Cryptococcus gattii感染症の取扱指針

 

宮﨑義継、渋谷和俊、杉田 隆、泉川公一、高倉俊二、石野敬子、金子幸弘、大野秀明

厚生労働科学研究費補助金 新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業

「地域流行型真菌症の疫学調査、診断治療法の開発に関する研究」

 平成23-25年度 総合研究報告書 p.99-100.2014 

 

1.背景

 健常者におこる深在性真菌症として、わが国ではクリプトコックス症の頻度が最も高い事が知られている。原因真菌としてCryptococcus neoformansが一般的であり、C. gattiiが原因とされた症例は、オセアニア等への旅行の際に感染したと推定されていた。1990年代の終盤にカナダのバンクーバー島でC. gattiiによる感染症が急増し、その後、バンクーバー島からブリテッシュコロンビア州本土、北米の西海岸へと徐々に拡大した。2010年に米国CDCは、米国においてもC. gattii感染症に関連した多くの死亡例があることを注意喚起した。わが国でも国内で2007年に治療を受けた患者のC. gattii感染症が発表され、北米で流行が確認されている株と同一の遺伝子型を有するC. gattii感染症と報告されている。本研究班において、国内の保存株や新規クリプトコックス症例の調査を行った結果、C. gattii感染症が国内で感染し発症したと考えられた症例があったため、C. gattii感染症を疑う場合の取り扱い指針の一案を作成した。ただし、本疾患は未だわが国における症例の蓄積が少ないため調査を継続し適宜改訂が必要である。

 

2.診断・検査

① 診断のきっかけ:脳髄膜炎に矛盾しない自他覚症状。呼吸器症状。肺に結節影や腫瘤影、浸潤影などの胸部異常陰影。中枢神経系に腫瘤様の異常陰影。

 

以下により、C. gattii感染症であることを診断する。

② 臨床診断:ア)血清あるいは脳脊髄液中のクリプトコックスグルクロノキシロマンナン抗原陽性で、臨床経過が適合する場合はクリプトコックス症と診断してよいが、C. neoformansあるいはC. gattiiのどちらが原因かは判断できない。現時点では、C. gattii感染症の簡便な臨床診断法はない(付1)。

③確定診断:ア)組織あるいは脳脊髄液などの無菌的検体、あるいは、病変部位の洗浄液(肺胞、あるいは気管支洗浄液)などから原因真菌を分離培養し、C. gattiiと同定された場合。イ)病理組織あるいは脳脊髄液において病理組織学的にクリプトコックスと判断される酵母が確認され、かつ、特異遺伝子が検出された場合。

C. gattiiの同定:原因菌が分離された場合は真菌学的に確認する。一般的な検査法については付2に示す。

 

3.治療(エビデンスレベルは症例報告や専門家の意見に基づくものである)

①中枢神経系C. gattii感染症:C. neoformansの治療に準じて、アムホテリシンBリポソーム製剤とフルシトシン併用が初期治療として適切と考えられる。脳浮腫やそれに伴う神経学的症状を認める場合にはステロイドの併用を行ってもよい。ただし、本レジメンに治療抵抗性の症例も報告されており、通常より長期間、高用量の抗真菌薬療法が必要とされる場合もある。治療抵抗性の場合は、脳圧亢進に対して持続的ドレナージやシャント術、限局した病変に対しては必要に応じて外科的切除も考慮される。

②肺C. gattii感染症:臨床診断例や確定診断例では、フルコナゾール、イトラコナゾール、ボリコナゾールなどのアゾール系抗真菌薬を基礎疾患に応じて使用する。基礎疾患として免疫不全を有さない場合では12週程度を治療の目安とする。明らかな免疫不全を有する場合は24週程度を目安に治療を行い、基礎疾患など考慮して、維持、あるいは、中止を検討する。

 

付1. C. gattii感染症における莢膜抗原(クリプトコックスグルクロノキシロマンナン抗原)診断法

 一般的にはC. neoformans感染症と同様に、C. gattii感染症においても血清等の莢膜抗原診断法(セロダイレクト栄研クリプトコックス等)では陽性となる。但し、抗原価と病勢についての相関は不明である。

 

付2. C. gattiiの同定

 クリプトコックス属血清型の診断では、以前はCrypto-Checkキット(Iatron社)を用いて同定が可能であったが、2014年現在、本キットの販売はなく、鑑別用の培地を用いて簡易的に同定する方法か、分子生物学的に同定する方法が現実的である。

1)L-canavanine glycine bromothymol blue (CGB)培地を用いる方法

 Sabouraud dextrose agar、potato dextrose agarなどの培地に発育したクリプトコックス属について、フェノールオキシダーゼ試験陽性かつCGB培地で発育を認めれば、C. gattiiと簡易的に同定は可能である。CGB培地で菌の発育を認めた場合、培地の色が黄色からコバルトブルーに変化するので判別しやすい。最終同定には遺伝学的同定法が望まれる。CGB培地組成については以下の論文を参考にされたい。

・Kwon-Chung K, et al. Improved diagnostic medium for separation of Cryptococcus neoformans var. neoformans (serotype A and D) and Cryptococcus neoformans var. gattii (serotype B and C). J Clin Microbiol 15: 535-537, 1982.

2)分子生物学的同定法

一般的な真菌の遺伝子による同定法として、rRNA遺伝子のinternal transcribed spacer (ITS)領域、large subunitのD1/D2領域の相同性による同定法が用いられており、クリプトコックス属もこの方法で基本的には同定が可能である。実際には、上記2つの領域に加え、intergenic spacer (IGS)領域の塩基配列も検討する方がより確実と思われる。

・杉田隆ほか. 病原性酵母の分類と同定における最近の動向‐第5版The Yeasts, a taxonomic studyから‐. 真菌誌 52: 107-115, 2011.

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