速報
◆ 腸管出血性大腸菌感染症2011年(2012年9月30日現在)
腸管出血性大腸菌感染症は、感染症法に基づく3類感染症として、無症状病原体保有者を含む症例の報告が診断した全ての医師に義務づけられている。無症状病原体保有者は、食品産業従事者の検便によって偶然発見される場合もあるが、探知された患者と食事を共にした者や、接触者の調査などによって発見される場合が多い。腸管出血性大腸菌感染症の報告は1996年8月6日に伝染病予防法のもとで指定伝染病に規定された時に始まっているが、以下においては、1999年4月の感染症法施行以降の報告の範囲で記述する。
■年次推移(図1) 2011年の年間報告数(診断週が2011年第1~52週のもので、2012年9月30日までに報告されたもの)は3,940例であった。2000~2010年の年間累積報告数(2000年3,648例、2001年4,435例、2002年3,183例、2003年2,999例、2004年3,764例、2005年3,589例、2006年3,922例、2007年4,617例、2008年4,321例、2009年3,889例、2010年4,134例)と比較すると、2007年、2001年、2008年、2010年に次いで5番目に多かった。3,940例のうち有症状者は2,658例であり、67.5%を占めた。
■週別推移(季節性)(図2) 例年、7月中旬から9月中旬にかけて報告数の増加がみられるが、2011年は4月下旬から5月にかけて(第17~21週)、富山県を中心とした焼肉チェーン店における食中毒と山形県の菓子製造業施設における食中毒が発生し、一時的に報告数の増加がみられた。その後漸増が続いたが、第29週以降急増し、第31週(8/1~7)に319例と最大のピークを迎え、以後減少した。一週間の報告数が300例を超えたのは、2001年以来10年ぶりであった。
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図1-1. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・症状別発生状況(1999年4月~2011年) |
図1-2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・有症状者割合(1999年4月~2011年) |
図2. 腸管出血性大腸菌感染症の年別・週別発生状況(1999年第14週~2011年) |
■都道府県(報告地であり、必ずしも感染した都道府県を示すものではない)(図3) 都道府県別にみると、山形県(308例)、東京都(257例)、千葉県(205例)、福岡県(198例)、富山県(193例)、大阪府(185例)、埼玉県(146例)、北海道(140例)の順に多く、14の都道府県で年間累積報告数が100例を超えた。人口10万人当たりの罹患率でみると、山形県(26.5:報告数308例)、富山県(17.7:報告数193例)、島根県(10.7:報告数76例)、岩手県(9.6:報告数126例)、福井県(7.0:報告数56例)の順に高かった
■感染地域(確定または推定として報告されている) 感染地域を国内とするものが3,893例(98.8%)、国外とするものが43例(1.1%)、不明が4例(0.1%)であった。
国内の感染地域詳細として3,893例について内訳をみると、山形県(316例)、千葉県(180例)、福岡県(179例)、富山県(174例)、東京都(171例)、北海道(144例)、大阪府(140例)が多かった。国内感染での比較的大きな集団発生事例としては、山形県の菓子製造施設で起きた食中毒(189例:第18~21週)1)、富山県の焼肉チェーン店食中毒(181例:第17~23週)2)、島根県の社会福祉施設関連(52例:第19~27週)3)、千葉県の保育施設関連(40例:第22~24週)、長崎県の保育施設関連(40例:第28~29週)などがあった。
国外の感染国の内訳は、韓国22例、中国6例、インドネシア5例、タイ、ハワイ各2例、フランス、ドイツ、メキシコ、ペルー、米国(本土)/メキシコ、ピトケアン島(英国領)各1例であった。
■性・年齢(図4、図5) 性別では男性1,771例(うち有症状者1,229例、69.4%)、女性2,169例(うち有症状者1,429例、65.9%)で、年齢は0~103歳(中央値23歳)であった。年齢群別にみると、10歳未満1,226例(0~4歳726例、5~9歳500例)、10代584例、20代522例、30代432例、40代261例、50代276例、60代271例、70代184例、80代152例、90代以上32例であった。20歳未満では男性がやや多いが、20歳以上では女性が多くなっており、年齢中央値は男性18歳、女性27.5歳で従来と同様の性差が認められた(例、2010年男性17歳、女性24歳)。症状別でみると、男性では40代で、女性では30代と50代で無症状病原体保有者が多かった。有症状者の占める割合は10代82.5%、70代以上76.6%、10歳未満75.2%、20代65.7%、60代57.9%の順に大きかった。
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図3. 腸管出血性大腸菌感染症の都道府県別報告数と罹患率(2011年) |
図4. 腸管出血性大腸菌感染症の年齢群別割合(2011年) |
図5. 腸管出血性大腸菌の性別・年齢群別・症状の有無別報告数(2011年) |
■感染経路・感染源(確定または推定として報告されている) 3,940例の感染経路は、経口感染1,701例(43.2%)、接触感染723例(18.4%)、経口または接触感染136例(3.5%)、動物・蚊・昆虫等(以下動物等)からの感染11例(0.3%)、経口または動物等からの感染5例(0.1%)、経口または接触または動物等からの感染3例(0.1%)、接触または動物等からの感染2例(0.1%)、その他9例(0.2%)、不明・記載なしが1,350例(34.3%)であった。その他としては、職場の定期検便・健康診断7例などが報告されていた。
経口感染とされた1,845例(複数の感染経路での報告を含む)のうち、肉類の喫食が記載されていたものは500例あった。500例のうち、208例は生肉(加熱不十分の肉を含む)を喫食しており、その種類としてユッケが103例で多く、次いで生レバー・レバ刺しが78例と多かった。
■O血清群・毒素型(表1)
3,940例のO血清群は、O157 2,250例(57.1%)、O26 803例(20.4%)、O145 187例(4.7%)、O103 127例(3.2%)、O111 112例(2.8%)、O121 54例(1.4%)の順に多く、O157、O26に次いで昨年はO103が多かったが、本年はO145が3番目に多い血清群であった。毒素型も加えると、O157 VT1・VT2 1,570例(うち有症状者75.0%)、O26 VT1 658例(うち有症状者54.6%)、O157VT2 494例(うち有症状者68.6%)の順であり、例年と比較するとO157 VT2の減少が目立った。
集団発生事例は、山形県の菓子製造業施設(O157)や富山県を中心とした焼肉チェーン店(O111&O157)での食中毒、保育施設や高齢者福祉施設での集団感染など、10例以上の感染者(無症状病原体保有者を含む)が報告されたものが18事例あった4)。この他にも感染原因は不明であるが、菌株の分子疫学的解析により、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンがほぼ同一であるO157が複数の自治体から広域にわたり分離された広域感染事例5)も報告されている。
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表1. 腸管出血性大腸菌感染症の報告症例における原因菌の血清群と毒素型(2011年) |
■重症例・死亡例(図6、表2、表3)
2006年の4月(第13週~)から溶血性尿毒症症候群(HUS)発症例に限り、菌が分離されなくても、便からのVero毒素(VT)検出、あるいは血清におけるO抗原凝集抗体または抗VT抗体検出によって診断されたものが、届出の対象となった。同時に届出様式が変更され、それまで任意記載であった臨床症状の報告は、主な症状が選択式となり、急性腎不全、痙攣、昏睡、脳症などが選択項目となり、これらの症状も把握されやすくなった。
HUSは105例が報告され、有症状者の4.0%が発症していた。2006~2010年の年間報告数(102、129、94、83、92例)および有症状者での発症率(4.1、4.2、3.3、3.2、3.4%)と比較し、報告数は2007年に次いで多く、発症率は2007、2006年に次いで3番目に高かった。性別では男性35例、女性70例であった。年齢は1~96歳(中央値14歳)で、年齢群別では15~64歳が38例(有症状者の3.4%)と最も多く、0~4歳が26例(同4.7%)、5~9歳22例(同5.9%)、65歳以上12例(同3.5%)、10~14歳7例(同2.6%)であった。例年、HUS発症例は10歳未満の小児に多くみられていたが、富山県を中心とした焼肉チェーン店での食中毒における患者発生状況が影響し、15~64歳の報告数と発症率が増加し、一方で0~4歳の報告数と発症率が減少した。HUS発症例の診断方法は、菌分離が64例(61.0%)、菌は分離されなかったが血清でのO抗原凝集抗体検出が41例(39.0%)で、便から直接のVT検出はなかった。菌が分離された64例の血清群・毒素型をみると、O157 VT1・VT2 32例、O157 VT2 12例などO157が計44例で全体の77.2%(複数菌検出例を除く)を占め、他にO111 VT2が9例、O26 VT2が1例、O26 VT1・VT2が1例、O121 VT2が1例、O145 VT2が1例で、それ以外に複数菌として、O157 VT1・VT2とO111 VT2が4例、O157 VT1・VT2とO157 VT1とO111 VT2が2例、O157 VT1とO111 VT2が1例であった。また、O抗原凝集抗体の検出により診断された41例の内訳は、O157が22例、O111が16例、O121、O145、O165が各1例であった。HUSを発症した105例中19例(0~4歳3例、5~9歳3例、10~14歳3例、15~64歳8例、65歳以上2例)では脳症も報告されており、他にHUS未発症で脳症発症が報告されていた患者も2例(80代男性O157 VT2、80代女性O157 VT1・VT2)いた。
死亡例の把握は届出時点で記載されていたか、または届出後に任意に追加報告されたものに限られるが、17例(うち焼肉チェーンでの食中毒患者5例を含む)みられており、年齢群別内訳は0~4歳1例、5~9歳2例、10~14歳1例、15~64歳2例、65歳以上11例、診断方法別では菌分離15例(O157 VT1・VT2 9例、O111 VT2 3例、O145 VT2 1例、O157 VT2 1例、O157 VT不明1例)、血清でのO抗原凝集抗体検出が2例(いずれもO111)であった。死亡のうち11例でHUS発症が報告された。報告されたHUS発症例(105例)の致死率は10.5%であった。
なお、HUSの合併や死亡の報告については、届出時点以降での発生が十分反映されていない可能性があるので、このような発生があった場合には報告の追加、修正をお願いしている。
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図6. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例の性別・年齢群別報告数(2011年) |
表2. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例の年齢群別報告数と有症状者に占める割合(2011年) |
表3. 腸管出血性大腸菌感染症のHUS発症例における分離菌の血清群と毒素型(2011年) |
■2011年のまとめ 感染症法施行以降の年間累積報告数を2000年以降の12年間でみると、2011年は2007年、2001年、2008年、2010年に次ぐ5番目の報告数であった。2011年は4~5月にかけて富山県を中心とした焼肉チェーン店での食中毒(O111&O157)により、5例が死亡、34例のHUS発症が報告された。また、ほぼ同時期に山形県の菓子製造施設を原因施設として、患者147例の大規模食中毒(O157)が発生し、1例の死亡が報告された。さらに、保育施設・幼稚園での集団感染事例も、従来と変わらず各地で発生がみられた。その他にも、菌株の分子疫学解析では、関連は不明であるが7~8月にかけて同一PFGEパターンを有するO157菌株が、九州から東北地方にわたって複数分離されていた。
感染経路や感染源の推定・確定は、本症の潜伏期間が2~14日と比較的長いこともあり、不明瞭なことも多いが、近年生肉や生レバーが感染源と見られる届出も多く認められていた。しかし、前述した焼肉チェーン店での食中毒の原因食品がユッケ(牛肉の生食料理)であったことから、食品衛生法の罰則を伴う新しい生食用食肉の規格基準が2011年10月1日から施行された。さらに、2012年7月1日より、牛肝臓(レバー)の規格基準が改正され、牛肝臓を生食用として提供・販売することが禁止となった。
HUS発症例は105例で、HUS発症者の届出基準が改正された2006年以降の過去5年の報告数と比べると2007年に次いで多かった。死亡の報告数は17例(1999年1例、2000年2例、2001年4例、2002年4例、2003年2例、2004年5例、2005年10例、2006年3例、2007年4例、2008年8例、2009年3例、2010年5例)であり、1999年4月の感染症法施行後で最も多かった。HUSなどの重症例や死亡例は、これまで小児や高齢者において多くみられていたが、2011年は15~64歳の成人における報告数と発症率の増加が目立った。これは、おもにユッケを推定原因食品とした焼肉チェーンでの食中毒で、HUSを発症した34例中23例が15~64歳の成人であったことが大きく影響している。その一方で、例年HUS発症例の半数近くを占めていた0~4歳の報告数と発症率が減少した。感染源・感染経路として、105例中38例(36.2%)で生肉(ユッケ、レバー、牛刺し、加熱不十分な肉等)の喫食が記載されており、38例中12例は小児(15歳未満)で、うち2例は5歳未満(1歳、2歳)であった。
腸管出血性大腸菌感染症の予防として、食品の取り扱いには十分注意して、食中毒の発生予防を徹底するとともに、手洗いの励行などにより、ヒトからヒトへの二次感染を予防することが大切である。特に小児、高齢者や抵抗力の弱い者などでは、肉・レバーなどはよく加熱し、生食は控える必要がある。最近では自治体をまたいだ食中毒を含む広域発生事例も散見されている。食材・食品の流通という観点も併せ、速やかな探知とそれに続く迅速な事例調査、さらに関連自治体間の連携は、本疾患の対策上今後ますます重要と考える。また、保育園や幼稚園などの保育施設での集団感染事例があとを絶たない。1人では手指衛生を十分に行えない乳幼児が集団生活を営む保育施設では特に、感染症発生の早期探知と二次感染予防を含めた拡大防止策の徹底が重要である。
■2012年暫定報告数(2012年10月24日現在) 報告数は3,350例で、うちHUS発症例は82例、死亡8例である。
参照:病原微生物検出情報IASR 1)Vol.32 p296-297.2011 2)Vol.33 p119-120.2012 3)Vol.33 p125-126.2012 4)Vol.33 p116. 2012 5)Vol.33 p127-128. 2012
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