国立感染症研究所

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高校男子寮における髄膜炎菌感染症の集団発生時に経験した劇症型敗血症の1死亡例

(IASR Vol. 34 p. 367-368: 2013年12月号)

 

侵襲性髄膜炎菌感染症は本邦では近年稀な疾患であるが、一部は劇症型として重篤な転帰をとることが知られている。2011年5月に宮崎県小林市の高校寮内での髄膜炎菌集団感染事例が発生した際に(IASR 32: 298-299, 2011)1)、劇症型髄膜炎菌性敗血症の1死亡例を経験したので報告する。

症例は15歳男性で、既往歴として幼児期に“髄膜炎”に罹患(詳細不明だが1週間ほどで退院した)があった以外は特記事項なく、家族歴も特記事項なし。小林市内の高校1年生で、3月末から他県より野球留学にて野球部寮で生活していた。海外渡航歴はなかった。

2011年5月13日の早朝に、学生寮の食堂でうずくまっているところを発見され、救急車で近傍の病院に搬送された。7:10に同院到着し、意識状態はJCS 1桁で体温39.0℃、脈拍106回/分、血圧93/45mmHgだった。当初は急性胃腸炎に伴う脱水症を念頭に補液開始され入院して経過観察されたが、10:00頃、突然の全身痛と嘔吐、下痢を同時に認め、直後から四肢末端が冷感強く蒼白となり、上半身にざそう様の出血斑が散在。塩酸ドパミン(DOA)投与後血圧は維持され意識も清明だったが、10:30に初診時のCRP高値が判明し、重症細菌感染症を疑われ血液培養施行後メロペネム(MEPM)を投与された。紫斑は検査上DIC所見を認めメシル酸ガベキセートを投与開始したが、12:30頃には紫斑が全身に拡がり、腎機能障害も進行したため、13:00頃当院へ救急搬送された。

13:50当院到着時、呼吸数30~40回/分、SpO2 95%(酸素マスク10L/分使用下)、血圧98/45 mmHg(DOA 10γ継続中)と呼吸窮迫・循環不全状態だった。意識清明で両下肢を中心とした激しい痛みを訴えていたが頭痛や嘔気、項部硬直はなかった。ほぼ全身の皮膚や眼球・眼瞼結膜および頬粘膜に紫斑を認め、四肢末梢は冷感著明で蒼白、capillary refilling timeは測定不能だった。血液検査では、前院で認めた血小板減少およびCRP上昇、腎機能障害はさらに進行し、DIC所見も著明な増悪を認めた。さらにプロテインC(PC)活性の著明なプロテインS(PS)活性の低下、血清エンドトキシンの著明な上昇を認めた。

電撃型紫斑病を伴った敗血症性ショックを疑い、エコー上下大静脈の虚脱も認めたため大量補液を開始し、抗菌薬(クリンダマイシン+MEPM+ミノサイクリン)を投与した。来院1時間後から呼吸状態がさらに悪化したため、気管内挿管を実施し、人工呼吸管理を開始した。大量補液後にフロセミドを頻回投与したが、最終的にほとんど排尿を認めなかった。来院2時間15分後に徐脈となり速やかに心停止へ移行したため、心肺蘇生およびエピネフリン、ステロイド剤投与などを行ったが、十分な反応は得られず来院4時間4分後(17:54)、死亡確認した。剖検(開頭なし)では、胸水の著明な貯留と肺うっ血・水腫、各種臓器(肺、肝臓、腎、脾臓、膵臓、副腎)の小血管内にフィブリン血栓を認めた他、左右の副腎は黒色調を呈して腫大し、組織所見でも表側副腎皮質に出血がみられた。来院時の保存血清を用いて施行した迅速抗原検査(PASTOREX メニンジャイティス)で髄膜炎菌B群抗原が陽性で、前院での抗菌薬投与前の血液培養から、Neisseria meningitidisが分離された。さらに国立感染症研究所での検査にて、同菌血清群がB群で、集団感染例と同一のST-687株と判明した。免疫系検査では、免疫グロブリン値の低下なく、補体活性についても、後期補体成分(C5~C9)を含めた低下を認めなかった。以上の経過および検査所見などから、本症例はWaterhouse-Friderichsen症候群を合併した劇症型髄膜炎菌性敗血症と診断した。

本邦における髄膜炎菌性髄膜炎は、1950年代から減少し、1980年代には年間20例前後の散発例のみにとどまっている。欧米における健常人の鼻咽腔での保菌率が5~20%とされているのに対して、本邦では約0.4%と報告されており、これが本邦で浸淫率が低い原因の一端であると考えられる。さらに本邦においては、2013年4月以前は、侵襲性髄膜炎菌感染症の中では髄膜炎が5類感染症の指定で届出対象となっているのみだったので、本例のような菌血症単独症例や肺炎などは届けられずに見逃されていた可能性がある。

髄膜炎菌の病原性を決定する因子の中でも、菌細胞壁(lipooligosaccharide: LOS)はエンドトキシン活性を有しており、劇症型の症例のエンドトキシン濃度は、他のグラム陰性桿菌による場合の10~1、000倍に及ぶといわれている。本症例でも、当科来院時の血中濃度は著明な高値であり、血中への多量のエンドトキシン放出が劇症化に寄与した可能性が考えられた。宿主側のリスク因子としては、後期補体成分(C5~C9)の欠損症や、補体活性化第二経路に関与しているProperdin(P因子)欠損症の他、無脾症(先天的、摘脾後含めて)の患者も挙げられるが、本症例では、後期補体成分の欠損は認めず、脾臓の欠損もみられなかった。Properdinについては精査できなかったが、我々の検索した限りでは国内では過去に報告例はなく、可能性は低いと思われる。

本例は、Surviving Sepsis Campaign Guidelineではseptic shockから急速に多臓器不全に移行した症例と定義され、ショックに対して大量補液を施行したが、すでに腎不全を併発しており利尿剤への反応もなかった。大量補液が肺水腫の進行を助長した可能性があり、より早い段階でCHDF(持続的血液ろ過透析)の導入を含めた集中治療を行う必要があったと思われる。髄膜炎菌に限らず重症感染症に合併する電撃性紫斑病は急激に進行して予後不良な病態であり、紫斑の出現を認めたら、迅速な集中治療の導入を検討する必要があると考えられた。

 

参考文献
1) 藤本茂紘,他,小児科 53 (9): 1249-1255, 2012

 

宮崎県立宮崎病院小児科 中谷圭吾

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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