(IASR Vol. 34 p. 363-364: 2013年12月号)
髄膜炎菌感染症は世界では年間30万人を超える患者と3万人もの死亡者が存在する。発生率が高い「髄膜炎ベルト」と称されるアフリカのサハラ砂漠の南端地域のみならず、米国、英国をはじめ先進国のなかでも年間1,000名以上の発生が認められている。しかしながら、日本国内では2012年度までの髄膜炎菌性髄膜炎の報告数は年間20例に満たない感染症である。
髄膜炎菌のワクチンは血清群特異的であるために、臨床分離株の血清群の情報は重要である。また、本菌は世界的な流行を引き起こす可能性があるため、分離株の遺伝子型別を実施し、世界規模で菌株比較解析ができる体制が整えられている。しかし、一般の検査室においては血清群別の実施は困難な場合があり、遺伝子型別も限られた施設においてのみ可能である。そこで、国立感染症研究所(感染研)においては、分離株の血清群別ならびに遺伝子型別を実施し、依頼者にその報告をしてきた。
感染症法に基づいた髄膜炎菌性髄膜炎(2013年4月からは侵襲性髄膜炎菌感染症)の起炎株の収集は十分になされていない。2005~2012年までに95例の「髄膜炎菌性髄膜炎」の報告があり、感染研細菌第一部で収集・解析できたのはそのうちの18株(全体の18.9%)であった。その内訳は表に示す。
血清群の結果からは、8年前の報告(IASR 26: 36- 37, 2005参照)と同じように、日本国内の分離株はB (6/18)とY (12/18)が多い傾向が認められる。
さらにMLST (multilocus sequence typing)法を用いて遺伝子型の解析も行った。MLST法は髄膜炎菌の7つの必須遺伝子の塩基配列を解読し、その塩基配列の相違をMLSTデータベースで照合することにより分類・同定する手法である。すなわち7つの必須遺伝子の塩基配列が同一であれば同一遺伝子型(sequence type: ST)、7つの遺伝子の塩基配列のうち1つでも異なれば別のSTとして分類する。このように型別を行ったのち、類似したSTをST-complexとしてグループ分けする(たとえば、ST-1655はST-23 complex の中に含まれる)。この手法のメリットは、オンラインで結ばれている世界各国では各々の国内分離株を海外の分離株とデータベース上の情報のみから照合・比較することが可能なことである。MLST法を用いることにより、たとえば日本国内分離株が海外で流行を起こした株と同一かどうか、すなわち海外流行株の日本国内への流入を血清群別よりも詳細な精度で推測することが可能となる。
遺伝子型をみると、ST-23が9株、ST-23 complex の株が10株となり、日本国内でのST-23のドミナント性が推測される。さらにその他の株においてもST-41/44 complex の株が5株と、このST-complex も日本の国内分離株においては主要な遺伝子型群に分類されることが推測される。一方で、ST-5168やST-3015、ST-8959といった国外では報告のない新規の株も分離されてきていることから、日本国内の髄膜炎菌の分布は依然不明な部分が多いことが示唆される。
2013年からは「髄膜炎菌性髄膜炎」が「侵襲性髄膜炎菌感染症」として変更され、髄膜炎症状を示さない症例のうち、敗血症症状を示し髄膜炎菌が血液培養で分離された場合も届出基準をみたすこととなった。そのために2012年の同時期に比べて2013年では、「侵襲性髄膜炎菌感染症」の報告例が倍になっている(本号特集参照)。髄膜炎症状を示さない報告例のなかには3例の死亡例が含まれている。しかしながら、これら死亡例を含め敗血症/菌血症由来株の遺伝子型別は現時点では実施されておらず、詳細な検討はなされていない。
「侵襲性髄膜炎菌感染症」の報告が上がった時にはその原因菌の解明のための収集作業を実施するネットワークの構築も必要であり、そのネットワークが構築されることにより、日本国内の「侵襲性髄膜炎菌感染症」の実態がより明確になると考えられる。
菌株を分与いただきご協力いただいた地方衛生研究所、臨床および検査室の先生方に深謝いたします。
国立感染症研究所細菌第一部 高橋英之 大西 真