horimoto K, Yasuhara A, Yamamoto S, Nagai H, Adachi E, Suzuki Y, Kawaoka Y and Yotsuyanagi H
Microbiol Spectrum e0099824. 2024
健康に大きく影響する腸内細菌叢のバランスの変化「dysbiosis」においてバクテリオファージ(ファージ)の果たす役割は不明である。本研究では、COVID-19感染症で観察されるdysbiosisにおける腸内細菌とファージの動態変化を解析した。病態発症直後の観察では細菌は遊離ファージと共に減少する一方で、遊離ファージを抑制して増加する細菌も存在した。回復期では遊離ファージの増加が先行し、細菌の増加を抑制するケースのほか、細菌とファージが交互に増殖と減少を繰り返すケースも観察された。これらの観察は、dysbiosisは細菌とファージの均衡破綻による複雑な相互作用の連鎖により形成されていることを示し、腸内細菌叢変化の分子基盤に関する新たな洞察を提供する。本研究は東京大学と共同で実施しました。
Kaho Shionoya, Jae-Hyun Park, Toru Ekimoto, Junko S. Takeuchi, Junki Mifune, Takeshi Morita, Naito Ishimoto, Haruka Umezawa, Kenichiro Yamamoto, Chisa Kobayashi, Atsuto Kusunoki, Norimichi Nomura, So Iwata, Masamichi Muramatsu, Jeremy R.H. Tame, Mitsunori Ikeguchi, Sam-Yong Park, Koichi Watashi
Nature Communications 15: 9241 (2024)
B型肝炎ウイルス(HBV)はヒトと系統的に近縁な旧世界ザルのmacaqueに感染しない。これは、macaqueのNTCPホモログ(mNTCP)がHBV表面のpreS1に認識されないことに起因するが、その原因は明らかでない。本研究では、mNTCPのクライオ電子顕微鏡構造を取得した。これにpreS1-ヒトNTCP複合体構造を重ね合わせることで、1) mNTCPの158番目アルギニンの大きな側鎖が、preS1とNTCP胆汁酸トンネルの結合を立体妨害していること、2) 86番目アスパラギンの小さな側鎖は、NTCP細胞外表面にpreS1を安定的に係留できないこと、が明らかとなった。このように、mNTCPは異なる2箇所のアミノ酸によってHBV認識から逃れていることを示した。これは、ウイルスの感染宿主動物の選択メカニズムの一つを明らかにしたものである。
Aa Haeruman Azam, Kohei Kondo, Kotaro Chihara, Tomohiro Nakamura, Shinjiro Ojima, Wenhan Nie, Azumi Tamura, Wakana Yamashita, Yo Sugawara, Motoyuki Sugai, Longzhu Cui, Yoshimasa Takahashi, Koichi Watashi, and Kotaro Kiga
Nature Communications 15:9586, 2024
細菌はファージと呼ばれるウイルスに感染します。ファージは細菌内で増殖し、細菌を死滅させることがあり、長い進化の歴史の中で細菌とファージは攻防を繰り広げてきました。本研究では、細菌の防御システムであるretron-Eco7が、ファージ感染時にtRNA-Tyrを分解し、増殖を阻止する仕組みを解明しました。しかし、ファージは逆にtRNAを多量に生成し、この防御を回避する戦略を持つことがわかりました。これにより、細菌とファージの共進化による高度な戦略が明らかになりました。本研究は、ファージを用いた新しい抗菌治療の開発や効果的な殺菌方法の設計に貢献する可能性があります。
本内容は日本学術振興会、AMEDの研究支援を受けて実施しました。
Yamasaki M, Saso W, Yamamoto T, Sato M, Takagi H, Hasegawa T, Kozakura Y, Yokoi H, Ohashi H, Tsuchimoto K, Hashimoto R, Fukushi S, Uda A, Muramatsu M, Takayama K, Maeda K, Takahashi Y, Nagase T, Watashi K
Antiviral Research 230: 105992 (2024)
標的の配列情報を基に迅速に設計可能なアンチセンス核酸(ASO)は、新興再興感染症対応に有用な手段の一つとして期待される。本研究ではSARS-CoV-2ゲノムに対する292のギャップマー型ASOを設計し、培養細胞系での評価により、抗SARS-CoV-2活性を有するASO#41を同定した。ASO#41はメインプロテアーゼ領域RNAを標的としており、調べた全てのSARS-CoV-2バリアントに活性を示した。ASO#41は経鼻投与により肺組織に選択的に蓄積し、SARS-CoV-2感染マウスモデルで有意な抗ウイルス活性を認めた。さらにASO のwing RNA構造または塩基間架橋構造の置換により、さらに高い活性を示すASO#41誘導体を見出した。本研究成果は、アンチセンス核酸モダリティを用いた抗呼吸器ウイルス薬創出に有用な知見を提供するものである。
Kanda T, Li TC, Takahashi M, Nagashima S, Primadharsini PP, Kunita S, Sasaki-Tanaka R, Inoue J, Tsuchiya A, Nakamoto S, Abe R, Fujiwara K, Yokosuka O, Suzuki R, Ishii K, Yotsuyanagi H, Okamoto H; AMED HAV and HEV Study Group.
Hepatol Res., 54(8), 1-30, 2024
2000年代初頭に日本でE型肝炎ウイルス(HEV)遺伝子型3および4の感染が確認されるまでは、急性E型肝炎はまれな病気と考えられていました。日本の研究者による広範な研究により、E型肝炎は人獣共通感染症であり、ブタおよびイノシシやシカなどの野生動物がHEVのリザーバーとして極めて重要な役割を担っていることが明らかになりました。この総説は、E型肝炎の病態、感染経路、診断法、合併症、重症化因子、および現在研究が進められているワクチンや治療法について包括的に記載されており、HEV研究の最近の進歩と、HEV感染に対する日本の臨床診療ガイドラインを提示しています。
なお、本研究はAMEDの肝炎等克服実用化研究事業「経口感染によるウイルス性肝炎(A型及びE型)の感染防止、病態解明、治療等に関する研究」(グラント番号JP23fk0210132)により実施されたものです。
Ryutaro Kotaki, Saya Moriyama, Shintaro Oishi, Taishi Onodera, Yu Adachi, Eita Sasaki, Kota Ishino, Miwa Morikawa, Hiroaki Takei, Hidenori Takahashi, Tomohiro Takano, Ayae Nishiyama, Kohei Yumoto, Kazutaka Terahara, Masanori Isogawa, Takayuki Matsumura, Masaharu Shinkai, Yoshimasa Takahashi
Science Translational Medicine (2024), DOI: 10.1126/scitranslmed.adp9927
相次いで出現するSARS-CoV-2変異株に対応するためブースターワクチンがオミクロン株対応型へと切り替えられましたが、過去に接種された従来株ワクチンによる強い免疫学的刷込みの影響が報告されています。すなわち、変異株ブースターワクチン接種においては、従来株応答性の抗体を持つ記憶B細胞の中で変異株へ交差性を持つもののみが活性化され、変異株応答に特化したB細胞応答がほとんど誘導されません。本研究では、従来株mRNAワクチン接種によって誘導された記憶B細胞が、2回のオミクロン株抗原刺激によって、抗体遺伝子をオミクロン株に対して特化するように進化させていくことを発見しました。これは今後の変異株ブースターワクチン戦略において重要な基礎的知見となると考えられます。
本内容は日本学術振興会、AMED、厚生労働省の研究支援を受けて実施しました。
Shizuo Kayama, Sayoko Kawakami, Kohei Kondo, Norikazu Kitamura, Liansheng Yu, Wataru Hayashi, Koji Yahara, Yo Sugawara, Motoyuki Sugai
厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業JANISにリンクして日本国内の耐性菌を収集した全国ゲノムサーベイランスJARBS-GNRから得られた耐性菌に対するセフィデロコル(CFDC)のin vitro活性を調査した。カルバペネマーゼ産生腸内細菌目細菌の97.4%、カルバペネマーゼ産生緑膿菌の100%に対してCFDC感性であることが示された。また、日本で最も分離割合が多いIMP保有株の99.2%に有効であり、非常に効果が高いことが示された。これにより、CFDCは日本における多剤耐性菌に対して有望な治療薬である可能性が示唆された。この研究は、セフィデロコルの効果や耐性メカニズムを理解する上で重要であり、将来的な治療戦略の開発に貢献する情報を提供する。本研究は、独立行政法人 日本医療研究開発機構(AMED)の「新興・再興感染症研究プログラム」(助成番号:JP22fk0108604, JP23fk0108604)の支援を受けて実施された。