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首都圏内の国際空港および商業施設での曝露が疑われた遺伝子型D8の麻疹ウイルスによる広域散発事例について

(IASR Vol. 40 p66-67: 2019年4月号)

事例の概要

2017年9月下旬~10月上旬にかけ感染症発生動向調査(NESID)に12例(遺伝子型D8:10例, 不明:2例)の麻疹症例が, 関東地方を中心とする複数の自治体から報告された。NESIDに報告された情報から症例の発症日が近く, 渡航歴を有する症例や空港職員の症例が含まれていたことから空港における曝露を疑い, 12例の報告自治体へ発症7~21日前の行動歴, 利用した空港および空港内移動経路(空港平面図を用いて記載を依頼), 搭乗便, および空港まで利用した交通機関, 検出された麻疹ウイルスの遺伝子配列情報について情報の共有を依頼した。報告自治体から追加の情報共有を受けた結果, 8例において首都圏内の国際空港(以下, A空港)を含む共通の曝露機会があったことが推定された。なお, 遺伝子型D8の残りの2例は既報1)の外国人グループの症例であり, 遺伝子型不明の2例はIgM抗体検査により麻疹と診断された症例であり, ともに8例とは疫学的関連性を認めなかった。これらの情報を基に, 2017年10月12日に国立感染症研究所(感染研)のホームページに「最近報告された麻疹患者に関する医療機関への注意喚起(平成29年10月11日現在)」2)として情報を還元し注意喚起を行った。最終的に8例から検出された麻疹ウイルス遺伝子型決定部位(N遺伝子)450塩基配列が同一であり, 既報1)の外国人グループの症例とは配列が異なることが判明した。

症例の記述

2017年8月25日~10月25日の間NESIDへ報告された麻疹症例のうち前述の450塩基配列が同一の8例について記述した。8例は関東および中部地方の3都県および4保健所設置市から報告された。症例の発症日は2017年9月22~27日の間であった(図1)。内訳は, 女性5例(63%), 年齢中央値(範囲) 28.5歳(2~40歳)職業は会社員4例(50%), 空港職員, 小売業, 主婦, 無職各1例(13%)であり, 麻疹含有ワクチン接種歴は1回1例(13%), 不明4例(50%), 無し3例(38%)であった。渡航歴を有する症例が3例(タイ, マレーシア)であった。

症例の曝露機会(自治体からの追加の情報共有に基づく)

7例がA空港を利用しており, そのうち5例で国際線ターミナルの滞在歴があった。3例が海外渡航歴を有していたが, 行き先および搭乗便は異なっていた。残りの2例は国際線ターミナル出発ロビーで勤務していた。国際線ターミナルの滞在歴のない3例の職場がA空港近くのB商業施設とその近隣にあった。各症例の行動歴詳細は図2に示す。

考 察

症例の渡航歴や具体的な勤務地情報の共通性から本事例の探知ができた。また, 追加の症例情報の収集からA空港国際線ターミナルおよびB商業施設における曝露機会があったことが推定でき, それらの情報を基に注意喚起を行った。最終的に病原体検出情報システムに入力された麻疹ウイルスの遺伝子配列情報から8例の曝露源が共通であることが推定され, 既報1)の外国人グループの症例とは異なる事例であることが明らかとなった。

医師による麻しん届出ガイドライン3)の「付:保健所におけるNESID入力について」においては, 「感染原因・感染経路・感染地域, ワクチン接種歴等の保健所の調査により得られた追加情報を入力する」とされており, これらの情報は単一の自治体では把握できない広域発生事例における曝露機会や曝露規模を推定する上で重要である。今回のような広域散発事例では, 自治体間で適時に症例の発生や遺伝子配列および行動歴等に関する情報を共有する体制が十分ではない可能性があり, 加えて現在の感染研からの情報還元方法では, 自治体や医療機関が対応に必要な適時性や情報量が担保されない可能性も考えられる。今後, 厚生科学審議会感染症部会で検討されているNESIDのファイル共有システムを活用した患者情報の自治体間の共有4)等により疫学情報を共有するとともに, 遺伝子配列情報も各自治体間で適時に共有する仕組みを整備する必要があると考えられた。

なお, B商業施設における詳細な曝露機会に関する検討は勤務先や勤務日に関して一部不明な情報があり行っていない。

謝辞:本事例に関して情報共有いただいた保健所, 衛生研究所, 本庁, 各医療機関の皆様に深謝いたします。

 

参考文献
  1. 大内みやこら, IASR 39: 57-59, 2018
  2. 国立感染症研究所, 最近報告された麻疹患者に関する医療機関への注意喚起 (平成29年10月11日現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/measles/measles20171013.pdf
  3. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 医師による麻しん届出ガイドライン第五版 (平成28年3月9日)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/measles/guideline/guideline03_20160309.pdf
  4. 厚生労働省, 第27回厚生科学審議会感染症部会 資料1 感染症の発生動向調査(サーベイランス)機能の強化等について(平成30年11月29日)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000417406.pdf

 

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