国立感染症研究所

IASR-logo

再感染を疑わせるCorynebacterium ulcerans感染症の1例

(IASR Vol. 35 p. 247-248: 2014年10月号)

Corynebacterium ulcerans(コリネバクテリウム・ウルセランスC. ulcerans)はジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の近縁菌であり、ジフテリア類似の症状をきたす人獣共通感染症の起因菌である。英国など欧米諸国でヒト感染症例の報告があり、わが国でもヒトの感染症例の報告が2001年の発生以来続き、10症例を超えるまでに報告が集まっている。本症例は、1年前にジフテリア類似の症状を呈したC. ulceransによると思われる既往歴があり、ジフテリア毒素産生性C. ulceransを分離することができた本邦13例目のC. ulceransヒト感染症例である。

症例:20代、女性

予防接種歴:沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DPT)を含めてすべて未接種

家族歴:特記すべきことはない

ペット飼育状況: 16~18匹の猫を飼育し、2012年には風邪様症状の猫がいた。

既往歴:先天性風疹症候群による軽度片側聴力低下。

2012年7月に、咽頭白色偽膜形成を伴う咽頭喉頭炎を発症し、エリスロマイシン(EM)による治療を行った。C. ulceransによるジフテリア様症状が疑われたが、咽頭培養検査ではジフテリア菌およびC. ulceransを含めてコリネバクテリウム属菌分離培養陰性であった。

現病歴:2013年4月に、咽頭痛、37.4℃の発熱および嚥下痛が主訴で外来受診した。中咽頭に白色の偽膜(綿棒擦過にて除去されず)が左右に、後鼻漏に類似した形状で観察された。鼻閉、鼻汁、咳、発声困難はいずれも無かった。18匹の猫を飼育していたが、症状のある猫はいないとのことであった。初診時の血液生化学検査は白血球数9,500/μL(好中球76.7%)、CRP 0.85㎎/dl、ALT 7U/Lであり、特に異常はなかった。

C. ulceransによる咽頭炎を強く疑い、咽頭培養検査の後、EM使用を開始した。抗菌薬開始翌日には解熱し、3日後には咽頭痛は2割程度に軽快した。4日間の抗菌薬使用により症状は完治した。完治後もEMの処方を継続し、都合14日間処方した。発症第18病日の安静時心電図に異常はなかった。患者は怠薬なく内服治療を終えた。

細菌学的検査:初診時に採取した咽頭ぬぐい液検体において、外部委託検査会社で行われた検査ではC. ulceransが分離培養された。多くの抗菌薬が感性であり、EMのMIC値は0.5μg/mL以下であった。外部委託検査会社から菌株が埼玉県衛生研究所に送付され、PCRによる検査を行ったところ、本例のC. ulceransはジフテリア毒素遺伝子陽性であった。多飼育の猫の咽頭ぬぐい液等における細菌学的培養検査を行ったが、C. ulceransは認められなかった。猫飼育の世話をともにする母の咽頭における細菌学的検査もC. ulcerans陰性であった。

初診時の血中ジフテリア抗毒素価は検出レベル以下であった。発症1カ月後に、患者本人と母親において、血中ジフテリア抗毒素価を測定したところ、患者では検出レベル以下であり、母親では0.0025 IU/mLであった。

ワクチン接種:患者も母親もともに血中ジフテリア抗毒素価が低かったため、DPTワクチンの接種を行った。

考 察:上気道感染症症例で、咽頭に白色偽膜の付着を認め、さらに動物との濃厚な接触歴のある場合はC. ulcerans感染症を鑑別に加えて診療に当たるべきであると思われた。さらに、ジフテリアワクチン接種歴の問診が重要であると考えられた。

 

さくらこどもとおとな診療所 石井照之       
埼玉県衛生研究所 嶋田直美 青木敦子       
国立感染症研究所 小宮貴子 山本明彦

 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version