エクリズマブ使用患者においては髄膜炎菌ワクチン接種を受けていても侵襲性髄膜炎菌感染症に対してハイリスクである
(IASR Vol. 38 p.208: 2017年10月号)
米国では, エクリズマブ〔Eculizumab:商品名ソリリス(アレクシオンファーマ):ヒト化モノクローナル抗体, 終末補体(C5開裂)阻害薬〕は, 発作性夜間血色素尿症(ヘモグロビン尿症)と, 非典型溶血性尿毒症症候群の治療薬として認可されている。これらは稀で重篤な疾患である。エクリズマブの使用は, 髄膜炎菌感染症の発生率を1,000~2,000倍増加させることが知られており, 予防接種の実施に関する諮問委員会(The Advisory Committee on Immunization Practices: ACIP)は, 患者がエクリズマブを使用する治療の前に4価の髄膜炎菌ワクチン(MenACWY)と血清群B(MenB)ワクチンの両方の接種を推奨している。なお, ワクチン接種をしていても, エクリズマブ使用患者は髄膜炎菌感染症に対してリスクが高いことから, 米国の医療機関では他の国と同様に, エクリズマブ使用期間(多くの患者でほぼ一生涯)での抗菌薬の予防投与を推奨している。
2017年2月, 米国CDCは, エクリズマブ使用患者における髄膜炎菌感染症患者を把握するために, 自治体の健康部局に2007年からの髄膜炎菌感染症の症例調査記録等(分離や同定等も)の調査を依頼し, 47州とニューヨーク市などが回答した。
CDCの細菌性髄膜炎ラボでは, 血清群同定のため, スライド凝集法, PCR試験, 全ゲノム解析(WGS)を実施した。1検体のみ, スライド凝集法では群別不能(nongroupable)株(莢膜多糖体非産生株)で, WGSでは血清群Cで結果が異なっていた。この検体については, スライド凝集法の結果を採用した(スライド凝集法は, MenACWYワクチン作用に重要な, 莢膜多糖体の発現を検出するためである)。抗菌薬感受性試験も実施された。
2008~2016年の間, 10の地域で16症例のエクリズマブ使用者における髄膜炎菌感染症が同定された。年齢中央値は30歳(範囲:16-83歳)で, すべての患者が髄膜炎菌による菌血症, うち6例は髄膜炎の証拠があった。平均で6.6日(範囲:1-14日)の入院で, 1例が死亡例であった(致命率:6%)。16例のうち10例が発作性夜間血色素尿症, 5例が非典型溶血性尿毒症症候群, 1例がその他の目的でエクリズマブを使用していた。
14人の患者から分離株が得られ, さらに解析された。4症例が血清群Y, 11症例が群別不能株であった。14症例が発症前にMenACWYワクチンを接種されていた。血清群Yが検出された4症例中3例がMenACWYワクチンを接種していた。
エクリズマブ使用者におけるMenACWYワクチン接種後の髄膜炎菌感染症は以前から報告されており, in vitroのデータでは, ワクチンに合致した血清群であっても, エクリズマブは全血における髄膜炎菌殺傷能力を損なうことが示されている。加えて, 群別不能株である髄膜炎菌はしばしば鼻咽頭に無症候性で存在し, 稀に健常者に疾患を引き起こす。
MenACWYワクチンは血清群特異的な莢膜多糖体をターゲットとし, 群別不能株である髄膜炎菌に対しては防御効果がない。MenBワクチンは, 血清群B特異的な髄膜炎菌の感染防御のため認可されている。これらワクチンの血清群をまたぐ交叉的な防御については評価されていない。ワクチン接種を受けたエクリズマブ使用者における髄膜炎菌感染症の結果は, これらの使用者が群別不能株に対して感受性を有していることと共に, これまでの実験結果と一致し, エクリズマブ使用者におけるワクチンを用いた予防策の妨げとなっている。
特に英国やフランスの多くの臨床医や公衆衛生機関は, エクリズマブ使用期間における, ペニシリン(ペニシリンアレルギー患者に対しては, マクロライド系抗菌薬)の予防投与を推奨していた。有効性は確立していないが, 長期間のペニシリン予防投与は一般的に安全であると考えられている。今回の解析で14の分離株の中で10株がペニシリン感受性であり, 3株が中間感受性, 1株は耐性であった。この結果は, 近年の米国での侵襲性髄膜炎菌感染症における分離株がペニシリン感受性で, 耐性は非常に稀であったとの研究と一致している。なお, 原文表には, 他にシプロフロキサシン耐性株1株, ST合剤耐性株11株検出の情報がある。
エクリズマブ使用者における事前の複数種のワクチン接種および抗菌薬予防投与のどちらも髄膜炎菌感染症をすべて予防できるわけではないが, ACIPの推奨に従ってMenACWYとMenBの両方のワクチン接種を続けるべきである。また, 抗菌薬の予防投与も潜在的なリスク軽減のため考慮すべきである。髄膜炎菌感染症の症状が病初期には軽度な場合もあることから, エクリズマブ使用者においては, 髄膜炎菌ワクチン接種や抗菌薬予防投与の有無にかかわらず, 髄膜炎菌感染症に一致するあらゆる症状に対する啓発の強化, 早期の受診, 迅速な治療開始が必須である。