化学療法施行時のB型肝炎ウイルスの再活性化
(IASR Vol. 37 p. 157-159: 2016年8月号)
はじめに
化学療法を施行する際に, B型肝炎ウイルス(HBV)が再活性化した報告が, 近年, 散見されている。HBs抗原陽性のいわゆるキャリア/慢性肝炎の患者のみならず, HBs抗原陰性で, HBc抗体またはHBs抗体陽性のいわゆる一過性感染してHBVは排除されたと考えられていた患者(既往感染例)においても, HBVの再活性化は生じている。また, 血液腫瘍のみでなく, 固形癌の化学療法を行う場合にも生じている。そして, HBVが再活性化し肝障害を起こした症例は, 化学療法を中止せざるを得なくなり, 時には重症肝炎や劇症肝炎を起こし, 生命が脅かされることも多々ある。このHBV再活性化による肝障害は, 未然に防ぐことが可能な場合が多く, 対応策を熟知しておくことが重要である。
HBV再活性化とは
一般に次のように定義される。
HBs抗原陽性例
①HBV DNAが10倍以上の上昇
②HBe抗原陰性例で, HBe抗原が陽性化
HBs抗原陰性で, HBc抗体またはHBs抗体陽性例
①HBs抗原が陽性化
②HBV DNA検出感度以下の例でHBV DNAの陽性化
本邦での化学療法施行例のHBs抗原陽性割合は1~3%, HBs抗体またはHBc抗体の陽性割合は20~30%前後であり, これらの患者ではHBV再活性化のリスクがある。
再活性化の現状
HBs抗原陽性例
あらゆる癌腫や抗癌剤でおよそ20~50%前後の頻度で報告があり(表), そのリスク因子として, 男性, 若年者, HBe抗原陽性, HBV DNA高用量, 乳癌の患者, ステロイドの併用, アンスラサイクリン系の抗癌剤の使用, リツキシマブの使用, リンパ腫の患者などが言われている。
HBs抗原陰性で, HBc抗体またはHBs抗体陽性例
2001年のDerviteらによる悪性リンパ腫に対するリツキシマブ併用化学療法例における症例報告に始まり,リツキシマブによる再活性化の報告の2.7~23.8%, およそ10%前後で報告されている。固形癌の化学療法においては, 頻度は少ないものの, 0.3~9.3%, およそ数%の頻度で報告されている(表)。HBs抗原陰性でHBc抗体またはHBs抗体陽性例は既往感染と考えられ, 軽視されがちであるが, やはり注意が必要である。
HBV再活性のガイドライン
HBV再活性化が問題となり, 世界各国からガイドラインが発表されている。2007年AASLD Practice Guideline, 2008年NIH Consensus Development Conference Management of Hepatitis B, 2009年EASL Clinical Practice Guideline, 2015年US Food and Drug Administration(FDA), そして, 本邦からは2009年免疫抑制・化学療法により発症するB型肝炎対策のガイドラインが発表された(図)。どのガイドラインも趣旨は同様で, 化学療法を施行する場合, HBs抗原陽性例は抗ウイルス薬の予防投与を推奨しており, HBs抗原陰性でHBc抗体またはHBs抗体陽性の症例は, HBV DNAをモニタリングすることが推奨されている。
HBs抗原陽性例における抗ウイルス薬の予防投与に関するエビデンスは, ラミブジン予防投与の有無を比較したメタアナリシスで有用性が示された。用いる抗ウイルス薬として, ラミブジンとエンテカビル予防投与を比較したランダム化比較試験において, エンテカビルの有用性が報告されており, HBs抗原陽性例には, エンテカビルが推奨されている。
HBs抗原陰性でHBc抗体またはHBs抗体陽性例におけるHBV DNAモニタリングの根拠として, HBV DNAが陽性化してから肝障害・肝炎が出現するまでに平均4~5カ月ほど先行すると言われており, HBV DNAを1~3カ月に1回, モニタリングして, HBV DNAが陽性化してから抗ウイルス薬の投与を行っても, 肝炎の重症化は予防可能と言われている。
最後に
化学療法施行時のHBVの再活性化は, 実際の診療においてあまり経験することがないために, 軽視されがちである。HBV再活性化を起こし, 肝障害まで来たしてしまうと, 化学療法の継続が困難となり, 劇症化して生命を落としてしまうこともある。しかし, HBV再活性のガイドラインに従ってきちんと対応することで, 多くの場合, 重篤な肝障害を起こさせずに管理することが可能である。化学療法施行時のHBV再活性化対策は患者にも有益であり, しっかり認識して, 再活性化の予防に取り組むことが重要である。