国立感染症研究所

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<速報>大阪市内大規模病院におけるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌の長期間にわたる院内伝播

(掲載日 2014/12/2)(IASR Vol. 35 p. 290- 291: 2014年12月号)

2010年7月に国立病院機構大阪医療センターにおいてカルバペネムを含む複数の抗菌薬に耐性を示すメタロ-β-ラクタマーゼ(Metallo-β-lactamase: MBL)産生腸内細菌科細菌(MBL-Ent)のKlebsiella pneumoniaeが分離され、その後も複数の診療科、病棟、種々の検体から複数菌種のMBL-Entが分離された1)。病院の対策にもかかわらず新規症例の発生が続いたため、報告を受けた大阪市保健所が国立感染症研究所(感染研)とともに2014年2月21日より実地疫学調査を行った。

調査対象を直近症例に絞り、症例定義を「大阪医療センターに2013年7月1日~2014年3月15日の期間に入院しており、入院中に採取された検体から、MBL産生をディスク拡散法で確認したMBL-Entが分離された患者」と定めたところ、計29症例が確認された。性別は男性が20例(69%)、年齢の中央値は76歳(範囲:28~88歳)であった。MBL-Entとしては、Escherichia coliKlebsiella oxytocaEnterobacter cloacaeK. pneumoniaeEnterobacter aerogenes の5菌種が検出された。検体採取時の主な診療科は外科15例(52%)、脳外科4例(14%)等であり、分離検体は腹部創・ドレーン12例(41%)、尿9例(31%)等であった。20例(69%)が手術を受けており、入院後比較的長期間(中央値22日)を経てMBL-Entが検出されていた。疫学的リンクを「当該症例でMBL-Entが分離された培養施行前に同一菌種のMBL-Ent分離症例と1日以上の同病棟滞在歴があること」とした場合、18症例(62%)で疫学的リンクを認め、その多くは外科症例であった。29症例のうち、調査時に解析可能であった25症例27菌株が感染研細菌第二部で解析された。27菌種の内訳は、E. coli が9株と最も多く、次いでK. oxytoca 8株、E. cloacae 7株、K. pneumoniae 3株であった。パルスフィールドゲル電気泳動法(Pulsed-field gel electrophoresis: PFGE)によるタイピングでは、K. oxytoca 8株、E. coli 2株、E. cloacae 2株ではそれぞれのバンドパターンが同一または類似の菌株であり、同一の遺伝的背景を持つ株であることが示唆された。また、調査時に解析可能であった17症例18菌株のプラスミドの全塩基配列解析を実施したところ、菌種やPFGEのパターンが一致しない菌株においても、IMP-6 MBL遺伝子を保有し、それ以外の遺伝子構造も共通のプラスミドを保持していた。院内視察では全病棟でドレーン・胃管排液、尿の回収に用いられていたプラスティック製容器が、洗浄消毒が不十分なまま複数の患者で共有されていた。また、ガーゼ交換等の外科処置における手指衛生は十分でなかった。

症例は外科と脳外科に集中しており、特に外科では術後の腹部創・ドレーン検体からのMBL-Ent分離が多数であったため、「外科患者では、手術または術前・術後管理における医療行為を介して、腹部創やドレーン周辺にMBL-Entを獲得した」という仮説を立て、症例対照研究を行った。症例は外科で手術を受け症例定義の期間に腹部創・ドレーン検体からMBL-Entが新規に検出された入院患者とした。対照は外科で手術を受け、同期間に腹部創・ドレーン検体からMBL-Ent以外の腸内細菌科細菌が検出され、かつ他の部位も含めMBL-Entが検出されたことのないものとした。症例対照比は1:2とした。その結果、症例13例、対照24例が該当し、両群では年齢、性別、観察期間に差を認めなかった。腹部創・ドレーン検体でのMBL-Ent獲得と関連していたのは、膵頭十二指腸切除術、透視室でのドレーン入れ替え、腹腔吸引・洗浄、腸瘻造設・使用であった()。

これらの結果を受けて外科では、(1)便を中心とした入退院時監視培養、(2)MBL-Ent分離症例のコホーティング、(3)透視室でのドレーン交換処置の見直しと標準予防策の徹底、(4)外科ガーゼ交換マニュアルの整備と標準予防策の徹底、(5)外部専門家による外科処置の視察、等が行われた。他の対策として、全病棟でドレーン排液や尿の回収容器の単回使用化、入院患者一斉スクリーニングとその後の一部病棟での強化スクリーニング、院内外への情報提供、入院患者の尿量測定適応の見直し等が行われた。現在、このような諸種の改善策の実施による院内感染対策の効果について、外部調査委員会による監視と評価が継続して行われている。

本事例は高度医療を担う大規模病院において数年間続いている、IMP-6 MBL遺伝子を持つ複数菌種のカルバペネム耐性腸内細菌科細菌による院内感染事例である。IMP-6 MBL遺伝子を持つ耐性菌は過去に国内で報告されているが2, 3)、(1)検査上イミペネムに耐性を示さず検出されにくいこと、(2)プラスミド上の耐性遺伝子が菌種を超えて水平伝達することから、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌の中でも特にアウトブレイク探知が困難である。大阪医療センターでの伝播防止対策とともに、国内でのIMP-6 MBL遺伝子を持つ菌の分離状況を監視しその伝播を防止していくことが重要である。

 
参考文献
  1. 吉川耕平, 他, 日本臨床微生物学会誌 24(1): 9-16, 2014
  2. Yano H, et al., Antimicrob Agents Chemother 45(5): 1343-1348, 2001
  3. Shigemoto N, et al., Diagn Microbiol Infect Dis 72(1): 109-112, 2012
 
国立感染症研究所
   感染症疫学センター 山岸拓也 松井珠乃 大石和徳
同 実地疫学専門家養成コース 伊東宏明 福住宗久
同 細菌第二部 松井真理 鈴木里和 柴山恵吾
同 病原体ゲノム解析研究センター 関塚剛史 山下明史 黒田 誠
大阪市保健所 
  吉田英樹 廣川秀徹 坂本徳裕 伯井紀隆 奥町彰礼 津田侑子 松生誠子 半羽宏之 
  松本健二 今井龍也 中山浩二 谷 和夫 吉村高尚
大阪市健康局 甲田伸一
国立病院機構大阪医療センター 
  上平朝子 谷口美由紀 小川吉彦 宮本敦史 中森正二 多和昭雄
大阪大学医学部付属病院感染制御部 朝野和典
 

 

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