国立感染症研究所

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家畜を介した非流行地へのエキノコックスの拡散

(IASR Vol. 40 p40-42: 2019年3月号)

日本国内で確認されるヒトのエキノコックス症のほとんどが多包性エキノコックス症で, 患者は原因種の多包条虫が常在する北海道に集中する。しかし北海道以外の都府県からも少数ながら報告があり, 感染症法に基づく届出が義務化される以前の症例の中には, 既知の流行地と接点を持たない, いわゆる原発疑い例が存在する1)。非流行地で発生した原発疑い例は, 患者居住地周辺に感染源が存在したことを示唆するが, 実際に感染源が証明された症例はない。

に1999年以降, 北海道以外の動物からのエキノコックス検出例を終宿主(成虫が寄生), 中間宿主(幼虫が寄生)の別に示した。非流行地において感染動物が発見された場合, 終宿主はヒトへの直接の感染源となるだけでなく, 他の中間宿主へ伝播すれば新たな流行地形成につながる恐れがあるので, 最も重要な検討対象となる。中間宿主に関しても, 感染の背景となった情報(生産地や飼育地など)を加味し, 非流行地で検出された意義を評価する必要がある。

終宿主として重要な役割を果たすイヌに関しては, 北海道から移送される個体に多包条虫の感染例が発見された2)。さらに2005年には埼玉県で捕獲されたイヌから多包条虫卵が検出され3), 本州以南第一例目となる「犬のエキノコックス症」として届け出られた。当該個体にはマイクロチップなど身元表示がなく, 流行地との関連は確認できなかったが, 12S rRNA領域の部分配列は北海道産多包条虫と一致した。これを受け, 埼玉県は2018年末までに2,000頭以上のイヌを検査したが, 再検出はされていない。県内定着はなかったと考えられる。一方2014年, 愛知県で捕獲されたイヌから多包条虫卵が検出された4)。埼玉県の場合と異なり, 愛知県ではその後も野外採取されたイヌの糞便から虫卵やDNAの検出が継続し, 2018年には再び捕獲犬3頭(糞便内DNA陽性)の感染例が届け出られた。一定の地理的範囲内で時期を違えて検出が続くことから, 愛知県内の一部地域には多包条虫が定着したと考えられる。

旅行歴の有無に基づき北海道での感染と推定された中には, 患者本人の滞在はごく短い一方, 家族が北海道から連れ帰ったイヌを自宅で飼育していた例もあり5), 北海道から本州へのイヌの移動には関心が向けられてきた。土井ら6)の推定では年間におよそ1万頭のイヌが北海道から本州以南へ運ばれる。北海道内のイヌの多包条虫感染率を1%と仮定すると, 毎年100頭の感染犬が道外各地に運ばれる計算となるが, 札幌市動物管理センター収容犬の最近の調査では1.9%が感染していた7)。野生動物間で続く高度流行状態にイヌが関わる機会が増えているとすれば, 拡散のリスクはさらに高まっているといえる。非流行地への拡散防止を考える上で, 北海道から持ち出されるイヌへの対応は喫緊の課題である。

中間宿主(幼虫が寄生)はヒトの感染に直接関与しないが, イヌなど終宿主への感染源となる場合があることから, 感染個体の検出状況について情報を集約しておく必要がある。まずブタに関しては, 1999年に青森県で多包虫(多包条虫の幼虫)感染個体が発見された8)。北海道ではと畜検査を受けるブタを歩哨動物とし, 道内における流行拡大を監視した歴史がある。そのため, 北海道からのエキノコックス侵入を警戒していた青森県では, ブタからの検出が大きな衝撃をもって受け止められた。だが, その後の調査では同県で生産されたブタからは検出されていない9)。と畜検査ではウマの感染も発見されている10,11)。一部に生産履歴の確認できない例があるが, 国内のウマの生産状況を鑑みれば北海道での感染が強く疑われる。ブタやウマの多包虫には原頭節が形成されず, 終宿主への感染源にはならないが, 生産履歴を確認できるか否かで検出後の対応は大きく異なる。その他, 北海道の動物園から本州に貸し出された霊長類(ダイアナモンキー)からの発見例がある。本来の中間宿主(ハタネズミ亜科齧歯類)の感染は現在まで見つかっていない。

現時点では国内に常在しない単包条虫にも簡単に触れる。食用家畜の単包虫(単包条虫の幼虫)感染は, 明治期すでに輸入牛に見つかり, 最近もオーストラリアから輸入後, 国内で肥育されたウシにおいて発見されている12)。同国はわが国にとって現在唯一の肥育素牛の輸入先であり(2012~2016年平均10,642頭:解放頭数ベース)13), 感染牛の輸入は依然続いていると思われる。中には原頭節を有する個体もあり, そのような感染臓器をイヌへ与えれば伝播は成立するので不用意な取り扱いは避けるべきだが, と畜検査で部分廃棄され, 適切に処理されれば問題とはならない。イヌの輸入先は多岐にわたり, 流行地と非流行地の両方が含まれる(2012~2016年平均6,781頭:解放頭数ベース)13)。イヌの輸入検査は現在, 狂犬病とレプトスピラ症に限られており, ウシと異なり死後の検査機会もないため, 単包条虫だけでなく, 多包条虫に関しても感染実態は不明で, 輸入犬における感染実態の把握が必要である。

 

参考文献
  1. 土井陸雄ら, 日公衛誌 47: 111-126, 2000
  2. Morishima Y, et al., Emerg Infect Dis 12: 1292-1294, 2006
  3. 山本徳栄ら, IASR 26: 307-308, 2005
  4. 登丸優子ら, IASR 35: 183, 2014
  5. 土井陸雄ら, 肝臓 49: 501-505, 2008
  6. 土井陸雄ら, 日公衛誌 50: 639-649, 2003
  7. Irie T, et al., Vector Borne Zoonotic Dis 18: 390-392, 2018
  8. 神谷晴夫&金澤 保, IASR 20: 248-249, 1999
  9. 木村政明ら, IASR 30: 243-244, 2009
  10. 後藤芳恵ら, IASR 31: 210-212, 2010
  11. 一二三達郎ら, 日獣会誌 68: 253-257, 2015
  12. Guo ZH, et al., Parasitol Int 60: 498-502, 2011
  13. 農林水産省動物検疫所
    http://www.maff.go.jp/aqs/tokei/toukeinen.html(2019/2/8閲覧)

 

国立感染症研究所
 森嶋康之 杉山 広 山﨑 浩
埼玉県衛生研究所 近 真理奈
愛知県衛生研究所 長谷川晶子
横浜市立大学名誉教授 土井陸雄

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