国立感染症研究所

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関西国際空港の麻疹事例の検査結果から得られた知見

(IASR Vol. 38 p.49-51: 2017年3月号)

背 景

大阪府内で発生した関西国際空港事業所を中心とする麻疹の集団発生事例では, 2016年8月中旬から患者発生がみられ, 9月29日に終息宣言が出された。この間に33名の空港職員が麻疹を発症した。

 大阪府立公衆衛生研究所では, 8月下旬~9月30日までの期間に麻疹疑い症例として搬入された184例を定量PCR法にて迅速に検査対応した。当所の検査では, 空港職員の麻疹陽性患者33名中28名を検出した。本稿では, 我々が経験した集団発生事例の検査から得られた知見について報告する。

対象と方法

1. 検査対象

2016年8月26日~9月30日までの期間に大阪府内(堺市, 大阪市を除く)で麻疹様症状を呈し麻疹の発生届出があった事例全例, および関西国際空港での麻疹の集団発生の健康観察者では, 微熱や不明瞭な発疹など非特異的な症状を呈した事例も検査対象とした。

2. 検査方法

対象者から得た, 血液, 咽頭拭い液, 尿の3点を用いた。血液は末梢血単核球(PBMC)の分離を行い, PBMC, 血漿または血清, 咽頭拭い液, 尿の4試料(各200μL)から, 核酸自動抽出機(PSS社製Magtration® System 12GC PLUS)を用いて核酸(50μL)を抽出した。ウイルス検出は, 病原体検出マニュアル1)に従って行った。 

3. 血清抗体価の測定

関西国際空港事業所で発生した麻疹患者のうち同意が得られた患者について, 発症後4カ月目に採血を行い, ウイルス抗体EIA「生研」麻疹を用いて麻疹特異的IgGおよびIgMを測定し, 発症直後の価と比較した。

検査結果

8月26日~9月30日までに, 定量PCRを行った症例は184例で, そのうち36例(19.6%)で陽性となった。陽性36例中, 空港職員は28例(遺伝子型H1:24例, 型別不能:4例), 関連事例は2例(遺伝子型H1:2例), 散発事例は5例(遺伝子型H1: 3例, D8:2例), ワクチン接種後の発疹事例(遺伝子型A) 1例であった。府内で検出された遺伝子型H1のN遺伝子の配列はすべて同一で, 単系統群を形成していた()。

空港職員で遺伝子型H1麻疹ウイルス感染確定事例であった24事例において, 発症から検体採取までの日数は, 平均3日(範囲1~10日, 中央値2日)であった。これらの検体別の定量PCR陽性率は咽頭拭い液が最も高く(陽性83.3%, 判定保留と陰性それぞれ8.3%), PBMC(陽性82.6%, 判定保留13.0%, 陰性4.4%), 血清(陽性20.8%, 判定保留25.0%, 陰性54.2%), 尿(陽性4.2%, 判定保留33.3%, 陰性62.5%)の順であった。ウイルスゲノムコピー数(判定保留となった検体のコピー数も含む)は, 咽頭拭い液で最も高く, 核酸抽出液5μL当たり2.5~5.4×105コピー(中央値1.7×102), 次いで尿3.8~2.3×104コピー(中央値2.7×102), PBMC1.4~2.3×103コピー(中央値25.7), 血清または血漿1.3~5.2×102コピー(中央値2.1)であった。

血清抗体価の測定は, 有症期と回復期のペア血清が得られた15名に実施した。有症期のIgM抗体は3名(20.0%)で陽性(IgM 2.0~2.8), 回復期は1名(6.7%)で陽性であった(IgM 5.3)。IgG抗体は有症期に13名(86.7%), 回復期には15名全員(100%)が陽性で, 有症期は128 EIAを超える高い抗体価の患者が9名(60.0%) と高い割合を占めた。有症時にIgG陰性であった2名は同時期のIgMも陰性であった。それぞれワクチン接種歴不明1例, 無し1例であり, 感染によりIgG抗体が陽転したと考えられた。

考 察

今回の集団発生事例では, 当所で検出されたH1型麻疹ウイルスの配列はすべて一致しており, 同一のウイルスによる集団発生事例であった。しかし, 今回のワクチン接種世代の成人を中心とする集団発生では, ウイルスゲノム量が少ない事例が多くみられた。検体別のウイルス検出率は, 咽頭拭い液とPBMCで高く, 検出される平均ウイルスゲノム量を考慮すると, 咽頭拭い液が最もウイルス検出に適した検体であると考えられた。

ペア血清を用いたIgMおよびIgG抗体価の検討では, 80%の事例でIgM抗体価が有症期に陰性となった一方で, 患者の60%で128以上の高いIgG抗体価が認められた。これらの理由として, 1)有症期にIgG, IgMともに陰性であった麻疹感受性者は, 発症直後に採血されたために抗体上昇がみられなかった可能性があること, 2)修飾麻疹患者においては, 既に報告されている通りIgMの上昇はあまりみられず2), 発症直後から高い価のIgG抗体がみられたと推察された。

麻疹の感染拡大防止のためには早期診断が重要であるが, 修飾麻疹事例ではウイルスゲノム量が比較的少なく, IgM抗体上昇が明瞭にみられない場合も多い。従って, 今後の診断には麻疹IgMだけでなくIgG抗体価の検出と核酸検査の結果を総合的に判断していく必要性があると考えられた。

今回の府内の麻疹集団発生では, 空港という多数の人が国内外を移動する拠点となる施設を中心として発生したために, 接触者が非常に多かった。そのため検査現場では短期間で検査数が著しく増加した。検査の結果からは, 遺伝子型H1の集団発生と同時期に遺伝子型D8のウイルスも検出されており, 常に日本国内に海外から麻疹ウイルスが持ち込まれている可能性が示唆された。従って, 感染経路や流行の実態を調査する上で, 遺伝子型別の役割が非常に重要であった。

複数種類の検体の検査と陽性検体の迅速な遺伝子型別が今回の対応の要であったが, 実際の現場では多量の検体が連日搬入されるため, 円滑な検査対応に苦慮した。咽頭拭い液でのウイルス検出率が良好だったため, 大規模な集団発生に対応する際は, 咽頭拭い液を優先的に検査する等の対応の可能性についても今後検討していく必要性がある。

 

参考文献
  1. 病原体検出マニュアル「麻疹」(第3.3版)
  2. Hickman CJ, et al., J Infect Dis 204 Suppl 1: S549-558, 2011

大阪府立公衆衛生研究所
 倉田貴子 山元誠司 弓指孝博 久米田裕子 本村和嗣
大阪府感染症情報センター 本村和嗣
大阪府泉佐野保健所
 上山賀也子 井戸美恵子 福田直子 宮本妙子 川井奈々 貞方菜月
 大西聖子 今川和子 松浦玲子
大阪府健康医療部保健医療室医療対策課
 西野裕香 折井 郁 牟田恵美子 木下 優 柴田敏之

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