(IASR Vol. 34 p. 257-259: 2013年9月号)
アジアのHIV/AIDS流行に関しても、コンドーム使用のキャンペーンや注射針交換プログラム(needle ex-change program)など様々な感染予防対策の導入、さらに複数の抗レトロウイルス治療薬の組み合わせによる多剤併用療法の普及によって、流行開始以来30年近くに及ぶ歴史の中ではじめて減速傾向が定着しつつあるとみられている(UNAIDS Global Report: http:// www.unaids.org/en/media/unaids/contentassets/ documents/epidemiology/2012/gr2012/20121120_UN AIDS_Global_Report_2012en.pdf、邦訳参考文献としては2012年世界エイズデーUNAIDS報告書: http://asajp.at.webry.info/201211/article_4.html)。しかし、その一方で、流行は益々複雑さを増しつつあるといわねばならない。中でも注目すべき新しい流行動向として、1)特定のリスク集団から一般集団への急速な流行播種の進行と、2)これまでともすれば見過ごされてきた男性同性愛者(men-having-sex-with-men, MSM)間の流行のアジア全域での急速な拡大、の少なくとも2つを指摘することができる。
このような近年の流行動向の変化を背景として、東南・東アジア地域においては、分子疫学の見地からみて、いくつか特筆すべき現象が起こっている。その一つが、新規の組換え型流行株(Circulating recombi-nant forms, CRFs)が続々と発見されていることである。全世界では、2015年8月1日現在61種のCRFが報告されているが、そのうちアジア地域で同定され、文献報告されたものは、16種にのぼる(表)[注: Los AlamosのHIV sequence databaseの公式のページhttp://www.hiv.lanl.gov/content/sequence/HIV/CRFs/CRFs.htmlには、うち55種が掲げられている。CRFナンバーが登録されていても、未発表のものも含めると、既に70種近い数に達してる(私信)]。表の最後にリストされているCRFxx_01Bは相互に近縁な複数のCRFを含む可能性があり、現在CRFとしての認定が保留になっているが、まもなくその詳細が明らかになると考えられるので、参考のためCRFxx_01Bとして表に加えた。これを含めると、アジアに起源をもつHIV-1 CRFおよびその候補は17種となる。
この表で気付かれる著しい特徴の一つは、CRF51_01B以降の連続する9~10種のCRFが、いずれも東南・東アジア地域で、昨年(2012年)以降の極く最近に、しかもその半数近くの4~5種がMSM集団に関連して見い出されていることである。CRF51_01Bはシンガポール、CRF55_01B、CRF59_01B、CRFxx_01Bはそれぞれ中国東南部、北東部、内陸部のMSM集団に、CRF54_01BはマレーシアのMSMを含む複数のリスク集団において同定されている。いずれもCRF01_AEと欧米型サブタイプBの間の組換えウイルスであることから、アジアのMSM集団に先行して侵淫した欧米型のサブタイプBに続いてタイ起源のCRF01_AEがMSM集団に流入した歴史を反映し、その結果生成した組換えウイルスから生まれたものであると推論される。
それに対して、CRF51_01B より前に同定されているCRF07_BC、CRF08_BC(中国); CRF15_01B、CRF34_01B(タイ); CRF33_01B、CRF48_01B(マレーシア)の6種のCRFsと、新たに発見されたCRF56_01B、CRF57_01B(中国)、CRF58_01B(マレーシア)の3種のCRF(表)は、いずれもアジアの注射薬物乱用者(injecting drug user, IDU)集団に最初に同定されたもので、またその構成要素となっているサブタイプB領域が、タイのIDU 間の流行に起源を持ついわゆるサブタイプB'(タイ型サブタイプB)とであるという特徴を持つ。先に述べたCRF51_01B、(CRF54_01B)、CRF55_01B、CRF59_01B、CRFxx_01Bが、いずれも東南・東アジア地域のMSM集団に起源を持ち、またサブタイプB領域が欧米型であるのに対して好対照をなしている。なお、IDU間の流行に起源を持つCRF07_BC、CRF08_BC(中国)とCRF33_01B(マレーシア)に関しては、流行の時間経過とともに、その他のリスク集団、さらに一般集団に広汎に播種していることが明らかにされている。
ある特定の組換えウイルスが、集団に広く播種しCRFとして認知される過程には、異なる系統のウイルス株が同一地域の同一のリスク集団に同時に流行していて、両者間の多様な組換えウイルス(unique recombi-nant form, URF)(あるいは孤立型組換えウイルス)が生み出されているいわば前駆(nascent)段階が背後にある1)。われわれは、実際に、東南・東アジア地域のとりわけIDUおよびMSM集団の間に、多様な組換え構造を持った多数のURFの簇生をreal-timeで観察し、さらに、この生成初期のURFから、集団の中で急速な播種を起こしつつある複数のさらに新しいCRF候補株を見出しつつある(未発表)。
先に述べたように、CRF51_01Bを最初の例として、東南・東アジア地域のMSM集団において続々発見されているCRF群はとりわけ注目に値する。世界的にみても類例を見ない現象(表脚注参照)であり、アジア(特に中国)におけるMSM間の新興流行がいかに苛烈で多彩なものであるかを雄弁に物語っているといえよう。
先に述べたように(IASR 34: 72-73, 2013)、最近、われわれは、偶然のきっかけから、中国のMSMに特有のHIV-1バリアントの一つがわが国MSM 集団へ侵淫・播種を始めているという事実を見出したが、それと同時に、わが国のMSM集団に広汎に流布するウイルス株(欧米型サブタイプB)との間で、共感染・組換えウイルス形成が既に始まっていることを明らかにした2)。このことは、翻って、集団内のリスク行動・感染ネットワークが、組換えウイルスを容易に生むような水準・状況にあることを示唆している。国際的な人的・社会的・経済的な交流が一層進みつつある現在、わが国においても、国際的な連携のもとに、注意深いモニタリングを継続し、有効な対策を取る必要があると考えられる。
本報告に述べた研究成果は、中国医科大エイズ研究センター(Hong Shang教授、Xiaoxu Han博士)およびマラヤ大学医学部感染症部門/エイズ研究COE(Centre of Excellence for Research in AIDS, CERiA)(Adeeba Kamarulzaman教授、Kok Keng Tee博士)との共同研究の成果に負っている。また神奈川県衛生研究所の近藤真規子博士の協力に感謝する。
参考文献
1) Takebe Y, et al., AIDS 17: 2077-2087, 2003
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8) Han X, et al., Genome announcements 1:pii: e00050-12; doi: 10.1128/genomeA.00050- 12. Epub 02013 Jan 00024, 2013
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12) Ibe S, et al., J Acquir Immune Defic Syndr 54: 241-247, 2010
国立感染症研究所エイズ研究センター 武部 豊 (マラヤ大学エイズ研究COE/中国医科大エイズ研究センター)