国立感染症研究所

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エボラウイルス病:リベリアでの臨床現場の状況

(IASR Vol. 36 p. 98-99: 2015年6月号)

はじめに
筆者はエボラウイルス病(Ebola virus disease: EVD)の対応のために2014年5月と9月の2回にわたり、リベリアで活動した。5月の派遣時は地域での啓発活動が中心であったため、本稿では主に医療機関で活動した9月の派遣時の状況を中心に述べる。この時期のリベリアは患者の急増に対応が追い付かず、非常に混乱していた時期であった。

疑い患者の探知
リベリアでは、患者に直接接触した家族などは接触者調査の対象として、最終接触から21日間の健康観察下に置かれるが、もし観察期間中にEVDを疑う症状がみられた場合には疑い患者となる。EVDは患者体液への接触により感染するので、理想的な対応がなされていれば、疑い患者はこのように接触者リストの中から見つかることになるはずだが、現実には接触者調査を完全に行うことは難しく、リストの対象でなかった住民から疑い患者が見つかることが多かった。EVDの症状は非特異的であるため正確な診断は難しく、患者との接触歴が重要になるが、医師、看護師などの医療者でなくとも疑い患者を適切に発見できるようにフローチャートを用いて判断を行っていた。

疑い患者への対応(搬送、トリアージ、診断)
探知された疑い患者は救急車などでEVD専用の施設に搬送される。2014年9月のリベリアでは専用施設としては点滴などの積極的な治療を行うことができるエボラ治療施設(Ebola treatment unit: ETU)と、軽症例を一時的に隔離することを主な目的としたエボラケアセンター(Ebola care center: ECC)が設置されていた。筆者は首都モンロビアにあったJohn F. Kennedy(JFK)-ETUを中心に活動したが、同施設はベッド数35床で、内部はトリアージエリア、疑い患者エリア、確定患者エリア、回復期患者エリアに分けられていた。ただし、多い時には70名以上と、施設のキャパシティを超える患者を受け入れたため、廊下にまで患者があふれるような状況であり、これらの区分が厳密に守られていた訳ではない。

JFK-ETUに搬送されてきた疑い患者は、まずトリアージエリアに運ばれる。ここで患者が本当にEVDの疑いがあるかについて問診を再確認し、入院の適応と判断がなされた場合には疑い患者エリアへ移動する。疑い患者は遅くとも翌日までにはエボラウイルスPCR検査のための血液採取が行われる。PCR検査で陰性の場合には退院となるが、発症早期(3日未満)の場合には、偽陰性の可能性があるため再検査が行われる。正確ではないが、疑い患者のうちPCR検査で診断確定されるのは7割前後であったと思う。

患者の診療
診療に関しては、基本的にはWHOのウイルス性出血熱患者の診療ポケットガイドに沿って行っていた1)。しかし、医療機材、スタッフの不足などのためにガイドで推奨されるレベルの医療を提供することは困難であった。約70人の患者を2チームで回診したが、1人当たりの患者に費やせる時間は5分にも満たなかった。使用できる診療器具は体温計のみであり、治療に酸素投与もできない環境であった。

EVD治療の中心は補液を中心とした支持療法である。適切に支持療法を行うためには症状、身体所見などから患者の状態を評価することが重要であるが、ほとんどの施設では血圧や脈拍数などのバイタルサインが測定されることはなかった。食事摂取量、下痢の有無について問診を行い、あとは「見た目の重症度」で臨床的に脱水の評価を行っていた。補液療法の中心はORS(oral rehydration salt)である。経口での水分摂取ができなくなった場合には経静脈的な点滴治療を行うが、医療スタッフへの血液曝露の危険性から点滴治療開始の敷居は低くはない。欧米で治療を受けたケースでは連日10リットルに及ぶ点滴治療が行われたと報告されているが2)、リベリアでは1日に1~2リットル以上の点滴は行えなかった。

EVDの患者は強い胸痛や腹痛を訴えることがあり、WHOポケットガイドでは軽度の場合はアセトアミノフェン、中等以上でモルヒネ製剤の使用が推奨されている。JFK-ETUでは基本的にアセトアミノフェンが使用されていた。モルヒネ製剤は入手できなかったが、トラマドール(オピオイド鎮痛剤)が使用されることはあった。

西アフリカはマラリアの流行地であり、EVDと診断された患者のうち約1割がマラリア感染を合併していたと報告されている3)。リベリアでは血液汚染の懸念からマラリア検査を行っていなかったため、疑い患者を含めてすべての入院患者に抗マラリア薬の投与を行っていた。また、発熱や消化器症状などを示す疾患として腸チフスや感染性腸炎も現地で流行しているため、レボフロキサシンやアモキシシリンなどの抗菌薬投与も積極的に行われた。

感染管理
ETU/ECC内はスタッフが待機する安全エリアと、患者が収容されている危険エリアに明確に分けられていた。危険エリアに入る際には接触感染、空気感染対策として皮膚を露出させないような防護スーツ、ゴーグル、N95マスク等の個人防護具を着用した。着用時にはスタッフ間でお互いに確認を行い、特に汚染リスクの高い脱衣時には消毒担当者が脱衣消毒手順について細かく指示を出し、ミスが生じないようにしていた。

消毒には次亜塩素酸を使用していたが、消毒スタッフが施設、器具、あるいは診療するスタッフに対して次亜塩素酸を大量に噴霧していた。刺激性が高いために皮膚への使用が禁じられている高濃度次亜塩素酸(0.5%)を体に直接浴びているスタッフをしばしばみかけたが、意外にも皮膚のトラブルは発生していなかった。

全般的に防護具や消毒に関しての意識は高かったが、使用済みの針が床に落ちていたり、医療廃棄物が無造作に廃棄されていたりと、標準予防策に関しては不十分な点も多く認められた。

最後に
医療資源が限られた環境で、厳重な個人防護具を着用しての診療は制限が大きく、十分なレベルの医療を提供することは極めて困難であった。西アフリカでのEVDの致命率は約6割と報告されている一方で、欧米に搬送されたケースでの致命率は約2割である。この差は主に循環呼吸管理の違いによる可能性が高いように思われる。医療従事者の安全は最優先事項であったが、筆者の活動時期には医療者への感染の多くはETUなどの専用医療施設ではなく、一般医療施設で患者がEVD感染していることを知らずに対応した結果として発生していた。

 
参考文献
  1. Clinical management of patients with viral haemorrhagic fever, A pocket guide for the front-line health worker
     http://www.who.int/csr/resources/publications/clinical-management-patients/en/
  2. Kreuels B, et al., N Engl J Med, 2014 Dec 18; 371(25): 2394-2401
  3. Bah EI, et al., N Engl J Med, 2015 Jan 1; 372(1): 40-47


日本赤十字社和歌山医療センター 古宮伸洋

 

 

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