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日本脳炎, ダニ媒介脳炎, ウエストナイル熱/脳炎, ジカウイルス病におけるフラビウイルス脳炎の鑑別

(IASR Vol. 40 p100-101:2019年6月号)

はじめに 

節足動物によって媒介されるウイルスのうちフラビウイルス科フラビウイルス属に分類されるウイルスには約70種類のウイルスが知られている。ヒトに脊髄炎, 髄膜脳炎, 脳炎を起こすフラビウイルスのうち, 特に日本脳炎ウイルス(Japanese encephalitis virus: JEV)およびダニ媒介脳炎ウイルス(Tick-borne encephalitis virus: TBEV)は, わが国にも分布しており, ひとたびこれらのウイルスに感染し, 脳炎を発症すると重篤な経過をたどる。またウエストナイルウイルス(West Nile virus: WNV), ジカウイルス (Zika virus: ZV) は近年その分布域を急速に拡大し, わが国においても輸入感染症として重要である。これらのフラビウイルスにより脳炎を発症した場合, 特異的な症状および臨床検査所見に乏しいため, 臨床的に鑑別することは困難であり, 実験室診断が重要である。

フラビウイルス脳炎 

1) 日本脳炎(JE):JEVは主にコガタアカイエカとブタ等の増幅動物の間で感染環を形成しており蚊の吸血によってヒトに感染する。JEは南アジアから西太平洋諸国において流行している1)。JEVに感染すると感染者の約100~1,000人に1人が脳炎を発症し, 致命率は20~30%であり, 回復しても20~30%は後遺症を呈する。わが国ではワクチン接種が行われており, 2009~2018年の10年間で45人(年間平均4.5人)のJE患者が報告されている。 

2)ダニ媒介脳炎(TBE):TBEVは主にIxodes属のダニに吸血されることでヒトに感染する。中央ヨーロッパ諸国, ロシア, 中国等においてTBEの流行が報告されている。またわが国では北海道においてこれまでに5例のTBE患者が報告されている2)。その病状は発熱, 頭痛, 筋肉痛, 関節痛, 全身倦怠感, 食欲不振, 悪心, 意識障害, 弛緩性麻痺, 昏睡など様々である。TBEに対するヒト用ワクチンは海外において導入されているが, わが国では未承認である。 

3)ウエストナイル熱/脳炎(WNF/WNE):WNVは, 蚊の吸血によりヒトに感染する。WNVを媒介する蚊の種類はJEVと比較して多岐にわたる。WNVは, アフリカ, 中東, 南アジア, ヨーロッパ, アメリカ大陸に分布し, オーストラリアでは近縁のクンジンウイルス(KUNV)が分布している3)。わが国では, これまでにWNFの輸入症例が1例報告されているが, 国内流行は報告されていない4)。多くは不顕性感染(80%)に終わるが, WNFを発症すると発熱, 頭痛, 背部痛, 筋肉痛, 食欲不振などの症状が3~6日間続く。さらにWNEは感染者の約150人に1人が発症し, 激しい頭痛, 高熱, 筋力低下, 弛緩性麻痺, 方向感覚の欠如, 意識低下, 眼痛, 昏睡, 震顫およびけいれんなどの髄膜炎や脳炎症状を呈する。WNVに対するヒト用ワクチンはない。 

4)ジカウイルス病(ZVD):ZVは主にネッタイシマカやヒトスジシマカなどの吸血によってヒトに感染する。ZVDの流行地は世界の熱帯・亜熱帯地域であり, その症状と流行域からデングウイルスの重要な鑑別疾患である。感染者の約50~80%は不顕性感染であり, 発症した場合もその経過は比較的穏やかである。ほとんどは数日で軽快するが, まれに髄膜脳炎による成人の死亡例が報告されている。さらに近年の流行ではギラン・バレー症候群とZV感染との関連性が示唆されている。また妊婦におけるZVの経胎盤感染において小頭症を含む先天異常が報告されている。わが国では2018年までに20例のZVD輸入症例が報告されている。ZVに対するヒト用ワクチンはない。 

フラビウイルス脳炎に対する検査法と鑑別 

フラビウイルス脳炎の鑑別では, 問診で海外渡航歴, 蚊やダニの刺咬歴およびワクチン(JE, TBE, 黄熱)の接種歴を聴取することが重要である。フラビウイルス脳炎の実験室検査は, 病原体検査と血清学的検査に分けられ, 前者は血清や脳脊髄液からのウイルス分離あるいはウイルス遺伝子の検出を目的とし, 後者はIgM捕捉ELISA, 中和試験, 間接蛍光抗体法等による抗ウイルス抗体の検出を目的とする。ウイルス分離材料は急性期患者の血清, 血漿, 髄液, 尿, 唾液あるいは死亡例の脳組織である。 

病原体検査のうちウイルス遺伝子検査の特徴は感度と特異度が高い点である。ZVに感染した場合, 高いウイルス血症を呈し, 比較的長く血清や尿においてウイルス遺伝子が検出されるため遺伝子診断は有効である。しかしながらJEやTBEの場合, 脳炎発症時には検体中の抗体価がすでに上昇している場合が多く, 特に成人においてウイルス遺伝子の検出は難しい5)。血清学的検査のうち, IgM捕捉ELISA法は迅速で比較的特異性が高いが, フラビウイルス間での交差性が認められる検体もある。中和試験におけるペア血清を用いた中和抗体価の4倍以上の有意な上昇は, 比較的特異性が高いが, 煩雑で, 時間を要す。またTBEV, WNVに対する中和試験を実施するためにはBSL(biosafety level)3施設が必要であるため実施可能な施設が限られている。しかしながらTBE患者血清やJE患者血清が間接蛍光抗体法やELISA法で他のフラビウイルスと交差反応を示したために, 中和試験が鑑別に重要であったことが報告されており6,7), フラビウイルス脳炎が疑われる症例において, 患者血清が間接蛍光抗体法やELISA法で陽性を示した場合には, 中和試験による鑑別診断が重要である()。 

まとめ 

フラビウイルスの血清学的診断においては交差反応が問題となるため, フラビウイルス脳炎の実験室診断においては, 比較的特異性の高い中和試験が重要である。JEV, TBEV, WNVおよびZVに起因する疾患はいずれも感染症法において4類感染症に分類されているため, これらの疾患を診断した医師はただちに最寄りの保健所を通して都道府県知事に届ける必要がある。

 

参考文献
  1. Centers for Disease Control and Prevention. Geo-graphic Distribution of Japanese Encephalitis Virus. Available at
    https://www.cdc.gov/japaneseencephalitis/maps/index.html
  2. Lindquist L, et al., Lancet 371: 1861-1871, 2008
  3. Chancey C, et al., Biomed Res Int 2015: 376230, 2015
  4. 髙崎智彦, ウイルス 57: 199-206, 2007
  5. Davis LE, et al., Neurol Clin 26: 727-757, 2008
  6. 好井健太朗ら, IASR 38: 126, 2017
  7. Maeki T, et al., J Infect Chemother, 2019 [Epub ahead of print]

 

国立感染症研究所 ウイルス第一部
 林 昌宏 前木孝洋 田島 茂 谷口 怜 西條政幸

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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