第9回International AIDS Society(2017年国際エイズ学会)報告
(IASR Vol. 38 p.187-188: 2017年9月号)
“HIV Science Matters” HIVの流行を終わらせるには, 引き続き科学の力と科学への投資が必要だ。パリで開催された第9回国際エイズ学会(IAS)は, このパリ宣言とともに始まった。近年のHIV関連の予算減少, そしてアメリカのトランプ新大統領就任後の科学研究に対する予算削減に危機感を抱き, パリ宣言は, 1. 基礎研究への投資, 2. ワクチン開発の重要性, 3. より飲みやすい薬の剤型開発と服薬アドヒアランスのサポート, 4. 感染予防とそれを阻む構造の打破, 5. 経済モデリングの重要性, を挙げ, HIV研究に対する継続した投資の必要性を訴えた。抗HIV療法の飛躍的な進歩に伴いHIVに感染しても良好な予後が見込めるようになった現在, HIVが注目される機会は減り続け, それとともに関連予算も減少している。当学会はその傾向に警鐘を鳴らし, 口頭発表のセッションの一つに「ドナーが去ったとき(When donor leaves…)」 とまで名付けた。
近年HIV領域における話題の中心の一つである曝露前予防内服(PrEP)についての演題は非常に多く, 24のワークショップ・シンポジウムなどがPrEPを取り上げ, それ以外にPrEPの演題発表が183もあった。PrEPの有効性はすでに確立している中で, どのようにハイリスク例にPrEPの情報を伝え, PrEPを開始し継続できるシステムを構築するかについての議論が多くみられた。また, PrEPを念頭にハイリスク例にHIVスクリーニングを行うことで, HIVの早期診断につながるとの指摘もあった。肛門へのPrEP薬の良好な到達を踏まえ, 内服アドヒアランスが良好であればmen who have sex with men(MSM)に対しては危険行為の前後にPrEP薬を内服するon-demand PrEPで予防効果が見込めるが, heterosexualの女性に対してはon-demand PrEPでは予防効果が不十分な可能性があるため, 現時点では連日の内服が推奨されるとの知見が解説された(MOSY08)。
当学会の長所の一つは, HIV陽性者やコミュニティリーダーなど当事者が参加する学会であることである。26日のプレナリー講演の途中で “U equals U”(undetectable equals untransmittable)(検出限界未満ならほかの人に感染しない)と声を挙げながら壇上にHIV陽性者のグループが上がり, HIV陽性者に対するスティグマをなくし, 治療薬をすべてのHIV陽性者に届けるよう訴える一幕があった。こちらもHIV関連学会ならではの光景と言えよう。
以下, 注目された演題をいくつか紹介する。
疫 学
1)アフリカのHIV有病率が30%強の国, スワジランドから, HIV陽性例に対する全例治療を含むHIVの予防・治療のスケールアップにより, 2011年から2016年までにHIVの発症率が44%低下し, HIV陽性者のうちウイルス検出限界未満が占める割合が2倍以上増加したという報告があった。国レベルで, “treatment as prevention” 「治療による予防」が有効であることを証明した(MOAX0204LB)。
2)オーストラリア, タイ, ブラジルの多国間研究が, 一人がHIV陽性でもう一人は陰性のMSMのserodiscordantカップルにおいて, 陽性者が治療を受けウイルスが検出限界未満に抑えられていればパートナーは感染しないことを示した。この報告は, PARTNER Studyの結果を確認するものであった(TUAC0506LB)。
臨 床
1)近い将来の注射剤によるHIV治療を予想させる, 第2b相試験LATTE-2の96週結果が発表された。2つの注射剤, カボテグラビルとリルピビリンによる治療で, 7月24日付でLancetに掲載された。4週ごと, もしくは8週ごとのカボテグラビルとリルピビリンによる注射治療は, 96週時にそれぞれ87%, 94%がウイルス抑制達成と, 良好な治療効果を示した(MOAX0205LB)。
2)ドルテグラビル+ラミブジンによる2剤治療の可能性
1.HIV RNA<500,000copies/mLの初回治療例を対象にドルテグラビル+ラミブジンで治療したACTGA5353試験の24週データの報告。24週時に120例中5例がウイルス学的失敗, 7例は24週までに脱落もしくはデータがなかった(MOAB0107LB)。
2.ウイルス抑制された27例に対してドルテグラビル+ラミブジンに変更したDOLULAM試験96週までの結果。63%がM184I/Vあり, インテグラーゼ耐性はなし。1例が患者の希望, 2例が有害事象で中断したが, それ以外の24例は全例104週時にRNA<20copies/mLを達成(MOPEB0315)。
基 礎
1) 母子感染した児が生後早期に抗HIV治療開始後, 治療を中止しても8年半ウイルスが抑制されている, という “South African Child” の報告。このような報告は, フランスからの症例報告, “Mississippi Baby” に続き, 3例目(TUPDB0106LB)。
今回のIASは, 日本の存在感が感じられる学会でもあった。7月26日のプレナリーでは京都大学の本庶佑先生が “PD-1 blockade immunotherapy against cancer and infectious diseases” というタイトルでPD-1の発見の経緯とその癌における臨床効果について講演された。IASの地域別会議では, アジア太平洋地域の評議員である熊本大学の松下修三先生が司会をされ, 当地域において如何にIASの活動を盛り上げていけるかの議論があった。また, 熊本大学の鈴伸也教授がHIV cureのワークショップで “New cellular reservoirs HIV Cure” のタイトルで, 京都大学の金子新准教授が “New Technologies” のワークショップで “iPSC technology” のタイトルで, それぞれ講演された。その他, 口演・ポスターを含めた日本からの演題発表は27を数えた。
終わりに
当学会は, HIV関連の予算削減が進んでいる中, 2030年までにAIDSの流行を終息させる, という目標に向けて, 各分野の関係者の強い意志と結束を示す場となった。HIVの新規感染者, AIDS関連死者数は, 着実に減少を続けている。この流れをさらに進め, 目標が達成できるかどうかは, 日本を含む先進国がどれほど積極的に関与し, 資金提供を維持できるかが大きな鍵となるであろう。