速報
◆ 細菌性赤痢 2011年(2012年5月25日現在)
細菌性赤痢は通常1~3日の潜伏期の後に、全身倦怠感、悪寒を伴う急激な発熱で発症し、発熱が1~2日続いた後、水溶性下痢、腹痛、しぶり腹、膿粘血便などのいわゆる赤痢症状が出現する腸管感染症である。原因菌はShigella 属の4菌種(S. dysenteriae、S. flexneri、S. boydii、S. sonnei)である。菌種は亜群とも呼ばれ、それぞれA群、B群、C群、D群に該当する。通常、S. dysenteriae、S. flexneri は典型的な赤痢症状を起こすことが多いが、S. sonnei では軽度の下痢、あるいは無症状で経過することが多いとされる。
細菌性赤痢は1999年4月施行の感染症法に基づく2類感染症として、患者、疑似症患者、無症状病原体保有者の届出が、診断した全ての医師に義務付けられた。2007年4月施行の法改正により、類型が3類に変更され、患者及び無症状病原体保有者が届出対象(疑似症患者は対象外)となった。無症状病原体保有者は、探知された患者と共通の喫食歴のある者、共通の海外渡航歴がある者、保健所によって行われる患者の接触者調査などによって発見される。
感染症法のもとで届出られた細菌性赤痢の過去の年間累積報告数は、2000年843例、2001年844例、2002年699例、2003年473例、2004年604例、2005年553例、2006年490例、2007年452例、2008年320例、2009年181例、2010年235例であり、2011年の報告数(2011年第1~52週に診断されたもの)は300例であった(図1)。
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図1. 細菌性赤痢の年別感染地域別発生状況(2000~2011年) |
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それらのうち患者(有症状者)は285例、無症状病原体保有者は15例であった。性別は男性163例、女性137例で、年齢中央値は34.5歳(1~89歳)であった。確定または推定として報告された感染地域は国内158例、国外141例、不明1例であり、2000年以降初めて国内感染例が、国外感染例を上回った。死亡例の報告はなかった(但し、届出時点以降の死亡については届出義務がないので十分反映されていない可能性があり、届出時点以降の患者が死亡した場合には追加報告を届出医師や自治体に依頼している)。
国内感染例: 国内を感染地域とする報告は158例であった。21都府県から報告があり、東京都(40例)、福島県(21例)、福岡県(15例)、山形県(12例)、神奈川県(11例)の順に多く、また、感染地の都道府県としては、東京都(22例)、福島県(20例)、山形県(13例)、千葉県、神奈川県(各7例)、宮城県、愛知県(各6例)、長野県、大阪府(各5例)の順に多かった。2011年には福岡市幼稚園における集団発生事例(https://idsc.niid.go.jp/iasr/32/376/pr3764.html)、同系列外食チェーン店舗利用者における広域食中毒事例(補1. IDWR2011年第34、35号「注目すべき感染症」参照)、分子疫学的解析により関連が示唆された広域散発事例があった(補2. IDWR2011年第38 、44、49号「注目すべき感染症」参照)。
158例の性別は男性88例、女性70例で、年齢中央値は34歳(2~88歳)(男性のみ34.5歳、女性のみ32.5歳)であった。年齢群別では、10歳未満24例、10代17例、20代23例、30代34例、40代25例、50代15例、60代11例、70代5例、80代4例であり、30代、40代、10歳未満、20代の順に多く、特に20~40代の男性の報告が多かった(図2)
発症月別の報告数は、8月に46例、9月に28例、2月に13例と報告の増加を認めた(図3)。これらは上述の食中毒事例(8~9月)、幼稚園での集団発生事例(2月)が影響している。
検出された菌は、S. sonnei 135例、S. flexneri 22例、S. boydii 1例の報告があり、S.dysenteriaeの報告はなかった(図4)。
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図2. 細菌性赤痢の性別・年齢群別・感染地域別報告数(2011年) |
図3. 細菌性赤痢の感染地域別・発症月別報告数(2011年) |
図4. 細菌性赤痢の感染地域別にみた菌種割合(2011年) |
国外感染例: 国外を感染地域とする報告は141例であった。感染地域別では、従来通りアジアが124例(87.9%)と際立って多く、次いでアフリカ7例(5.0%)であった(図5)。国別では、アジア地域ではインド、インドネシア、中国、カンボジア、フィリピン、ベトナムの順に多かった。他の地域での感染報告は少なかった(表1)。報告数の多い感染地域や感染国の傾向は、従来とほぼ同様であった。
141例の性別は男性74例、女性67例で年齢中央値は35歳(1~89歳)(男性のみ37歳、女性のみ33歳)であった。年齢群別では、10歳未満6例、10代3例、20代43例、30代29例、40代20例、50代12例、60代22例、70代5例、80代1例であり、特に20代、30代が多い傾向は従来通りであった(図2)。
発症月は8月(20例)、10月(17例)、9月(14例)の順に多く(図3)、明らかな集団感染事例の報告はなかった。
検出された菌は、S. sonnei 98例、S. flexneri 31例、S. boydii 9例、菌種不明3例の報告があり、S. dysenteriae の報告はなかった(図4)。日本を含む感染国別の報告数を、菌種別に表に示した(表1)。
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図5. 細菌性赤痢の国外感染例の感染地域分布(2011年) |
表1. 細菌性赤痢の感染地域・感染国別にみた菌種別報告数(2011年) |
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国外感染例の診断および報告数の増減に関しては、流行の発生や流行地への渡航者数など様々な要因の関与が考えられるが、検疫法改正によりコレラが検疫感染症でなくなったことから、2007年6月以降は、検疫所で下痢などの申し出のあった者に対する検便が実施されなくなった。有症状者であっても、症状が軽いなどの理由で入国後に医療機関を受診しない者もいることが予測されるので、この点も報告数減少に影響する一要因として考慮する必要があると考えられる。検疫所からの届出は、2006年(4月~)は国外感染例として報告された283例中105例、2007年は288例中81例(うち1~5月が71例)であったが、2008年以降は1例もなかった。
症状: 患者285例について、報告された症状をみた。届出票にあらかじめ記載されている症状では、下痢275例(96.5%)、発熱204例(71.6%)、腹痛163例(57.2%)、膿粘血便49例(17.2%)、しぶり腹34例(11.9%)であった(表2)。膿粘血便は、原因菌種がS. flexneri の症例(42.3%)でS. sonnei の症例(11.4%)に比して高率であり、しぶり腹もS. flexneri (25.0%)がS. sonnei (8.6%)よりも高率であった。また、その他の症状として自由記載されたものでは、嘔気・嘔吐が21例(7.4%)で多かった。これらは昨年までの傾向と比較して大きな変化はなかった。
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表2. 細菌性赤痢患者(有症状者)の菌種別臨床症状報告数(2011年) |
補1.S. sonnei でMLVAにより同系列外食チェーン店舗利用者からの菌株と類似株が得られた症例の週別報告数(2011年) |
補2.S. sonnei でMLVAにより類似株とされた菌株が得られた症例の週別・性別報告数(2011年) |
一方、無症状病原体保有者15例の菌種は、S. sonnei 13例(同菌種総数233例の5.6%)、S. flexneri 1例(同53例の1.9%)、S. boydii 1例(同11例の9.1%)であった。
赤痢菌は微量の菌により感染が成立するため、感染が拡大しやすく、健康被害も生じやすい。特に小児や高齢者では重症化しやすいので注意が必要である。近年日本で発生している細菌性赤痢の半数以上は国外感染であったが、食中毒事例と広域散発事例により2011年は国内感染例が国外感染例を上回った。国内感染の原因については、それらの国外感染者からの二次感染や輸入食品の汚染による感染が推測されている。細菌性赤痢の感染予防策としては、十分な加熱調理や手洗いの励行が基本である。渡航に際しては、渡航先の流行状況を把握すると共に、流行地へ渡航する場合には生水、氷、生の魚介類、生野菜、カットフルーツなどを避けることが肝要である。また、感染者からの二次感染を防ぐためには、患者や無症状病原体保有者を早期に探知して治療し、排菌しなくなったことを確認する必要がある。
なお、平成20年10月9日付け健感発第1009001号、食安監発第1009002号「赤痢菌等の菌株の送付について」により、広域散発事例の探知のため、報告された全例について、各自治体に国立感染症研究所への菌株送付依頼を行っているので、菌株送付にご協力いただきたい。
(補1) 2011年第34~37週にかけて東北地方を中心とした同系列外食チェーン店舗利用者における33症例のS. sonnei を原因菌とする食中毒事例があった。男性12例、女性21例、年齢中央値34歳(2~67歳)であった。福島県(13例)、山形県(12例)、宮城県(4例)、青森県、神奈川県(各2例)の5県から報告があった。細菌性赤痢症例で自治体より国立感染症研究所に菌株送付されたS. sonnei についてはMLVA(Multilocus Variable Number Tandem Repeat Analysis)により分子疫学的に関連を分析している。MLVAにより類似とされた菌株による症例が、第33週に神奈川県(1例)、第37~39週に福島県(8例)から報告があった。
(補2) 2011年第18~51週にかけて39例から分離されたS. sonnei がMLVAにより同一または類似していることが示された。これらの39例は、すべて国内感染例で男性38例、女性1例と男性優位であった。年齢中央値は、35歳(16~71歳)であり、20~40代が89.7%を占めた。また、遡ると2010年第14週の1例(50代女性)も類似株であったことが判明し、2012年にも第7週(20代男性)と第11週(40代男性)に各1例の類似株が報告されている(2012年5月25日現在)。39例の感染経路は、経口感染14例、接触感染4例、その他2例、不明19例が報告されており、症例間の共通な喫食歴は不明であった。これらの症例には、男性同性間性的接触と報告されたものがあり、また他の性感染症の合併例も複数報告されている。海外では男性同性間性的接触者における細菌性赤痢のアウトブレイクの報告もある(IASR Vol.33 No.1、6「外国情報」参照)ことから、食品由来感染の他の感染経路の調査結果、菌株の分子疫学的解析の結果から関連を注視していく必要がある。
(補3)細菌性赤痢のサルの報告 細菌性赤痢はサルの間にも感染が見られ、ヒトへの感染源となりうるため、2004年10月1日施行の感染症法施行令の改正により、細菌性赤痢のサルを診断した獣医師に届出が義務付けられた。2004年に報告はなく、2005年に5府県から45例、2006年に6都県から45例、2007年に3県から51例、2008年に4県から29例、2009年に2県から34例、2010年に5府県から59例、2011年には3県から37例の報告があった。報告例の多くは輸入時の検疫期間中に発見されたものである。
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