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静岡県内のA事業所を中心に発生した風しんの集団感染事例

(IASR Vol. 36 p. 126-128: 2015年7月号)

はじめに
風しんは発熱、発疹、リンパ節腫脹を三徴とするウイルス性の発疹性疾患である。2013年に日本国内で成人男性を中心に風しんが流行し、職場などで集団発生した事例が多く報告された1-3)。今回、静岡県内のA事業所を中心に風しんの集団感染事例が発生したので概要を報告する。

端 緒
2015年1月29日、静岡県にあるA事業所の本社工場内で1例目の風しん症例が診断され、2月2日に同事業所で2例目の発症が確認された。その後、2月7日に近医より静岡県西部保健所に上記2例とは別症例の風しん発生届が提出された。さらに、2月12日には、近隣の浜松市保健所に2例の発生届が提出された。うち1例はA事業所内での感染が疑われた。その後の調査によって、A事業所で13例(疑い例を含む)の症例を認めたため、A事業所内風しん集団発生として対応がなされた。その後も、県内の他の事業所(B、C事業所)からも症例の発生が認められた。

症例定義
 2015年1月1日~5月6日にA、B、C事業所内において以下の基準を満たした者とした。
 確定例:感染症発生動向調査(NESID)に風しんの検査診断例として届出をされた者
 疑い例:三徴のうち発疹を含む二徴以上を呈し、かつNESIDに風しんの検査診断例と届出をされていない者〔NESIDに風しんの臨床診断例(三徴を認めるが検査診断されていない者)と届出をされた者を含む〕

施設概要
A、B、C事業所概要:いずれも静岡県に存在する事業所である。A事業所は部品製造のメーカーで、国内に本社工場を含む3つの工場、海外に3つの現地法人(タイ、インドネシア、中国)があり、本社工場の従業員は約1,000人である。B事業所はA事業と同一業種で部品を製造し、従業員数は約30人で、C事業所は機器のレンタル事業を行い、従業員数は約10人である。

事例概要
症例は合計25例で、確定例が17例(68%)、疑い例が8例(32%)、全例が日本国籍であった。年齢中央値は45歳(範囲:31–58歳)で、性別は25例中24例(96%)が男性であった。女性の1例は妊娠または妊娠の可能性はなかった。また、勤務先はA事業所が22例(事務系職員20例、工場勤務2例)、C事業所が2例、B事業所が1例であった。A事業所の症例はすべて本社工場の従業員であり、勤務場所は工場内の各棟に分散していた。症状別では、発疹が25例(100%)、発熱が22例(88%)、リンパ節腫脹が11例(44%)となっており、入院例や死亡例はいなかった。診断方法は抗体の検出が13例、検体からのPCR法による風しんウイルス遺伝子検出が4例であった。妊娠出産年齢女性(15~49歳)の同居は11例でみられた。

初発例は1月23日に発症、その後A事業所内で症例が散発的に発生し、6例の症例が認められた()。以降も1~3例が数日の間隔で発症した。2月17日発症例までは、症例はすべてA事業所の従業員であったが、2月21日発症例はB事業所の従業員で、A事業所の症例と疫学リンクを認めなかった。3月11日にAおよびB事業所と疫学リンクのないC事業所の従業員が発症し、3月25日にC事業所で2例目の症例が発症した。3月26日以降、5月6日(潜伏期間の2倍)までにA、B、C事業所で症例報告はなく、集団感染事例の終息を確認した。

PCR法による遺伝子検出ができた症例のうち、A、B、C事業所の症例1例ずつで遺伝子検査が実施された。1E遺伝子内の遺伝子型決定領域739塩基の配列が決定され、3例とも東南アジア株のグループに入る1E型で、当該領域の配列は2例で完全に一致し、1例で1塩基の変異のみが存在した。このことから、各事業所における症例は同一のものであることが示唆された。

A事業所内の症例に関しては、症例に特化した活動場所(会議室、喫煙所、食事エリア等)は認めなかった。また、過去1カ月以内に事業所内でイベント等は無く、通勤はマイカー通勤が9割程度と、特定の感染経路は認められなかった。症例の中で海外出張者は3例いたが、感染が推定される時期の渡航はなく、明らかな感染源・感染経路は不明であった。事業所間の感染経路については、AおよびB事業所は同一業種の部品製造の事業所であったが、取引関係にはなく、明らかな疫学リンクを認めなかった。また、C事業所に関しても業種が異なっており、明らかな疫学リンクを認めず、事業所間の感染経路については不明であった。

対 応
集団発生探知後、A事業所管轄保健所は静岡県、近隣保健所と連絡を密に取り合い、症例の情報交換、近隣医療機関への情報提供、嘱託医訪問、ワクチン接種の推奨等の対応が早期に取られた。また、A事業所は保健所の訪問後、症例・妊婦の把握や安全委員会の開催、有症状者の早期受診推奨、ホームページ上での情報提供、麻しん風しん混合ワクチン緊急接種等、速やかな対応が取られた。

考 察
職場で風しんウイルスに感染している症例(特に男性)は多い。2013年1月1日~12月28日にNESIDに報告された20~60歳の男性風しん症例(9,862例)中、感染原因・感染経路に記載があった1,761例で、「職場」が1,207例(68.5%)を占めていた4)。A事業所は海外に工場があり、海外出張者や海外からの技能取得研修生が多く、今回の株が他国で検出されたインドネシア由来の風しんウイルスの塩基配列と近かったことを考慮すると、今回の集団発生事例は輸入例を発端とし、A事業所内で感染拡大、さらに、感染経路は不明だが、A事業所からB、C事業所へ広がった可能性が考えられた。風しんウイルスは比較的感染力が強く、さらに不顕性感染も15~30%とされる4)。このことから、感受性者の大部分を占める30~50代男性が多い事業所では、いったん風しんウイルスが伝播し始めると容易に感染拡大する可能性がある。また、これまでもA事業所と規模、形態の似た事業所における風しん集団発生の報告があり、本年も今回報告した事例以外に同様の集団発生事例が指摘されている。現時点で妊婦の感染者や先天性風しん症候群(congenital rubella syndrome: CRS)児の出生の報告は認められていないが、風しんが流行することにより生じるリスクは感染者だけではなく、同僚、家族、地域社会と多岐にわたる。したがって、感染機会が多い職場では、風しん、特にCRSについて平時より知識の普及を行うとともに、ワクチン接種を推奨する、感染が疑われる際には休暇を取得する、発生が確認された場合には速やかに職場内での感染拡大防止策を実施する、などの対策を行うことが重要であると考えられた。

 

参考文献
  1. IASR 34: 100-101, 2013
  2. IASR 32: 252-254, 2011
  3. IASR 32: 254-255, 2011
  4. 職場における風しん対策ガイドライン(国立感染症研究所 平成26年3月)


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