国立感染症研究所

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2020年度の風しん排除に向けて

(IASR Vol. 37 p. 78-80: 2016年4月号)

はじめに

わが国においては, 風しんは概ね5~6年ごとに全国的な流行を繰り返してきたが, 2004年には大規模(推計罹患者数:約39,000例)な流行があり, 2012~2013年の風しん患者報告数は約17,000例に上った。また, 2012~2014年の先天性風しん症候群(CRS)患者は計45例報告された。

このような状況を受け, 厚生労働省は「風しんに関する特定感染症予防指針」(以下, 予防指針という)の策定を目的として, 2013年9月に厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会および厚生科学審議会感染症部会の下に 「風しんに関する小委員会」 を設置した。小職も委員として参画し, 5回の審議を経て2014年3月に予防指針が公布された。

予防指針には, 早期に先天性風しん症候群の発生をなくすとともに, 2020年度までに風しんの排除を達成することが目標として掲げられ, そのために小児に対する風しんの定期予防接種の接種率目標(95%以上)の達成・維持等が示された。

一方, 2012年度感染症流行予測調査に基づき国立感染症研究所感染症疫学センターがまとめた年齢群別の風しん抗体保有状況(HI抗体価1:8以上)をみると, 特に30~40代の男性の保有率が低くなっている。

2013年の感染症発生動向調査に報告された20~60歳の男性風しん患者のうち, 感染原因・感染経路の記載があった1,761例中1,207例(68.5%)が職場関連で感染していることがわかった。

また, 同様に女性の感染経路をみると, 588例中207例(35.2%)が職場関連, 家族からが197例(33.5%)となっている。

求められる成人への対応

これらの傾向からも, 予防指針に示された目標の達成のためには, 特に風しんの感受性者が多いとされる20~49歳の成人への対応を徹底する必要があろう。特に妊娠可能性のある女性, あるいはそのパートナーへの積極的なアプローチが不可欠な対応と考える。

2014年3月に国立感染症研究所がとりまとめた 「職場における風しん対策ガイドライン」 においても, 事業者に対して, 労働者等の健康確保に配慮することで, 中長期的に労働生産性の維持・向上につなげるとともに, 妊娠中の女性を風しんから守るという観点や, 企業のリスクマネジメントの観点からも, 労働衛生管理体制の中で自主的に風しん対策に取り組んでいくことが望ましいとしている。

また, 妊婦または妊娠出産年齢の女性労働者がいる職場や, 業務上妊婦と接する可能性が高い職場では, 職場全体で風しん対策に取り組んでいくことにより, 妊婦の風しん罹患を予防し, ひいては出生児の先天性風しん症候群の発症予防につながることに期待を寄せている。

さらに, 風しんを予防して安心して働ける職場環境の整備として, 産業保健スタッフ等の活用による風しん対策の重要性の理解の醸成, 予防接種の推奨などを求めている。

経済産業省次世代ヘルスケア産業協議会は, 2015年3月に健康経営に取り組む企業を株式市場で評価する仕組みとして, 東京証券取引所と共同で「健康経営銘柄」 22業種22社を選定した。その際に企業に対する調査のなかで 「健康診断時の麻しん・風しんなどの感染症抗体検査の実施」 が項目として記載されている。

いわゆる大企業は, 労働者への健康のための投資をしやすい環境にあり, このようなインセンティブがさらなる感染症予防対策につながることが期待される。

中小企業への対応

一方, わが国の企業数の大部分を占める中小企業においては, 事業所規模が小さくなるほど労働安全衛生法に基づき事業主に義務付けられている事業所健診の実施率が低下するという傾向がある。

労働者50人未満の事業所は産業医の選任義務を負わないが, このような事業所においても, 各地域の医師会が関わっている地域産業保健センターの産業医等, 既存の医療資源を活用することで, 労働者の感染リスク, CRSの発生リスクを軽減できる。

2018年1月25日に開催された第2回麻しん・風しん対策推進会議において, 東京都が実施した風しん抗体検査事業と合わせ, 東京都, 東京都医師会, 東京商工会議所の連携による企業における感染症対策支援プロジェクトの先駆的な取り組み(本号19ページ参照)が紹介されたが, これらの取り組みが各道府県にも横展開されるよう, 財政面も含む国の支援が望まれる。

職場における風しんの予防接種については, 前述の 「職場における風しん対策ガイドライン」 にも記載されているが, とくに就業時間中に予防接種を受けに行くというのは, 労働者にとってもハードルが高いという面は否定できない。

これらの状況への対応として, 厚生労働省医政局長通知 「医療機関外の場所で行う健康診断の取扱いについて」 が2015年3月31日付で改正され, 医療機関外の場所で行う予防接種のうち, 一定の要件を満たすものについては新たに診療所開設の手続きを要しないものとされた。

これらが実施されるに際しては, 定期接種実施要領に示す安全への配慮等の取り扱いに準拠しながら, 各地域において事業所での風しんの予防接種が促進されるよう, 事業所側の理解が求められる。

おわりに

予防指針においては, 風しんを臨床で診断した場合やCRSを診断した場合の医師による着実な届出, 定期予防接種を受けやすい環境作りの徹底, あるいは妊娠を希望する女性および抗体を保有しない妊婦の家族等の罹患歴および予防接種歴を確認等, 対策の推進のために日本医師会や関係学会, 医会等の協力を求めることが明記されている。

2020年度までの風しんの排除のため, 日本医師会の社会的使命として, 都道府県医師会, 郡市区医師会との連携による全面的な協力を惜しまない。

厚生労働省には, 予防接種行政を所管する健康局と労働安全衛生を所管する労働基準局との連携により, 2020年度までの残り4年間のロードマップを策定し, 着実かつ実効ある施策が展開されることを引き続き求めていきたい。

公益社団法人日本医師会 
 常任理事 小森 貴

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