都道府県別HIV感染発生動向
(IASR Vol. 37 p.169: 2016年9月号)
日本国内においてHIV感染症は感染症法により全数報告が義務付けられている5類感染症である。日本国内で診断されたHIV診断報告数は感染症サーベイランスシステムを介してエイズ動向委員会に報告される。1985年に調査を開始して以来, 新規報告数は増加傾向が続いていたものの2008年にピークに達し, 2008年以後新規報告数はHIV感染者(初診時にAIDS指標疾患を伴わない無症候性キャリア)報告数は約1,000件, AIDS患者(初診時に指標疾患を伴いAIDSと診断された患者)は約500件, 合計約1,500件で推移し, 高止まりしている。すなわち, 日本国内で考えた場合には新規報告数の大きな増減は認められないが, 都道府県別に解析すると, 近年は報告数の増減に地域的に傾向が異なることが見出されている。本稿では2015年都道府県別新規報告数上位10位(本号2ページ特集表1参照)に入った都道府県を中心に, 近年の日本国内のHIV発生動向の地域性について紹介したい。
2015年の新規HIV感染者およびAIDS患者報告数, および人口10万人当たりの新規報告数の上位10位の自治体をみると, 報告数としてはHIV感染者, AIDS患者ともに上位には東京都, 大阪府, 愛知県, 神奈川県など3大都市圏を構成する主要な自治体が並ぶ。次いで福岡県, 北海道, 静岡県, 広島県など大都市圏を構成する主要な自治体が続き, 報告数は概ね人口の多い都道府県が並んでいる。その一方で人口10万人当たりの報告数を都道府県別に比較すると, その順位は大きく異なる。
一つ目の傾向として, 人口10万人当たりの新規報告数の多い自治体が近年東から西に移動していることが挙げられる。2000年以前の都道府県別人口10万人当たり新規報告件数の上位には3大都市圏以外では茨城県, 栃木県, 山梨県, 長野県など関東甲信越地方の都道府県が上位に並んでいたのに対し, 2014年は沖縄県, 九州から2県(宮崎県, 大分県)が入り (IASR 36: 165-166, 2015), さらに2015年には四国地方から3県(徳島県, 香川県, 高知県)が上位10位に入った(本号2ページ表1参照)。特に人口10万人当たりの新規AIDS患者報告数は, 2014年は沖縄県が1位, 2015年は香川県が1位であった。また, 新規報告数に増減があり単年で顕著に多いとは言えないものの, 九州・四国地方のうち宮崎県, 鹿児島県, 香川県は2011~2015年の5年間の累積新規報告数が50件を超え, 同時に新規報告数に占めるAIDS患者の割合も4割を超えていることから, 早期診断に結び付いていない感染者も多いことが推測される。九州, 四国地方の都道府県については短期的な報告数の増減のみならず, 長期的かつ注意深く発生動向を見極めることが重要である。
二つ目の特徴として, 近畿, 東海地方において大阪府, 愛知県に隣接する複数の自治体において報告数が増加傾向にあることが挙げられる。2015年は奈良県, 兵庫県, 滋賀県, 岐阜県, 静岡県が人口10万人当たりの新規報告数の上位に入った。特に岐阜県では2011~2015年の5年間の累計報告数は100件を超え, かつ新規報告数に占めるAIDS患者の割合も4割を超えている。また, 滋賀県は5年累計報告数は約50件であるが, AIDS患者の割合は50%を超えており, AIDS患者比の高さは全都道府県を比較しても高知県に次いで2位となっている。当該地域においては比較的人口が多い自治体が隣接していることから近隣の自治体の発生動向にも注意するとともに, 現在報告数が少ない都道府県においても今後の動向を注意深く見守る必要がある。
以上2点から, 日本国内の新規HIV感染者・AIDS患者報告数は横ばい傾向が続いているものの, 報告数の増減は地域により異なることが示唆される。各自治体においては人口等社会的要因に配慮しつつ, 発生動向の特性に配慮した対策の展開が望まれる。