HIV関連梅毒の特徴
(IASR Vol. 36 p. 22-23: 2015年2月号)
HIV感染症は、主に性行為により感染することから、他の性感染症に罹患する可能性も高い。本稿では、HIV感染症に合併した梅毒について、その動向と臨床的な特徴について概説する。
1.HIV感染者にみられる梅毒の増加
現在、特に男性同性愛者(MSM:men who have sex with men)の中で、HIV感染症および梅毒の流行がみられている。感染症発生動向調査からみた国内の流行状況からは、梅毒感染者の約8割を男性が占めており、男性感染者の多くが同性間の性交渉による感染であることが明らかにされている1)。
米国における梅毒罹患率は、2005~2013年の期間において、女性では概ね10万人当たり約1例と顕著な変動を認めなかったのに対し、男性は2005年5.1例から、2013年には9.8例と倍増していたことが示されている2)。中国における調査からは、MSMにおけるHIV感染症と梅毒の重複感染例の割合が、2005~2006年1.4%から、2007~2008年には2.7%と上昇したことが指摘されている3)。他の研究では、HIV感染症を有するMSMは、HIV感染症を有さないMSMと比較して、梅毒罹患率が約5倍であると報告されている4)。また、HIV感染症を有するMSMにおいて、無症候梅毒が診断される頻度が高いことも指摘されている5)。これらの点を踏まえて、HIV感染症を有するMSMに対して、積極的な梅毒のスクリーニングが推奨されている6)。
当院に通院するHIV感染者について、他の性感染症の合併または既往を調査するために、梅毒血清反応TPLA法、HBs抗体、HCV抗体の陽性率をみたところ、TPLA法48%、HBs抗体46%、HCV抗体5%であった。梅毒は、HBs抗体と同様に陽性率が概ね50%に達しており、梅毒がB型肝炎と並び、HIV感染者に広く伝播していることが示唆されている。
2. HIV感染症の梅毒への影響
HIV感染症に合併した梅毒の多くは、非HIV感染者における梅毒と同様の臨床経過および身体所見を呈するが、時に非典型的な臨床像をとることが知られている。
HIV感染者において、梅毒感染早期より神経梅毒へ移行する症例がみられる。神経梅毒には、髄液所見の異常のみで無症候であるものから、髄膜炎、頭蓋内血管病変などを形成し臨床症状を呈するものまで含まれる7)。血清梅毒反応陽性であるHIV感染者には、常に神経梅毒の可能性を念頭に置く必要がある。HIV感染者における神経梅毒の危険因子として、CD4陽性リンパ球数350/μL未満、血清梅毒反応128倍以上、男性などがあげられている8)。抗HIV療法導入による免疫状態の改善は、神経梅毒の発生を抑制することが報告されている9)。
HIV感染者は、梅毒による中枢神経系病変とともに、眼病変の発生率も高い。眼病変には、乳頭様結膜炎、間質性角膜炎、 虹彩炎、脈絡網膜炎、 視神経炎などがあり、眼周囲の皮膚病変としては、丘疹落屑性病変、一過性の眉毛脱落などがあげられる10)。特に、CD4陽性リンパ球数200/μL未満の症例では、後部ブドウ膜炎(網膜炎、脈絡膜炎、視神経乳頭炎)を発症する可能性が高いとされる。
梅毒は、丘疹性梅毒疹、膿疱性梅毒疹、梅毒性バラ疹などの多彩な皮膚病変を呈するが、深い潰瘍形成、痂皮を認める皮膚病変は悪性梅毒と称され、HIV感染者に多く報告されている。悪性梅毒の出現には、著しい免疫不全が影響し、低栄養、ステロイド使用、薬物・アルコール依存などを背景に発症するが、近年はHIV感染症が最も頻度の高い基礎疾患とみられている11)。悪性梅毒は、一般に血清梅毒反応高値を示し、治療導入後のJarisch-Herxheimer 反応(治療開始後に認められる発熱、悪寒、全身倦怠感などの反応)の出現と速やかな病変の改善が特徴とされている12)。
梅毒への治療効果について、HIV感染者は非HIV感染者と比較して、治療が不成功となる可能性が高いことが知られている。治療失敗に関連する因子には、CD4陽性リンパ球350/μL未満、梅毒の既往歴、血清梅毒反応RPR法16倍未満などがあげられている13)。 CD4陽性リンパ球数200/μL未満の症例は、神経梅毒の治療失敗例が多いとの報告がある。このため、HIV感染症に合併した梅毒は、治療を完遂した後にも、臨床症状、梅毒血清反応の推移を引き続き慎重に観察する必要がある。
Sareeta R.S. Parker HIV感染症の存在が、梅毒血清反応に影響を与える場合がある。特に重度の免疫不全を有する症例においては、梅毒に罹患しているにもかかわらず血清梅毒反応が陰性となることがある14)。臨床症状、病歴などから、梅毒が強く疑われる状況で、血清梅毒反応が陰性である場合は、梅毒血清反応の再検査、病変部の生検が考慮される。このような、HIV感染者にみられる血清梅毒反応偽陰性例は、抗HIV療法の導入による免疫状態の改善により、約60%低下するとの報告がみられる15)。
梅毒血清反応において、プロゾーン現象(抗原が過剰に存在する際に血清反応が陰性となる現象)がみられることがあるが、HIV感染症合併例においても報告されている。プロゾーン現象が疑われる場合は、検体を希釈して再検査を行う必要がある。
3. 梅毒のHIV感染症への影響
HIV感染者において、梅毒の感染による一次的なHIV-RNA量の増加およびCD4陽性リンパ球数の低下が指摘されている。また、梅毒により、髄液中HIV-RNA量が増加する傾向が報告されている16)。しかし、抗HIV療法が導入される状況においては、梅毒の既往はHIV感染者の予後に影響を及ぼさないとの報告がみられる17)。
梅毒の性器における潰瘍性病変の形成は、単純ヘルペス感染症などと同様に、HIV感染症の感染リスクに影響することが懸念される。梅毒の病変部では、HIVの感染に必要なコレセプターであるCCR5のmRNAが過剰に発現している点が指摘されており、これもHIVの感染を助長する一因となっている可能性がある18)。
参考文献
- IASR 35: 79-80, 2014
- MMWR May 9, 2014; 63: 402-406
- PLoS One 2011; 6: e22768
- Sex Transm Infect 2007; 83: 397-399
- Sex Trasm Dis 2009; 36: 84-85
- PLoS ONE 2013; 8: e71436
- Neurology International 2013; 5: e19
- J Microbiol Immunol Infect 2012; 45: 337-342
- AIDS 2008; 22: 1145-1151
- Sex Transm Infect 2011; 87: 4-8
- An Bras Dermatol 2014; 89: 970-972
- Infect Dis Rep 2012; 4: e15
- BMC Infect Dis 2013; 13: 605
- Int J Infect Dis 2014; 18: 104-105
- Clin Infect Dis 2008; 47: 258-265
- J Neurovirol 2010 February; 16: 6-12
- Int J STD AIDS January 2010; 21: 57-59
- J Infect Dis 2007; 196: 1509-1516
がん・感染症センター
都立駒込病院感染症科 菅沼明彦