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麻疹検査診断の現状

(IASR Vol. 36 p. 59-60: 2015年4月号)

WHOは2020年までにWHOが区分する6地域のうち5つ以上の地域で麻疹ならびに風疹排除を達成することを目標としている1)。WHOは麻疹排除を「優れたサーベイランス体制が整ったある地域において、その地域に流行する麻疹ウイルス(endemic measles virus)による麻疹の伝播が12カ月間以上ない状態」と定義しており、「優れたサーベイランス」を示す指標として、1)麻疹疑い例の80%以上から適切な検体が採取され、習熟した検査施設で検査診断が実施されること、2)麻疹の流行の80%以上からウイルス検出に適切な検体が採取され、その検体が習熟した検査施設で検査されること、など4項目を挙げている2)。精度管理された施設で実施された検査診断に基づくサーベイランス体制の確立が麻疹排除の要件となっている。

WHOの方針を踏まえて日本でも麻疹の検査診断に基づくサーベイランス体制の強化を図ってきた。2007年12月に告示された「麻しんに関する特定感染症予防指針(以下予防指針)」では、麻疹を2008年1月から全数届出疾患とした。 また、2013年4月に適用された改訂予防指針では、麻疹報告数が減少した状況を踏まえ、風疹等類似の症状を呈する疾患との鑑別が必要なことから、原則として麻疹疑い例全例に検査の実施を求め、さらに民間検査センターにおけるIgM 抗体検査の実施だけでなく、地方衛生研究所(地衛研)で実施するウイルス遺伝子検査のための検体の提出を医師に求めた。一方、地衛研、または国立感染症研究所にはウイルス検査を実施し、ウイルス遺伝子を解析することを求めている3)。本稿では最近の日本の麻疹の検査診断の状況について記載する。

日本の麻疹検査診断の状況
麻疹を全数報告疾患とした2008年には、麻疹報告数 11,000人を超える流行があった。このうち検査診断例は約38%であり、60%以上は臨床診断によるものであった。また、ウイルスの遺伝子型が解析されたのは全麻疹報告数の約2.3%である。その後、前述のように予防指針等を通じて検査診断の必要性、有用性が周知されたこともあり、検査診断例は徐々に増加し、2010年以降は全報告数の70%以上となった。しかし一方、PCR検査によって検査診断された割合は麻疹報告症例数のおよそ26~30%程度であった。麻疹検査診断の状況は2014年においては大きく改善された。麻疹報告数の90%以上が検査診断され、さらに全報告数の約78%でPCR検査が実施され、ウイルスの遺伝子解析がなされた(図1)。麻疹報告症例数の78%以上から麻疹の原因ウイルスの遺伝子情報が得られたことは、日本で12カ月間以上伝播を継続した新たな麻疹流行株が発生していないことを示すための有力な資料となった。

麻疹IgM抗体検査キットの改良に係る考察
2013年までは検査診断数とPCR検査陽性数の値の間に大きな差があったが、2014年ではその差が小さくなった。これには麻疹IgM 抗体検査キットの改良が関係していると考えられる。

麻疹IgM 抗体検査は1回の検体採取で検査が可能であり、また、比較的手技が簡単であることからWHOが麻疹検査診断の標準法としている方法である。日本では健康保険が適用されることから麻疹IgM 抗体検査の大部分が民間検査センターで実施されている。民間検査センターの多くはデンカ生研社製の麻疹IgM ELISAキットで検査しており、年間の検査数は10,000件以上である4)。一方で、麻疹IgM 抗体検査では麻疹と類似の発熱、発疹を呈する疾患である伝染性紅斑、突発性発疹、デング熱等の患者血清でもある頻度で麻疹IgM抗体陽性となることが報告されている(偽陽性)5)。特にデンカ生研のキットは、近年、伝染性紅斑患者検体でも高い頻度で麻疹IgM抗体陽性となることが報告されてきた6)。デンカ生研ではこの点を改良した新キットを2013年末から販売し、民間検査センターも新キットの使用を始めた。新キットでは、麻疹IgM抗体の検出感度は旧キットと同等だが、特に伝染性紅斑患者に対する偽陽性がみられなくなり特異度が大きく向上している。庵原らは旧キットでは伝染性紅斑患者由来の血清57検体のうち18検体(約31%)で麻疹IgM抗体陽性となったが、新キットでは57検体すべてで麻疹IgM抗体陰性となったことを報告している7)。新キットで測定を開始した2014年と旧キットを使用していた2013年以前の民間検査センターで実施された麻疹IgM抗体検査の陽性率(陽性数/検査総数)を比較すると、6.4%以上(2013年以前)から約2.4%(2014年)に下がっていた(図2)。陽性率の差がすべて伝染性紅斑患者等の偽陽性によるものと仮定すると、旧キットで検査をしていた時の麻疹IgM抗体陽性数の1/2~2/3程度が偽陽性だったことになる。IgM 抗体検査による偽陽性の頻度が高いことが明らかになって以来、特に低いIgM抗体陽性値の場合、麻疹診断を慎重にするよう注意を喚起してきたため、麻疹IgM抗体検査陽性例すべてが検査陽性例として届出された訳ではないと考えられるが、特異度が改善された新キットの導入が、麻疹報告数とPCR検査陽性数との差を小さくした理由の一つであろう。

日本では地衛研におけるウイルス遺伝子検査と民間検査施設におけるIgM抗体検査の2本立ての検査診断が実施されているが、2つの検査情報の詳細を遅滞なく把握し、感染症発生動向調査に反映させることは必ずしも十分には達成されていない。これがサーベイランスの評価を複雑にしている面もある。また、日本の実験室サーベイランスの評価に関していえば、精度管理法を確立していくことも今後の課題である。

一方、まだ麻疹報告数の10%程度が臨床診断例である。一般に感染症の発生が少なくなると診断が困難になるといわれている。また、修飾麻疹のように診断が困難な症例もある。麻疹排除を達成し、麻疹症例数が減少した現在、すべての麻疹疑い例を検査し、より正確に麻疹を診断していくことが麻疹排除状態の維持につながる。検査診断の確実な実施が望まれる。

 
参考文献
  1. The Global Measles and Rubella Strategic Plan 2012-2020
    http://www.measlesrubellainitiative.org/wp-content/uploads/2013/06/Measles-Rubella-Strategic-Plan.pdf
  2. WHO, Monitoring progress towards measles elimination, WER 85: 490-495, 2010  
    http://www.who.int/wer/2010/wer8549.pdf
  3. 厚生労働省、麻しんに関する特定感染症予防指針
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/dl/241214a.pdf
  4. 駒瀬勝啓, 竹田 誠, IASR 32: 41-42, 2011  
  5. WHO, Manual for the laboratory diagnosis of measles and rubella virus infection (second edition)
    http://www.who.int/ihr/elibrary/manual_diagn_lab_mea_rub_en.pdf
  6. 田中敏博, 他, IASR 31: 268-269, 2010  
  7. 庵原俊昭, 他, 医学と薬学 69 (6): 669-675, 2013

国立感染症研究所ウイルス第三部 駒瀬勝啓 染谷健二 竹田 誠

 

 

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