国立感染症研究所

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三重県内の全寮制高等学校内で髄膜炎菌性髄膜炎が発生したため学校関係者に予防投薬を施行した事例

(IASR Vol. 34 p. 365-366: 2013年12月号)

 

2013年5月、全寮制高等学校に通う生徒が髄膜炎を発症した。翌朝、髄液培養からグラム陰性球菌の発育が認められた時点で、髄膜炎菌性髄膜炎の可能性が非常に高いと考え学校関係者に予防投薬を行った。その後、他の発症者は認められず、予防投薬が有効であったと考えられたので報告する。

症例:全寮制高等学校に通う男子生徒
既往歴:特記すべきことなし、成長過程で特に問題なし
現病歴
直前の2週間に学校外で他者との接触なし。来院前日の夕方に悪寒を自覚し、来院当日の起床時から頭痛、発熱を認めたため2013年5月23日に当院を受診した。来院前に保健室で一度嘔吐している。咽頭痛なし、鼻汁なし、腹痛なし、下痢症状なし、周囲に同様の症状の者なし

身体所見
血圧 134/83 mmHg、 脈拍 93回/分、呼吸数 16 回/分、SpO2 98 % (room air)、意識清明。貧血なし、咽頭発赤なし、呼吸音異常なし、心音異常なし、腹部:平坦・軟、圧痛なし、浮腫なし、項部硬直あり、Kernigサイン陽性、臥位から座位になった際に頭痛の増強を認める

検査所見
白血球 22,700 /μL(好中球 93.7 %)、 Hb 16.8 mg/dL、 血小板15.5万/μL、TP 7.7 g/dL、Alb 4.7 g/dL、AST 13 IU/L、ALT 12 IU/lL、LDH 186 IU/L、BUN 12.2 mg/dL、 Cr 0.92 mg/dL、Na 139 mEq/L、K 3.6 mEq/L、Cl 97 mEq/L、 Glu 113 mg/dL、CRP 5.2 mg/dl

髄液検査:初圧200mm水柱、無色透明、単核球8/mm3、 多核球932/mm3、蛋白量100mg/dL、糖50mg/dL、 髄液グラム染色:明らかな菌体は確認できず、胸部レントゲン・頭部CT:特記すべき異常なし

臨床経過
病歴、身体所見および髄液所見から髄膜炎と診断し、デキサメタゾン6.6 mg単回静注後にセフトリアキソン 2g 1日2回点滴静注にて入院加療を開始した。入院翌日朝、髄液培養中の液体培地にてコロニーの出現あり、グラム染色にてグラム陰性球菌が認められ、髄膜炎菌性髄膜炎の可能性が非常に高いと考えられた。

髄膜炎菌感染症が集団生活者において発生した場合、しばしば二次感染を起こす。このため、ご本人・母親に了承を得た後、学校側と連携をとって予防投薬の検討に入った。学校内で特別に濃厚接触している生徒はいなかったが、吐物を素手で処理した教員が2名いることが判明した。予防投薬対象者は寮で同室の男子生徒15名および吐物を処理した男性教員2名とした。

予防投薬対象者全員が、入院翌日午後に当院を受診することができた。予防投薬の内容は参考文献1,2)を参考にリファンピシン600mg1日2回、2日間の内服とした。発症1カ月後の学校への聞き取り調査では、生徒および職員で髄膜炎菌性髄膜炎を発症した者は認めなかった。

髄膜炎の起炎菌は培養結果により髄膜炎菌と確定した。7日間のセフトリアキソン投与により、髄膜炎は治癒し、特に後遺症なく退院となった。後日、保健所を通じて県の地方衛生研究所にて髄液の凍結保存検体から髄膜炎菌の血清群の同定を試みたが、血清群は判明しなかった。

考 察
髄膜炎菌は飛沫感染することで知られ、国内外で集団発生の報告も数多く認められる。本邦において、髄膜炎菌性髄膜炎の発生報告件数は戦後をピークに徐々に減少しているものの、近年も年に10件前後の患者発生を認めている。早期に適切な治療がなされなかった際の致死率、後遺障害の可能性は非常に高く、今もって注意が必要な疾患である。

日本国内の感染症サーベイランスシステム(NESID)を参照すると、髄膜炎菌性髄膜炎は2006~2012年の7年間で合計80例の報告が認められる。5歳ごとの年齢別内訳では15~19歳が10例と最も多く、次いで20~24歳が9例となっており、青年層でも注意が必要な疾患である。2011年5月には宮崎県で寮生活を営んでいた男子高校生の発症を機に、寮関係者を中心とした集団発生が報告されており3)、本事例でも集団発生する可能性は十分にあったと考えられる。なお、2012年に学校保健安全法施行規則の一部改正があり、髄膜炎菌性髄膜炎は第2種の学校感染症に追加されており、他者への感染の恐れがないと認められるまで出席停止が義務付けられている。また、これまで感染症法における5類感染症として「髄膜炎菌性髄膜炎」が指定されていたが、2013年4月1日より「侵襲性髄膜炎菌感染症」に変更となり、髄液または血液から髄膜炎菌が検出された際に保健所への届出が義務付けられている。

侵襲性髄膜炎菌感染症患者と濃厚な接触歴がある者に対して、リファンピシン、シプロフロキサシンまたはセフトリアキソンによる予防投薬が推奨されている。予防投薬の対象として考慮されるのは、患者の家族、(患者が保育園児ならば)保育園の職員、および、キス・口から口への人工呼吸・気管内挿管・気管内チューブの管理等で発症7日前以内に患者の口腔分泌物に直接曝露した人とされており、患者確認24時間以内に予防投薬を行うことが推奨されている2)。本事例では髄液培養中のコロニーからのグラム染色にて髄膜炎菌性髄膜炎を強く疑い、起炎菌が確定する前に予防投薬対象者の選定を開始することで効果的な予防投薬を施行できたと考えられた。

最後に、本事例に関して迅速に対応いただいた植嶋一宗先生はじめ津保健所の方々に、心より感謝申し上げます。

 

参考文献
1) サンフォード感染症治療ガイド2012 pp19-20
2) CDC MMWR, 62(RR-2): 23-24, 2013
3) IASR 32: 298-299, 2011

 

県立一志病院家庭医療科
橋本修嗣 野口正満 江角悠太 鷲阪公昭 近藤 諭 岩佐 宏 
矢部千鶴 小嶋秀治 曽我圭司 四方 哲

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