国立感染症研究所

 

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先天性ジカウイルス感染症に関する病態病理と検査法

(IASR Vol. 37 p. 124-126: 2016年7月号)

ジカウイルスは主にヤブカによって媒介されるフラビウイルスであり, デング, 日本脳炎, ウエストナイル, 黄熱ウイルスなどと近縁である。これら近縁のフラビウイルスではいままで先天性異常を引き起こすことは報告されておらず, 2015年秋にブラジルから発表されたジカウイルスと小頭症との関連性を指摘する報告は世界中の専門家に大きな驚きをもって受け止められた。感染症による先天性障害は妊娠中に起こった急性感染から数カ月後に顕在化してくるという性質上, 感染と疾病との関連性を証明することは容易ではない。

ジカウイルスと小頭症との関連性が初めて指摘されたブラジルでは, 現在まで1,000例以上が小頭症もしくは他の中枢神経異常を持っていたと報告されている。さらに仏領ポリネシアにおいてもジカウイルス感染症流行に続発し, 胎児, 新生児の中枢神経異常が増加していたことが分かっている1)。また, 妊娠中にジカウイルス感染が確認された妊婦において, 小頭症と診断された胎児の羊水2), 人工妊娠中絶された小頭症の胎児脳組織3,4), 出生直後および生後2か月で死亡した小頭症児の脳組織, 自然流産した子宮内容物組織などからのウイルス検出が報告されており5), ジカウイルスが脳神経組織に感染し, 直接的に組織障害を引き起こしていることが明らかになっている。これらの疫学的根拠や臨床的根拠に加え, 基礎研究的知見を合わせ, ジカウイルス感染が小頭症などの先天性障害の直接的な原因となっていることが確定された6)。一方, これまでの研究では臨床的に診断が容易である小頭症にフォーカスが当たり解析が進められてきているが, 妊娠中のジカウイルス感染が確認された妊婦から出生した新生児には小頭症以外にも先天性内反足, 先天性関節拘縮, 視覚障害を認めるという報告があり, 小頭症は先天性ジカウイルス感染症で引き起こされる障害のごく一部にすぎないと考えられている。さらに, 障害の確認が難しい聴覚異常など, その他の脳の損傷や頭蓋顔面奇形など, 体の様々な部位の発達障害を引き起こす可能性も考えられている。このように疾病のスペクトラムが未だ十分に明らかになっていないことから, これらの先天性ジカウイルス感染症で引き起こされる症候を先天性ジカ症候群とし, 特定の先天異常に焦点を絞ることなく注意深い調査, 研究を実施していくことが求められている6)

新しい疾病である先天性ジカウイルス感染症の確立された検査法はなく, 現在は各国で試行錯誤をしながら出来うる限りの検査を実施し, 知見を蓄積している段階である7)。ブラジルでジカウイルスによる小頭症と報告されている症例は, 母親が妊娠中にジカウイルス感染症と臨床的に診断されており, 出生児に小頭症が認められた症例の数であり, 必ずしも実験室診断が伴っている訳ではない。その大きな理由としては, 妊娠期のジカウイルス感染症の実験室診断の多くが血清学的診断に頼る必要があり, 偽陽性, 偽陰性が非常に多いことにある。妊婦のジカウイルス感染に関しては症状の有無に限らず胎児に異常を認めることが報告されており, 検体採取のタイミングが悪く遺伝子検査で陰性となった場合は, 血清学的検査を実施することになる。血清学的検査としては, ジカウイルス特異的IgM検出と中和抗体検出が用いられている。しかしながら, これらの試験では他のフラビウイルスに交差反応を示すことがあり, 必ずしも明確な結果が得られるとは限らない。米国においては中和抗体法において複数のフラビウイルスに対する抗体価を同時に測定し, ジカウイルスを含む複数のウイルスに対する抗体価が検出された場合は, 「最近のフラビウイルス感染あり」として, ジカウイルス感染症と確定診断することなくジカウイルス陽性に準じて妊娠のフォローをすることになっている。また, 血清IgMの持続期間は感染から3カ月程度とされており, 妊娠初期に感染した場合に妊娠後期に実施した検査で血清IgMが陰性となってもジカウイルス感染を否定できないという問題点も指摘されている。

出生した新生児に対する実験室診断は, 妊婦のジカウイルス感染症以上に難しい。ブラジルにおいて小頭症の新生児では90%の児で血清, 97%の児で髄液のジカウイルス特異的IgMが陽性であったと報告があるが8), この報告は小頭症という先天性異常がみられる新生児のみを対象としており, 他の異常も含めたすべての先天性ジカウイルス感染症の新生児に対して有効な検査法であるかどうかは未だ不明である。米国においては, 生後2日以内の新生児血か臍帯血, 尿検体を用いた遺伝子検査, 新生児血か臍帯血を用いたジカウイルス特異的IgMの検出, 中和抗体の検出が実施されている7)。さらに, 分娩時に侵襲を加えることなく得ることができる胎盤・臍帯検体を用いた病理組織的な検索も積極的に実施されている。現時点では, 胎盤での感染が直接的に胎児感染を意味するかどうか完全に証明されているわけではないが, ジカウイルス感染後の死産児や小頭症児の胎盤組織からジカウイルス遺伝子が検出されたという報告があり5), TORCHや梅毒など他の先天性障害の原因となる病原体の鑑別のためにも有用な検査と考えられる。いずれの検査を実施するとしても, 新生児の検査の前に母体の検査を実施することを考慮すべきである7)

特異的な治療法や予防法も存在しない先天性ジカウイルス感染症に対しては, 患者の利益という意味では積極的な検査を実施するという意義は大きく感じられないかもしれないが, 出生時の検査結果と障害の程度や生後発達などを照らし合わせていくことにより, 新しい疾病である本疾患の全容解明に大きく貢献することが期待される。米国では, このような観点から, US Zika Pregnancy Registryという制度を開始した。この制度は, 米国内で妊娠中にジカウイルスに感染した妊婦(症状の有無にかかわらず実験室診断陽性もしくは判定不能 [inconclusive] とされた妊婦)とその出生児をすべて登録し, 生後1年間追跡調査するという大規模なものであり, この調査により先天性ジカウイルス感染症の多くの疑問に答えが得られることが期待されている。先天性ジカウイルス感染症という疾患の存在は明らかになったが, その発生頻度や感受性のある妊娠時期, 発症機構など, まだまだ多くの疑問が残されている。有効な感染症対策のためには疾病の詳細な情報が必要不可欠であり, これまでほとんど研究されることのなかったジカウイルス感染症については疫学, 臨床, 基礎の多方面からの調査, 研究により今後一層多くの知見を蓄積していくことが最も重要である。

 

参考文献
  1. Jouannic JM, et al., Lancet 2016 Mar 12; 387(10023): 1051-1052
  2. Calvet G, et al., Lancet Infect Dis 2016 Feb 17
  3. Mlakar J, et al., N Engl J Med 2016 Mar 10; 374(10): 951-958
  4. Driggers RW, et al., N Engl J Med 2016 Jun 2; 374(22): 2142-2151
  5. Martines RB, et al., Lancet 2016 Jun 29, Epub ahead of print
  6. Rasmussen SA, et al., N Engl J Med 2016 May 19; 374(20): 1981-1987
  7. Fleming-Dutra KE, et al., MMWR 2016; 65(7): 182-187
  8. Cordeiro MT, et al., Lancet 2016 Apr 30; 387(10030): 1811-1812

国立感染症研究所感染病理部
 鈴木忠樹 片野晴隆 長谷川秀樹

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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