国立感染症研究所

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ジカウイルス感染症媒介蚊の殺虫剤抵抗性と忌避剤の有効性

(IASR Vol. 37 p. 128-129: 2016年7月号)

1.殺虫剤抵抗性

媒介蚊の防除に用いられる防疫用殺虫剤は「医薬品, 医療機器等の品質, 有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」の認可を得て登録された防除用医薬品または防除用医薬部外品である。ピレスロイド系, 有機リン系に加え, 幼虫用には幼若ホルモン様や脱皮阻害系の殺虫剤が含まれる1)。最近の日本では, 平時の蚊対策として自治体や町内会が主体となって幼虫用殺虫剤の使用が広がりつつある。また, 2014年のデング熱流行時には感染蚊が発生したと思われる公園などにピレスロイド系の殺虫剤が用いられた。殺虫剤抵抗性昆虫の出現は, 対象昆虫がどれだけ同じ殺虫剤に継続的に触れる状況に置かれるかに依存するが, 今のところ国内で殺虫剤に抵抗性を示すヒトスジシマカの集団は確認されておらず, いずれの殺虫剤も高い効力を維持していると考えられる。しかし, 海外に目を向けると, これまで成虫対策で広く用いられてきたピレスロイド剤を中心に抵抗性の問題が深刻化してきている。特に人親和性が高く, 屋内に潜んで人から吸血するネッタイシマカは, デング熱患者宅内で散布される殺虫剤に接触する機会がヒトスジシマカに比べて圧倒的に多く, 抵抗性が数多く報告されている。Smithら(2016)によると, ネッタイシマカのピレスロイド剤抵抗性は19カ国より報告され, 抵抗性レベルも大きいもので750倍に達している2)。一方, ヒトスジシマカのピレスロイド感受性については6カ国より報告があるが, 抵抗性レベルはいずれも10倍を超えていない2)

ピレスロイド剤抵抗性の主要因は作用点である電位依存性ナトリウムチャネルの感受性低下であり, これはチャネルタンパク中に1つもしくは複数生じたアミノ酸変異によってもたらされる。ノックダウンを回避する抵抗性であることからknockdown resistance(kdr)と呼ばれる。kdr遺伝子の報告はネッタイシマカで先行しており, Val1016Glyや, Phe1534Cysがそれぞれ単独で抵抗性に関与していることが知られているほか, Ser989ProはVal1016Glyによる一部のピレスロイド抵抗性を増強する働きがあることが明らかになっている3)。さらに, 2つの遺伝子が蚊の体内で組み換えを起こすことによってこれら3つのアミノ酸変異をすべて有する個体が出現し, ミャンマー4)やインドネシア5)のネッタイシマカから確認されている。このSer989Pro+Val1016Gly+Phe1534Cysを有するナトリウムチャネルはペルメトリンに対しVal1016Gly単独よりも11倍感受性を低下させることが分かっている3)

ネッタイシマカに比べて殺虫剤に対する感受性が高いとされるヒトスジシマカであるが, 2009年にシンガポール産ヒトスジシマカのナトリウムチャネルより初めてPhe1534Cys型のkdrが見つかり6), 次いで2016年には中国よりデルタメトリン抵抗性への関与が疑われるPhe1534Ser型の変異が報告されている7)。2005年のインド洋諸島におけるチクングニア熱の大流行では, ウイルスの突然変異によってヒトスジシマカの感受性が100倍以上増大したことが要因の一つとされ, 本蚊種の防除の重要性は以前より増してきている8)。今後はヒトスジシマカの殺虫剤による淘汰圧が高まっていくと予想されることから, より効率的な防除を進めるためにも, 世界レベルで抵抗性遺伝子の動向に注視していく必要があるといえる。ここでは触れなかったが, 作用点感受性低下は解毒酵素の活性増大との組み合わせによってさらに強い抵抗性をもたらすことが知られている9)。より効率的な防除に結びつけるためにも, 複雑な抵抗性機構の解明が求められている。

2.忌避剤の有効性

防除用医薬品・医薬部外品として販売されている忌避剤は, 蚊および他の媒介性吸血昆虫・ダニ類による吸血を防ぎ, 感染症のリスクを減らすことができる1)。忌避成分としてディートを含む製剤には, エアゾールまたはポンプで薬液を噴出するスプレータイプ, 直にまたはティッシュで薬液を塗る塗布タイプがあり, 日本では有効成分含有率(濃度)が5~10%までの製剤と12%の製剤が, それぞれ, 防除用医薬部外品と防除用医薬品として販売されている。同じ剤型の製品であれば濃度が高いほど効力が長いといえる。米国ではディート100%製剤を含む多様な濃度の製品が流通しているが, ディート製剤の効力は, 10%未満の製剤では概ね1~2時間だが, 有効成分を支持体(パウダー状の二酸化ケイ素など)に付着させるかマイクロカプセル化した剤型であればより長い効力が期待でき, 一方, 50%を超える製剤では頭打ちになると米国疾病予防管理センター(CDC)は伝えている10)。たとえ低濃度の製剤であっても塗り直しにより効力を保つことができる。日本では2016年よりイカリジンを忌避成分とする防除用医薬部外品(パウダー入りの5%エアゾールタイプ)も発売されている。本剤のヒトスジシマカ成虫に対する実地効力試験では, 処理後6時間後まで100%の忌避率が示され, 似た組成のエアゾールタイプの10%ディート製剤と同等な効力があったとされている11)。ディートに比べたイカリジンの利点は, ディートのような独特の臭いとべたつき感がないこと, プラスチック・化学繊維(レーヨンなど)・皮革を腐食しないことである。ディート製剤は6か月未満齢児には使用しないこととされているが, イカリジン製剤には年齢による使用制限がない。忌避剤の効力は, 忌避成分の皮膚からの吸収・揮発のほかに発汗による流出などによっても失われてゆき, 種々の使用条件の要因による影響を受けるため, 実際の使用時の効力持続時間は目安として伝えられている時間とは相違もあることに留意すべきである。米国環境保護庁(EPA)によると, ディートとイカリジンには通常の使用における健康上の問題はないとされているが12,13), 忌避剤の眼・創傷面への付着と吸入などが生じないように, 使用上の注意を守って使う必要がある。なお, 本稿執筆中に, 厚生労働省は, より長持ちする忌避剤を利用可能にするため, 高濃度製剤(ディートは30%まで, イカリジンは15%まで)を迅速審査により2016年9月末までに承認するとの対応を公表している14)

ネッタイイエカの触覚に高密度で存在する嗅覚受容体OR136が, ディートのみならず, イカリジン, 海外製品に忌避成分として含まれるIR3535, PMDなどの一連の合成忌避物質の検知に直接関わる分子であることが最近明らかにされた15)。蚊は食植性ではないが, 植物が食害を受けた際に自身や周りの植物に生体防御反応を誘導するために生産するジャスモン酸メチルに対しても, 蚊の忌避性とOR136の感受性が確認されている。蚊の進化を遡ると, OR136受容体の本来のリガンドは天然物のジャスモン酸メチルであり, 構造に類似性のあるディートは植物の発する防御物質の模倣にあたるとの見方もできる16)

ピレスロイド系化合物は殺虫効力のみならず忌避効力を併せもつとされており, 中でも昆虫への接触により忌避効力を示すペルメトリンは化学繊維に加工されて洗濯の利く防虫衣料の忌避成分として使われており, 米国CDCは蚊・マダニに対する防御に適したブランドを紹介している10)。日本でも類似の防虫衣料が流通しているが, 薬機法に基づく登録がないため, 忌避成分, 蚊への効能, 耐久性の表示が曖昧にされている製品もあることが利用上の問題である。

 

参考文献
  1. 厚生労働省
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/dengue_fever_jichitai_20150428-01.pdf
  2. Smith LB, et al., Pestic Biochem Physiol(in press)
  3. Hirata K, et al., PLoS Negl Trop Dis 8: e3085, 2014
  4. Kawada H, et al., PLoS Negl Trop Dis 8: e3032, 2014
  5. Wuliandari JR, et al., Insects 6: 608-625, 2015
  6. Kasai S, et al., Jpn J Infec Dis 64: 217-221, 2011
  7. Chen H, et al., Infect Dis Poverty 5: 31, 2016
  8. Tsetsarkin KA, et al., PLoS Pathog 3: e201, 2007
  9. Kasai S, et al., PLoS Negl Trop Dis 8: e2948, 2014
  10. US CDC
    http://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2016/the-pre-travel-consultation/protection-against-mosquitoes-ticks-other-arthropods
  11. PMDA
    http://www.pmda.go.jp/quasi_drugs/2015/Q20150615002/400092000_22700DZX00374000_Q100_1.pdf
  12. US EPA
    https://www3.epa.gov/pesticides/chem_search/reg_actions/reregistration/fs_PC-080301_1-Apr-98.pdf
  13. US EPA
    https://www3.epa.gov/pesticides/chem_search/reg_actions/registration/fs_PC-070705_01-May-05.pdf
  14. 厚生労働省
    http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T160617I0010.pdf
  15. Xu P, et al., PNAS 111: 16592-16597, 2014
  16. Leal WS, Curr Opin Insect Sci 6: 93-98, 2014

国立感染症研究所昆虫医科学部 葛西真治 冨田隆史

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