国立感染症研究所

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急性白血病治療中に発症した5歳の成人腸管定着ボツリヌス症例

(IASR Vol. 38 p.20-21: 2017年1月号)

はじめに

2016年8月, 福岡市においてボツリヌス症が発生した。ボツリヌス症は, ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)等が産生するボツリヌス毒素によって神経麻痺症状を呈す疾患で, 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の規定により届出が必要であり, その届出票では, 食餌性, 乳児, 創傷, 成人腸管定着, その他原因不明の5種類に分類されている。このうち成人腸管定着ボツリヌス症は, 成人や1歳以上の小児が乳児ボツリヌス症と同じ機序によって発症するボツリヌス症で, 明確な原因食品や創傷ボツリヌス症の証拠がなく, 消化管に基質的あるいは機能的障害があるか, 抗菌薬を使用している場合に発症するといわれている。今回発生したボツリヌス症は, 5歳男児が急性白血病の治療中に発症し, 日本で初のケースとなる成人腸管定着ボツリヌス症であったことからその概要を報告する。

症例:5歳男児, 急性白血病の治療中

臨床経緯

ボツリヌス症の発症3カ月前に白血病の再発と診断され, 骨髄移植にむけて化学療法を2コース施行されていた。化学療法中はST合剤, フルコナゾール, ポリミキシンBの予防内服が行われ, さらに発熱性好中球減少症に対する, セフェピム, ピペラシリン/タゾバクタム, メロペネム, テイコプラニンなどの経静脈投与も行われた。

ボツリヌス症の発症13日前~前日までは一時退院しており, その間は前述した3剤の予防内服が行われていた。再入院した翌日から3コース目の化学療法を開始されたところ, 同日(第1病日)から眼瞼下垂, 歩行時のふらつき, 呂律不良が出現し, 数日の経過で寝返り不可, 嚥下困難となった。抗癌剤の副作用を疑われ投薬量が調整されたが改善はなく, 次第に便秘, 尿閉, 散瞳など自律神経症状が明らかになった。全身の筋力低下が著しいものの深部腱反射が保たれていた点と自律神経症状の存在から神経筋接合部病変が疑われた。Lambert-Eaton症候群を疑われ, 14病日からガンマグロブリンが投与され, 症状はわずかに改善した。しかし, その後の精査ではLambert-Eaton症候群, 重症筋無力症とも否定的であり, 第17病日および第21病日に採取された糞便検体からボツリヌス毒素が検出されたことから, ボツリヌス症と診断された。神経症状は緩徐ながらも改善していたため, ボツリヌス症に対して対症療法が継続された。原疾患の治療は延期すべきでないとの判断で, 神経症状が残存しボツリヌス菌の陰性化も確認できていない状況であったが第49病日に同種骨髄移植が施行された。経過中に症状の増悪はなく, 無事生着が確認され, 第90病日には筋力低下は残るものの独歩可能な状態で退院となった。

細菌学的検査

福岡市保健環境研究所にて, 検体量が少量であったことから第17病日および21病日採取の糞便検体を混合し培養を実施した。培養後の培地を上清と沈渣に分け国立感染症研究所へ送付すると同時に, 本培養液からPCRによりA型ボツリヌス毒素遺伝子, B型ボツリヌス毒素遺伝子が検出されたため, 担当医および管轄保健所に連絡し, 管轄保健所において喫食歴調査が開始された。国立感染症研究所では, 本培養液の上清においてマウス試験によりA型ボツリヌス毒素が検出され, 沈渣を培養した培地よりA型ボツリヌス毒素産生性ボツリヌス菌が検出された。また, 第23病日採取の糞便検体において, 検体中ボツリヌス毒素は陰性であったが, A型毒素産生性ボツリヌス菌が検出された。一方, 血清検体(第14病日に採血)をマウスに接種したが, ボツリヌス毒素は検出されなかった。

感染経路調査

管轄保健所による喫食調査を行う中で, 食餌性ボツリヌス症の原因食の可能性がある食品としては, レトルトパウチ食品(おこわ製品)が確認された。患者自宅に同一購入日の食品が保存されていたことから, 当該残品計4検体を対象として, 国立医薬品食品衛生研究所にてボツリヌス菌および同毒素の検査を実施した。同検体からは, マウス試験によりボツリヌス毒素は検出されず, PCR試験によってもボツリヌス毒素遺伝子は検出されなかった。また, 培養試験においても, ボツリヌス菌は検出されなかった。本検査対象とした食品は, 患児が喫食したものと同一ロットであるかは不明であったが, 既流通の同一食品からの患者発生報告はなかった。なお, ボツリヌス芽胞を経口的に摂取する可能性のあるハチミツ等は喫食していなかった。

一方, 患児は, 一時退院中の発症前12日間, 自宅とは異なる居住地にて過ごしていた。当該家庭では炊事, うがい等の生活用水として, 井戸水を使用していたが, 井戸水を含めた家庭での食品検査は実施に至らなかった。

考 察

本症例は, 発症3カ月前からの抗癌剤とその後の抗菌薬・抗真菌薬使用により消化管細菌叢が攪乱された状態で, ボツリヌス菌芽胞を獲得し, ボツリヌス症を発症したものと考えられ, 日本において初めての成人腸管定着ボツリヌス症として届け出られた。

今回のような事例では, 1歳以上であるため, 食餌性ボツリヌス症である可能性が否めない。そのため喫食調査はもちろんのこと, 患児の基礎疾患・治療に用いた投薬状況などの臨床背景の聞き取りや喫食調査から得られた疑わしい食品等の検査を迅速に行うことが重要であると思われた。また, ボツリヌス菌は二種病原体であることから検査機関での検査として制約があるため, ボツリヌス症が疑われる場合には国立感染症研究所および国立医薬品食品衛生研究所など関係機関との連携も重要であると思われた。


福岡市保健環境研究所保健科学課 本田己喜子 中牟田啓子
福岡市東区保健福祉センター健康課 多々納 文 山本信太郎
福岡市東区保健福祉センター衛生課 田中 衛
九州大学病院小児科
 鳥尾倫子 大山紀子 古賀友紀 中島健太郎 西尾壽乘 神野俊介 酒井康成
国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部 朝倉 宏 
国立感染症研究所細菌第二部 岩城正昭 加藤はる 柴山恵吾

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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