国立感染症研究所

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ジカウイルス感染症の媒介蚊

(IASR Vol. 37 p. 126-127: 2016年7月号)

1.ジカウイルス感染症流行地における媒介蚊

1947年にウガンダのジカの森で黄熱のおとりとして使用されたアカゲザルからジカウイルスが初めて分離された。その際, 媒介蚊調査も同時に行われ, 樹冠部で採集されたヤブカ属の蚊Aedes africanusからジカウイルスが分離された1,2)。同じフラビウイルス属のウイルスである黄熱ウイルスやデングウイルスには, 森林に生息する野生動物(主にサル)と蚊によるウイルスの森林サイクル(sylvatic cycle)があることが知られるが, ジカウイルスにも同様の感染サイクルがあることが示唆された。その後の西アフリカでの流行には, ネッタイシマカAe. aegyptiとヒトスジシマカAe. albopictusが関与した可能性が高いと考えられており, 都市型サイクル(urban cycle)に移行した流行であったと推察された。

1980年代までのアフリカでのジカウイルス感染症の流行は, 森林部ではAe. luteocephalusAe. vittatusが, 都市部ではネッタイシマカとヒトスジシマカが関わったと考えられている。2007~2010年のガボンでのデング熱, チクングニア熱の流行に際し, その間に捕集された蚊を後方視野的に調査した結果, 2007年に捕集されたヒトスジシマカから初めてジカウイルスが分離された3)。アジア地域においては, 1977~1978年にインド, パキスタン, インドネシア, マレーシアで小規模な流行が記録されたが, ネッタイシマカとヒトスジシマカが主に関与したと考えられている。

2007年のミクロネシア連邦ヤップ島の流行では, 媒介蚊調査で捕集された蚊からウイルスは分離されなかったものの, 流行地での個体数が多いこと, デング熱を媒介した可能性が高いと思われる種であることから, Ae. hensilliがジカウイルスの媒介種であったと推察された。後年, Ae. hensilliへのジカウイルス, チクングニアウイルス, デングウイルスの感染実験が行われ, Ae. hensilliはすべてのウイルスに感受性があることが確認された4)

2013年の仏領ポリネシアでは3万人に及ぶ大流行となった。ここでも捕集された蚊からウイルスは分離されなかったが, ヒトの吸血嗜好性が高く, 生息数が多いネッタイシマカとAe. polynesiensisが媒介蚊であったと考えられた5)。2015年のブラジルから始まったカリブ海諸国, メキシコに拡大した最近の流行にもネッタイシマカとヒトスジシマカが関与していると推察されている6,7)

図1にジカウイルス感染症の流行が報告された地域と推定された媒介蚊(蚊からウイルスが分離, 疫学調査の結果から推定, 感染実験によるウイルス感受性の確認等)をまとめた。流行地で捕集された蚊からウイルスが分離されたのは, Ae. africanus(ウガンダ1947年の流行), ネッタイシマカ(マレーシア1977年), コートジボワール1999年), Ae. luteocephalus(ナイジェリア1969年), Ae. vittatus(コートジボワール1999年), ヒトスジシマカ(ガボン2007年)の5種類である。感染実験からその能力があると推定された蚊は, ネッタイシマカ, ヒトスジシマカ, Ae. luteocephalus, Ae. vittatusである。それ以外は, ジカウイルス感染症の流行地において生息数が多い, デング熱およびチクングニア熱の媒介が確認されていることなど, 疫学調査からジカウイルスの媒介が強く疑われた種類である。

2.ヒトスジシマカのジカウイルス感受性

これまでにウイルスの媒介を確認, あるいは媒介蚊であると推定された蚊種はすべてヤブカ属であり, 特に都市部においては, ネッタイシマカとヒトスジシマカがジカウイルス感染症の主要な媒介蚊と認識されている。しかし, 蚊へのジカウイルスの感染実験から得られた両種のウイルス感受性の評価は一定ではない。例えば, セネガル産のネッタイシマカではアフリカ系統のジカウイルスの増殖は確認されなかったが8), シンガポール産のネッタイシマカとヒトスジシマカでは, ともに高い増殖性が示された9,10)。一方で, 米国とブラジル産のネッタイシマカとヒトスジシマカにアジア系統のジカウイルスを感染させた実験では, 両種ともにウイルスの増殖は非常に低い結果であった11)。また, イタリア産のヒトスジシマカのアジア系統のジカウイルスに対する感受性は, ネッタイシマカよりも低いことが示唆された12)

ヒトスジシマカは, 米国には1985年に日本から東南アジア経由で輸出された古タイヤに付着した卵が持ち込まれて定着したと考えられており, その後, イタリアには1992年に米国経由で侵入したと推察されている。また, ブラジルでは1986年にリオデジャネイロとサンパウロで発見されており, これらも米国と同様に日本から輸出された可能性が高い。上述の感染実験の結果をまとめると, アジア産(北南米大陸, 欧州含む)のヒトスジシマカは, アフリカ系統のジカウイルスには感受性があるが, 現在の流行株であるアジア系統のジカウイルスに対する増殖性はそれほど高くないと言える。しかし, ヒトスジシマカにもある程度のウイルス感受性が認められたことから, デング熱同様に輸入症例が増加した場合, ジカウイルス感染症の国内感染例が発生する可能性は否定できない。

日本国内では, ネッタイシマカは, かつては沖縄や小笠原諸島に生息し, 熊本県内には1944~1947年に一時的に生息したことが記録されているが, 1955年以降は国内での報告例はない13)。一方, ヒトスジシマカは, 秋田県および岩手県以南の国内のほとんどの地域の都市部に広く分布し, 特に夏季の発生数は非常に多い。ジカウイルス感染症の流行は, これまでのところヒトスジシマカのみが生息する地域では確認されていないが, 2014年にわが国でもデング熱の国内感染が発生したことは記憶に新しい。日本産ヒトスジシマカのジカウイルス感受性を正しく評価するとともに, 媒介蚊対策の実施に向けた準備が必要である。デング熱媒介蚊対策と同様に, 幼虫対策の徹底が望まれる(図214)

 

参考文献
  1. Dick GW, et al., Trans R Soc Trop Med Hyg 46: 509-520, 1952
  2. Haddow AJ, et al., PLoS Negl Trop Dis 6: e1477, 2012
  3. Grand G, et al., PLoS Negl Trop Dis 8: e2681, 2014
  4. Ledermann LP, et al., PLoS Negl Trop Dis 8: e3188, 2014
  5. Faye O, et al., Virol J 10: 311, 2013
  6. Haddow AJ, et al., PLoS Negl Trop Dis 6: e1477, 2012
  7. Gatherer D, et al., J Gen Virol 97: 269-273, 2015
  8. Diagne CT, et al., BMC Infect Dis 15: 492, 2015
  9. Li MI, et al., PLoS Negl Trop Dis 6: e1792, 2012
  10. Wong P-S J, et al., PLoS Negl Trop Dis 7: e2348, 2013
  11. Chouin-Carneiro T, et al., PLoS Negl Trop Dis 10: e0004543, 2016
  12. Di Luca M, et al., Euro Surveill 21, 2016
  13. 宮城一郎, 他, 衛生動物 34: 1-6, 1983
  14. 国立感染症研究所 デング熱・チクングニア熱等蚊媒介感染症の対応・対策の手引き 地方公共団体向け, 2015
    http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/270428.pdf

国立感染症研究所昆虫医科学部 沢辺京子

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