国立感染症研究所

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ワクチン接種率が低い集団に端を発した麻疹集団発生事例の報告

(IASR Vol. 40 p60-61: 2019年4月号)

2015年3月に世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局(WPRO)から日本は麻疹の排除状態であることが認定された。麻疹排除維持のため, 麻疹ウイルスが輸入されても流行を拡大させないために, 2回のワクチン接種の接種率を95%以上に維持し, 麻疹に対する抗体保有率を高く維持すること, サーベイランスを強化し, 患者の早期発見, 適切な感染拡大予防策を講じることができる等の対策の継続・強化が求められている。

2019年1月7日, 三重県津保健所管内の医療機関から麻疹患者 (患者B) 発生の報告がなされた。同日, 和歌山県から三重県に和歌山県内の麻疹患者(患者A)発生に伴う情報提供があり, 麻疹患者が有症状の状態で2018年12月下旬に三重県津市内で開催された宗教団体の研修会に参加をしていたとの情報が共有された。患者Bは当該研修会に参加していたことから, 研修会参加者内での集団感染が疑われた。当該研修会には研修生31名とスタッフ等23名の計54名(うち16名は県外在住)が参加しており, 2018年12月23~30日まで開催された。初発例である患者Aは12月28日に発熱を認めたが引き続き研修会に参加し, 研修会最終日である30日に発疹が出現, 翌31日に和歌山県内の医療機関を受診し, PCR検査にて麻疹ウイルス陽性のため, 確定診断された。なお, 当該宗教団体は医薬に依存しない健康を基にした生活を重んじているため, ワクチンを接種していない者が大多数であった。

麻疹患者の症例定義は 「2019年1月3日以降, 三重県内において, 感染症発生動向調査(NESID)に基づく麻疹届出基準を満たす症例(臨床診断を含む)」とした。このうち, 麻疹確定例は, ①麻疹に特徴的な発疹, ②発熱, ③咳, 鼻水, 結膜充血などのカタル症状を満たし, かつ届出に必要な病原体診断を満たした者とし, 修飾麻疹例は①~③のうち一つ以上を満たし, 届出に必要な病原体診断を満たした者とした。また, 臨床診断例は麻疹症例と疫学的リンクがあり, かつ麻疹の症状を呈する者とした。なお, 今回臨床診断例を含めた理由は, 個人の信条上の理由により患者が確定診断に必要な検体採取を拒む事例が認められたためである。以下三重県内から報告された症例のまとめを記す。

初発例報告があった2019年1月7日~2月1日までに県内で49名(確定例33名, 修飾麻疹例9名, 臨床診断例7名)の症例定義に合致した症例が報告された(図1)。初発例から研修会参加者への二次感染が県内だけで24名確認されているが, 県外在住者や医療機関を受診しなかった者を加えると二次感染者はさらに多かったと推測される。三次感染以降の主な感染拡大場所は家族内に加え学校, 医療機関といった人の集まる場所であった。

患者の年齢分布と予防接種歴の関係を図2に示す。年齢中央値は17歳(範囲:2~47歳)であり, 男性患者が27名(55%)であった。研修会参加者が主に学生であったため, 10~20代の患者が多かった。また, 32名(65%)がワクチン未接種者であり, ワクチン接種歴不明者を合わせると発症者に占めるワクチン未接種・不明者は36名(73%)にのぼった。

三重県内では集団発生確認後, 県内の保健所間で患者情報が共有できるように行政機関内ネットワーク上にフォルダーを作成し, 情報の一元化を図るとともに, 三重県感染症情報センター(以下県情報センター)が集まった情報をまとめ, 保健所・医師会など感染拡大防止を目的とした情報提供を毎日行った。また, 各保健所が患者調査実施後リスク評価を行い, 接触者が多く, 今後患者が多数, あるいは広域に発生する可能性がある事例について県情報センターが提供する情報に加えた。

本事例において, 麻疹患者が医療機関を事前の申告なく受診したケースがあったが, 当該医療機関では事前に職員の抗体価が測定されていたこともあり, 全職員, 入院患者について感染リスクに基づいたワクチン接種などの対応が素早くとられた。また, 学校において複数患者が発生したケースも認められたが, 当該校では定期接種の接種率が高かったこと等からその後, 患者発生が増加することはなかった。初発例から二次感染へのインパクトが大きかった本事例であったが, 患者発生施設での迅速かつ適切な対応や, 保健所, 医療機関での慎重な接触者調査と対策実施により, 2月1日に患者が報告された後, 麻疹集団発生終息の目安である最終接触から4週間のあいだ新たな患者発生がなかったため, 3月1日本事例は終息した(2月19日に県内で1例麻疹患者が発生したが, 遺伝子検査により今回の集団発生とは異なるウイルスが検出されたため今回の集団発生とは関連がないと判断した)。

本事例はワクチン未接種であった初発患者の感染力の強さと接触者の多くがワクチン未接種者であったことが患者数の急激な増加につながったと考えられた。ワクチン未接種者の割合が多い集団(いわゆるポケット)に麻疹ウイルスが入り込むと大きな集団発生に進展することが再認識させられた事例であった。定期接種による高い接種率の維持や麻疹ウイルス感染のハイリスク者(医療機関従事者や学校, 保育園, 接客業など多くの人と接する職業に従事する人など)へのワクチン接種や抗体価確認など平時の対策実施の重要性が改めて示された。

今回の事例における一つの特徴は, 事例の初期は患者のほとんどが宗教団体関係者であるという特殊な背景であったため, 情報共有が非常に困難を極めた点であった。インフルエンザシーズンとも重なり, 麻疹の診断は臨床症状だけでは難しく, 患者の情報をある程度提供する必要性はあったものの, 個人情報保護の観点から情報公開を制約せざるを得ない部分があった。今回は保健所, 医療機関に限定した情報提供という方法で対応したが, 今後も発生しうる広域の麻疹アウトブレイク対応においてどのように情報を公開していくか, コンセンサスを確立していく必要があると考えられた。なお, 使用したデータは調査時点の速報値である。

謝辞:本事例の対応にあたり, 多大なご協力をいただきました三重県医師会, 郡市医師会, 医療機関等関係者, 県内保健所, 保健環境研究所の皆様に深謝いたします。

 

三重県薬務感染症対策課
 下尾貴宏 金谷康子 小掠剛寛 原 康之 西岡美晴
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース
 竹田飛鳥 川上千晶
国立感染症研究所感染症疫学センター
 神谷 元 松井珠乃 砂川富正 大石和徳

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