長崎県におけるコクサッキーウイルスB4型による新生児~早期乳児の重症感染例
(IASR Vol. 38 p.204-205: 2017年10月号)
はじめに
エンテロウイルス(EV)感染は, 手足口病やヘルパンギーナ等の疾患にとどまることが多いが, 新生児や早期乳児では無菌性髄膜炎に加え, 脳炎, 急性弛緩性脊髄炎, 心筋炎や敗血症様疾患などの重篤な臨床症状を引き起こすこともある。
長崎県では上述の重症病態におけるEVの関与を明らかにするとともに, 重症化に関わるウイルス側因子の探索を目的としてEVの検出と分子疫学的解析を行っている。
2017年6~8月の期間にコクサッキーウイルスB(CV-B)4型とエコーウイルス6型が複数検出されたが, 特にCV-B4はけいれん群発を来たした症例や, 新生児敗血症様疾患の症例など重症例から検出されており, 注意喚起が必要と考え報告する。
調査概要
長崎県にて2017年6~8月に19例〔17?例が無菌性髄膜炎, 1例が新生児敗血症様疾患, 1例が不明熱(最終診断:川崎病)〕から血清, 髄液, 咽頭ぬぐい液, 便, 尿をできるだけ揃えて採取し, これらの検体からQIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN)を用いてRNAを抽出し, CODEHOP VP1 RT-semi-nested PCRによってEVゲノムを網羅的に検出した。逆転写反応後の増幅反応により特異的増幅産物が得られた場合, AN89?およびAN88をプライマーとしてダイレクトシークエンスを行い, 塩基配列を決定した。その配列情報に基づきEnterovirus Genotyping Tool Version 0.1により検出ウイルスを型別した。塩基配列は, GENETYX ver.12(ゼネティクス社)により解析した。
結 果
19例中13例からEVが検出され, CV-B4が8例, エコーウイルス6型が4例, コクサッキーウイルスA(CV-A)9型が1例であった。CV-B4検出例の中で特記すべき重症例を以下に紹介する。
症例1 :2絨毛膜2羊膜双胎第1児(それぞれが別々の胎盤を持っており, 互いの血流が影響し合うことはない双子の第1児)。母に妊娠性血小板減少症あり。36週0日に39℃台の発熱を認め前期破水したため, 緊急帝王切開術にて出生。体重2,306gであったが, Apgarスコア1分9点, 5分9点であり全身状態は良好であった。しかし, 日齢5に発熱し, 活気や哺乳力の低下を認めたため当科に入院した。入院時体温は38.0℃, 心拍数148回/分, 血圧74/48mmHg, 呼吸数38回/分, SpO2 98%で, 活気に乏しく啼泣弱かったが, 診察所見上他の身体所見に著変なかった。血液検査では, 白血球6,700, ヘモグロビン12.2g/dL, 血小板1.9万, フィブリノーゲン145mg/dL, FDP 8.5μg/mL, D-dimer 4.7μg/mL, AST 111 U/Lを認めた。血小板減少を認めたため髄液検査は施行しなかった。新生児敗血症を想定して, 抗菌薬, γ-グロブリン製剤, トロンボモジュリン製剤の投与を行った。日齢6には血小板0.8万とさらに低下したが, 同日より解熱し, 日齢15頃より徐々に活気が回復し, 日齢25に退院した。
日齢5に採取した血液, 尿, 咽頭よりCV-B4が検出され, CV-B4による新生児敗血症様病態と診断した。高サイトカイン血症が推測され, 現在保存検体を解析中である。母親のCV-B4中和抗体価がペア血清で4倍から64倍に上昇しており, 分娩直前の発熱はCV-B4感染だったと思われる。患児は母体から経胎盤的に, または出生直後に感染したと考えられる。なお, 双胎の第2児は症状なくウイルス学的な精査は行われていない。
症例2 :生後2か月の男児。0病日より発熱と易刺激性があり前医入院。血液検査で白血球8,790, CRP 0.09mg/dL, 髄液検査にて髄液細胞数200/μL(単核球96%, 多核球4%)を認めた。同日夕より右半身性のけいれん発作(持続時間は約40分程度)を繰り返し, 頓挫に抗けいれん薬の静注を複数回要した。化膿性髄膜炎やヘルペス脳炎の可能性も否定できず, 髄膜炎量のアンピシリンとセフォタキシムにアシクロビルを併用しマンニトールも開始した。1病日にも10秒~5分の全身のぴくつきを認めたため頭部MRI検査を行ったが異常は認めなかった。けいれん管理目的で当科へ転院となった。転院時は解熱しており, 血液検査でも炎症反応や逸脱酵素の上昇はなかった。転院後はけいれんなく, 脳波モニタリングでも異常は認めなかった。各種培養陰性, 髄液の単純ヘルペスウイルスPCR陰性を確認し, 抗菌・抗ウイルス療法を中止し7病日に退院した。
0病日に採取した咽頭ぬぐい液と便よりCV-B4が検出され, 同ウイルスによる無菌性髄膜炎と診断した。
考 察
我々は2013年に長崎県と近隣の佐賀県において, CV-B2による死亡例も含めた重症新生児感染の発生を経験しており, 以降, 重症感染例のウイルス学的検索を心掛けるようにしている。昨年2016年3~5月はCV-B5による無菌性髄膜炎が県内で流行し, その後も手足口病等からCV-A6, エコーウイルス9型, CV-A16が多く検出されたが, 幸い重症例は出なかった。今回我々は長崎県内におけるCV-B4による無菌性髄膜炎の流行中に重症例を複数例経験した。単一地域での流行とそれに伴う重症例の出現に関しては検索した限り報告はなく, 臨床的・疫学的に貴重と考えられた。また, 同時に流行していたエコーウイルス6型による無菌性髄膜炎では, けいれん群発などの重症例は認めていなかった。長崎県においてここ数年流行しているウイルス株に関して, その種類によって重症例の発生が予測できる可能性があり, 今後の症例の蓄積が必要と考えられた。