(IASR Vol. 34 p. 102-103: 2013年4月号)
発熱、全身の紅斑、痙攣重積で当院へ救急搬送され、精査の結果、風疹による髄膜脳炎と診断した1例を経験したため報告する。
症 例
生来健康な25歳男性、2013年2月某日より発熱、両側眼球結膜の充血を認めた。第2病日には39℃を超える高熱を呈したため、近医を受診し、ロキソプロフェン、ガレノキサシンの内服を開始した。第3病日に体幹、四肢、顔面に点状の紅斑が出現した。その後も発熱は持続しており、第5病日に軽度の頭痛が出現し、同日深夜に軽度の嘔気を訴えた後、全身性痙攣を認めたため救急要請された。ワクチン接種歴は不明であり、過去1カ月以内の海外渡航歴はなかった。また、明らかな発疹を呈する患者との接触はなかった。
来院時も全身性痙攣が継続しており、ジアゼパム投与によりいったん止痙した。開眼は可能であったが意思疎通が困難な状態であり、バイタルサインは体温36.6℃、血圧120/60mmHg、脈拍68回/分、呼吸数22回/分、SpO2 99 %(室内気)であった。身体所見上、両側眼球結膜の充血・点状出血と、眼周囲に特に強く、四肢の中央と両上腕部、両大腿部に広がりわずかに隆起する紫斑および点状出血を認めた。発疹は一部癒合傾向を認めた。後頸部をはじめとしてリンパ節腫脹は明らかでなかった。項部硬直は認めず、Kernig signは陰性であった。胸部、腹部所見に異常は認めなかった。
血液検査所見は、WBC 7,760/μl、Plt 13.2万/μl、CRP 0.55 mg/dl、AST 30 IU/L、ALT 36 IU/L、LDH 393 IU/L、CK 81 IU/L、BUN 13.3 mg/dl、Cre 0.97 mg/dlと、軽度の血小板低下以外大きな異常は認めなかった。髄液検査では、細胞数 38.4/μl(好中球 6.7/μl、リンパ球31.7/μl)、糖 62 mg/dl、蛋白 130 mg/dlと異常を認めた。髄液のラテックス凝集反応、グラム染色は陰性であった。頭部CT検査では明らかな異常を認めなかった。インフルエンザ迅速検査、アデノウイルス迅速検査は陰性であり、咽頭ぬぐい液の麻疹PCRも陰性であった。
入院時より髄膜脳炎としてバンコマイシン、セフトリアキソン、アシクロビルによる治療を開始した。入院前に再度全身性痙攣を生じ、意識障害も遷延していることから詳細な持続時間は不明だが痙攣重積と判断し、痙攣コントロールのために挿管人工呼吸管理となった。第7病日には36℃台へ解熱し、皮疹は、入院後消退傾向を示し、経過良好であったため同日に抜管となり、第8病日には意識清明となり、髄液や血液培養検査は陰性であったため抗菌薬を中止した。第8病日の頭部MRI 検査では、脳溝にFLAIR 高信号域とGd造影によるpia-subarachnoid patternの増強があり、髄膜炎の所見と考えられた。脳波検査では、両側前頭極部に棘徐波複合、鋭波を認めた。身体所見上、明らかな神経学的異常を認めなかったが、脳波異常を認めたことからカルバマゼピンの内服を継続として、第16病日に退院となった。
近医を受診した第4病日の風疹抗体はIgM(0.13、抗体指数)、IgG(<2.0、EIA index)ともに陰性であった。第9病日の血液検査にて風疹IgM の陽転化(9.15、抗体指数)の所見を認めた。第6病日の髄液の風疹抗体についてもIgM 陽性(2.26、抗体指数)、IgG 陰性(0.14、EIA index)と抗体価上昇を認めていた。後日、第6病日の咽頭ぬぐい液PCR により風疹ウイルスが同定された。なお、髄液の風疹ウイルスPCRについては陰性であった。
上記の臨床経過と検査結果より、皮疹やその他の臨床所見が非典型的ではあったが、風疹による髄膜脳炎と診断した。
考 察
風疹は、微熱、頸部リンパ節腫脹、全身の発疹の三徴を呈するウイルス疾患である。不顕性感染も多く、発症者の多くは軽症例であるが、関節炎、血小板減少性紫斑病、甲状腺炎、脳炎を時に合併する。脳炎を呈するのは、 6,000人に1人の頻度と稀な合併症である1)。脳炎症状は、皮疹の出現から通常1~8日後に認められる。主要な神経学的所見は、頭痛、失調、片麻痺であり、意識の変容、昏睡、痙攣を呈するのは稀である。80%は後遺症なく回復するとされる1)。稀な合併症ではあるが、昨年にも1例の成人の脳炎症例が発生した2)。
結 語
風疹の多くは軽症例であるが、時に脳炎などの重篤な合併症を呈する。現在の流行期においては、風疹患者数の増加に伴い、今後も風疹による重症合併症例の発生が懸念される。このような事実を含めて、妊婦を除く妊娠可能年齢の女性やそのパートナーのみならず一般成人に対しても、注意喚起とワクチン接種の勧奨を行っていく必要がある。国立感染症研究所や当院においても風疹流行に関しての啓発ポスター3,4)を作成し、注意を呼びかけている。
また風疹は、非典型的な症状を呈する例もみられることから、全身の紅斑を認める患者では、風疹を鑑別に挙げ精査を行うとともに、周囲の風疹ワクチン接種や抗体価の確認を含めた適切な感染拡大防止策を検討することが重要である。
参考文献
1) Figueiredo CA, et al., Infection 39: 73-75, 2011
2) IASR 33: 305-308, 2012
3)国立感染症研究所・風しん予防啓発ポスター http://www.niid.go.jp/niid/ja/rubella-poster2013.html
4)国立国際医療研究センター・国際感染症センターWebページ http://www.ncgm.go.jp/dcc/ [accessed on 2013/3/6]
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