国立感染症研究所

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尼崎市における2016年の麻疹発生状況

(IASR Vol. 38 p.51-52: 2017年3月号)

はじめに

尼崎市立衛生研究所では, 2016年1月1日~12月31日までに麻疹疑い症例の麻疹ウイルス遺伝子検査を109例実施した。麻疹ウイルス遺伝子検査はすべてreal-time RT-PCR法により行い, ウイルス遺伝子検査陽性であったのは21症例であった。最終的に麻疹(修飾麻疹)と診断されたのは11症例, それ以外に判断困難例4例であり, 症状, 抗体検査の結果および疫学的リンク等を総合的に検討したので報告する。

麻疹・修飾麻疹症例の検証

3例の麻疹患者について, No.1は受付担当として数分間, 麻疹患者と接触, No.2は2016(平成28)年7月31日関西国際空港利用, No.11は国内旅行の既往はあるが感染源は不明であった。いずれも麻疹ワクチン未接種未罹患であり, 発熱, 発疹, カタル症状と典型的な症状を示した。

8例の修飾麻疹のうち, 2名は20代(No.3関西空港関係者, 予防接種歴2回記録不明), 30代(No.5 No.4の患児の母親, 予防接種歴不明)であり, 発熱は37℃台, 発疹は淡かったが, 麻疹抗体価(EIA法)においてNo.3は回復期にIgG≧128, IgM 1.54, No.5は, 麻疹IgG抗体価が急性期81.3, 回復期125.1, 麻疹IgM抗体価は陰性であった。

6名は幼児であり, すべて1回の予防接種歴がある。No.4(5歳)は感染源は不明であるが, カタル症状, 37.8℃の微熱のあと, 40.3℃の高熱, 発疹を示した。麻疹IgG抗体価(EIA法)は急性期61.1, 回復期73.7であり, 麻疹IgM抗体価(EIA法)は陰性であった。No.6(3歳)は, 鼻水, 8日から咳, 発熱(38.7℃)が認められたが発疹はなく, 麻疹IgG抗体価は急性期29.9, 回復期48.8であり判断が困難であったが, No.4(5歳)が発疹が出現した日まで毎日登園し, 体調不良のため3歳児クラスの部屋で遊んでいたため, 接触が濃厚であった。

No.8(3歳)は, No.4とは別の保育園である。カタル症状と発熱(40℃)が認められ, 発疹はなかったが, 急性期と回復期のペア血清で麻疹IgG抗体価が27.4→128と有意に上昇していた。

No.7(4歳)は, 発熱, 全身の発疹, カタル症状を認め, 麻疹IgG抗体価は回復期45.9であった。急性期の抗体検査がなされず判断は困難であったが, 接触者であるNo.8が修飾麻疹と判断されたことから, 総合的に修飾麻疹と判断した。

No.9(2歳)は, No.4の保育園の関係者であり, カタル症状と発熱(最高40.7℃)が4日間認められ, 麻疹IgG抗体価が急性期57.1, 回復期79.6であったため, 総合的に修飾麻疹と判断した。

No.10(2歳)は, 感染源は不明であり, 予防接種歴が1回ある。発熱, 発疹, カタル症状を示し, 麻疹IgG抗体価が急性期110, 回復期≧128, IgM抗体価は陰性であった。

ウイルス遺伝子検査の結果

麻疹(修飾麻疹)と診断された11症例について, RT-nested PCR法による遺伝子検査を行った結果, N遺伝子が陽性となったのは5症例(No.1, No.2, No.3, No.5, No.11)であった。5症例についてN遺伝子の部分塩基配列を決定し, 系統樹解析を行ったところ, 3症例(No.1, No.5, No.11)がD8型に, 2症例(No.2, No.3)がH1型に分類された。修飾麻疹と診断された7症例(No.3, No.4, No.5, No.6, No.7, No.8, No.9)はCt値が33.0~38.8と高い値であることが特徴的であり, そのうち幼児5症例(No.4, No.6, No.7, No.8, No.9)はRT-nested PCR法でN遺伝子が検出できず型別不能となった()。また, No.10は, 咽頭, 尿の検体においてreal-time RT-PCR陰性であった。

考 察

今回, real-time RT-PCR法により陽性を確認し, 抗体検査の結果および疫学リンクを踏まえ, 最終的に麻疹3症例, 修飾麻疹8症例となった(それ以外に判断困難例4例)。

3人の麻疹患者は発病から診断まで, 平均7.7日かかった。3人は, 麻しん含有ワクチン未接種未罹患でウイルス量も多かったが, 診断されるまで, 映画館, コンサート会場, 病院などに行き, 不特定多数の方と接触があった。それにもかかわらず, うち2人については, 二次感染者が1人も報告されなかった理由については, 麻しん含有ワクチンの予防接種率が高くなったことに加え, 麻疹・修飾麻疹の診断の難しさが影響した可能性がある。そのような中で, 修飾麻疹の患者を把握できたのは, 8月に関西国際空港関連の集団発生があったことおよび海外からの帰国者が多い時期であったことから医師の意識が高かったことが考えられる。

今回, real-time RT-PCR法によるウイルス遺伝子検査診断の難しさを改めて実感した。修飾麻疹は臨床像が多彩で軽症なものが多く, 検体中のウイルス量が少ないこともあるため判定に苦慮することが多い。今回の集団事例も例外ではなく, real-time RT-PCR法でウイルス遺伝子を検出したが, RT-nested PCR法でN遺伝子の検出はできず, 検査結果の判定に非常に苦慮した。そこで, 症状, 抗体検査の結果および疫学的リンク等を総合的に考え, 最終的に修飾麻疹と判断されることとなった。

検査法から修飾麻疹判定まで国立感染症研究所の先生方にご指導をいただき, 保健所と協力することができたため早期の麻疹終息に繋がったと考える。

  

参考文献
  1. 中野貴司ら, 日小医会報 26: 127-130, 2003
  2. 国立感染症研究所感染症情報センター麻疹対策技術支援チーム, 麻疹の検査診断の考え方 (平成24年3月16日)
  3. 国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル麻疹(第3.3版)(平成27年8月)


尼崎市立衛生研究所
 村山隆太郎 山路昇一郎 萩原康裕 林 千尋 西村邦子
尼崎市保健所 郷司純子

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