国立感染症研究所

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我が国の麻しん対策について

(IASR Vol. 35 p. 96-97: 2014年4月号)

 

1.はじめに
これまで我が国は、麻しんに対して様々な対策を行ってきた。具体的には、麻しんウイルスに対するサーベイランスを通じた正確な流行状況の把握や、麻しん感染症例に対する検査および届け出体制の整備等である。その中で、麻しん排除を目指す上で最も重要な役割を果たすのは麻しんウイルスに対するワクチンである。昭和51(1976)年以降、予防接種法上の定期接種に位置付けられる麻しんウイルスに対するワクチンの普及によって、いよいよ我が国における麻しん排除まで、あと一歩のところまで迫っている。このような状況を踏まえ、我が国における麻しん対策の概観を以下に述べる。

2.麻しんに関する特定感染症予防指針について
麻しんは、我が国が平成20(2008)年度から排除を目標として対策に取り組んでいる感染症である。

平成20年度から平成24(2012)年度にかけて実施した、定期の予防接種の対象者の時限的追加により感受性者数の減少がみられ、麻しんの報告数も大幅な減少を認めたため、麻しん患者が一例でも発生した場合の迅速な対応を強化することが必要であった。

また同時に、平成24年に世界保健機関西太平洋地域事務局より、新たな麻しん排除の定義として、「適切なサーベイランス制度の下、土着株による感染が1年以上確認されないこと」が示され、また、麻しん排除達成の認定基準として、「適切なサーベイランス制度の下、土着株による感染が3年間確認されず、また遺伝子型解析により、そのことが示唆されること」が示された。

このような状況を踏まえ、社会全体で総合的な麻しん対策を実施していくため、国は麻しんに関する特定感染症予防指針を示し、随時改正を行っている。

麻しんに関する特定感染症予防指針は、平成19(2007)年に感染症法(第11条第1項)および予防接種法(第20条第1項)の規定に基づき策定した。

指針は、少なくとも5年ごとに再検討を加え、必要があると認めるときは、これを変更していくこととなっており、平成24年5月より厚生科学審議会感染症分科会感染症部会麻しんに関する小委員会(委員長・岡部信彦)において再検討が行われた。2012(平成24)年10月15日に感染症部会に改正案が報告され、同時に厚生労働省も改正案を提出し審議がなされた後に承認された。現行の指針は12月14日に公示され、2013(平成25)年4月1日から適用されている。

(1)目標
旧指針では、麻しんの排除の定義を「国外で感染した者が国内で発症する場合を除き、麻しんの診断例が一年間に人口百万人当たり一例未満であり、かつ、ウイルスの伝播が継続しない状態にあること」として、平成24年度を排除目標年度としていた。その後、遺伝子検査技術の普及により土着株と輸入株との鑑別が可能となったことや、上記のように平成24年に世界保健機関西太平洋地域事務局より新たな麻しん排除の基準が示されたこと等を踏まえ、現在の指針では「平成27年度までに麻しんの排除を達成し、世界保健機関による麻しんの排除の認定を受け、かつ、その後も麻しんの排除の状態を維持すること」を新たな目標として定めている。

なお、世界保健機関は、現在、西太平洋地域の37の国および地域のうち、日本を含めすでに32の国および地域で土着株の流行が無くなっている可能性があることを表明しており、同機関による排除認定作業が行われている。

(2)届出・検査・相談体制の充実 
予防接種施策の進展とともに麻しんの発生が減少したため、医師が麻しんを診断をする機会が減り、また、臨床的に麻しんと診断される例のなかに風しんなどの疾患が含まれることが多くなった。正確な麻しんの診断を行うためには症状等による臨床診断に加えて、病原体の確認や抗体の上昇による検査診断が必要である。

現在の指針では、医師による麻しんの届出に当たっては、原則として診断後24時間以内の臨床診断としての届出と同時に、血清IgM抗体検査等の血清抗体価の測定の実施およびウイルス遺伝子検査等の検体の提出を求めることとしている。また、総合的に臨床症状と検査結果を勘案した結果、麻しんと判断された場合は麻しん(検査診断例)への届出の変更を求め、麻しんでないと判断された場合は届出の取り下げを求めることとしている。検査診断においては、可能な限り、国立感染症研究所または地方衛生研究所において、遺伝子配列の解析を行う。さらに、都道府県等は、麻しん対策の会議を設置した上で、地域における施策の進ちょく状況を評価するものとし、必要に応じて、医師会等の関係団体と連携して、麻しんの診断等に関する助言を行うアドバイザー制度の整備を検討することとしている。

アドバイザー制度については、アドバイザーが届出の際に診察した医師の相談に応じることや、届出の取り下げの際の参考意見を述べるなどの役割が期待される。

(3)第1期および第2期の定期接種の接種率目標(95%以上)の達成・維持
麻しんの予防接種を2回接種することと、その接種率を95%以上とすることが、麻しんの発生とまん延の防止の上で重要である。

このため指針では、95%以上の接種率目標を定め、引き続き、文部科学省等と連携して予防接種対策を行うこととしている。 また、これまでも母子保健法の健康診査や学校保健安全法の就学時健診の機会に接種歴を確認してきたが、正確に確認できないことがあるため、原則として、母子手帳や接種済証等をもって接種歴を確認することが追記されている。

(4)第3期および第4期の定期接種の時限措置の終了とその後の対策
平成 19 年に、10 代および 20 代の年齢層を中心として麻しんが流行した。その主な原因は、当該年齢層の者が、麻しんの予防接種を1回も受けていなかった、または1回は受けたものの免疫を獲得できなかった、もしくは免疫が減衰した者が一定程度いたからであると考えられている。

このため、国は、平成 20 年度からの5年間を麻しんの排除のための対策期間と定め、定期の予防接種の対象者に、中学1年生と高校3年生に相当する年齢の者(麻しんおよび風しんに既に罹患したことが確実な者およびそれぞれの予防接種を2回接種した者を除く。)を時限的に追加する措置(以下「時限措置」という。)を実施した。 

この5年間の時限措置の実施により、10代の年齢層に2回目の接種機会が与えられ、多くの者が接種を受けた。その結果、当該年齢層の麻しん発生数の大幅な減少と大規模な集団発生の消失、抗体保有率の上昇を認めたことから、時限措置を行った当初の目的はほぼ達成することができたと考えられた。 

現在の指針では、時限措置は当初の予定どおり平成24年度をもって終了し、それ以降は、麻しん患者が一例でも発生した場合には、感染症法第15条に基づく積極的疫学調査の迅速な実施や、周囲の感受性者に対して予防接種を推奨することも含めた対応を強化する対策が必要としている。

(5)国際貢献
 麻しんウイルスの検査結果から、近年のウイルス株のほとんどは海外由来であることが判明している。麻しんの流行国の麻しん対策を推進することは、国際保健水準の向上に貢献するのみならず、海外で感染し、国内で発症する患者の発生を予防することにも寄与することになる。

 現在の指針では、国は、世界保健機関等と連携しながら、国際的な麻しん対策の取り組みに積極的に関与する必要があるとしている。

(6)排除認定会議の設置
 麻しんが排除され、その後維持されているかを判定し、世界保健機関に報告するため、指針に基づき、麻しんの排除認定会議を設置している。

(7)普及啓発の充実
 正確な麻しんの発生状況を把握し、適切に対処するためには、麻しんの現状を適宜情報提供することで国民に引き続き高い関心を持ってもらうことが必要である。

現在の指針では、厚生労働省は、文部科学省や報道機関等の関係機関との連携を強化し、国民に対し、麻しんとその予防に関する適切な情報提供を行うよう努めることとしている。

3.おわりに
2014に入り、輸入例を端緒とする麻しんの発生の報告が増加しているが、平成27年(2015)度までの排除および世界保健機関による麻しんの排除の認定を受けることを目標に、特定感染症予防指針に基づき、必要な対策を実施していくことが重要である。

 

厚生労働省健康局結核感染症課

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