エボラウイルスの分子疫学的解析
(IASR Vol. 36 p. 100-101: 2015年6月号)
エボラウイルスにはザイール、スーダン、ブンディブギョ、タイフォレスト、レストンエボラウイルスの5種類が存在するが、そのうちレストンエボラウイルスを除いた4種類がヒトでエボラウイルス病(EVD)を引き起こす。過去のEVD流行は、1994年には西アフリカのコートジボワールで発生したタイフォレストエボラウイルスによるEVD患者1名を除き、アフリカ中央部[コンゴ民主共和国(DRC)、スーダン、ガボン、コンゴ共和国、ウガンダ]に限定されていた。2013年12月にギニアのゲケドゥで始まった西アフリカにおけるEVDの大規模流行は、リベリア、シエラレオネへと広がり、過去最大規模のEVD流行へと発展している。本稿では、ギニア、シエラレオネで収集されたウイルスの分子疫学的解析から明らかとなった、今回西アフリカで流行中のザイールエボラウイルス(EBOV)の起源、伝播、性状について概説する。また同時期にDRCで流行したEBOVについても紹介する。
ギニア
2014年3月に、ギニアで、発熱、重度の下痢、嘔吐などの症状を呈す、致命率の高い感染症の発生が世界保健機関(WHO)に通知された。原因を同定するために、出血熱ウイルスの感染が疑われた20人の入院患者から得られた検体を用いて、EBOVのL遺伝子を標的とした遺伝子増幅検査が行われた1)。20人の患者のうちの15人の検体が陽性反応を呈し、増幅された遺伝子産物の塩基配列決定により、EBOVの塩基配列であることが明らかとなった1)。3人の患者から得られたEBOVの全塩基配列は、過去にDRCやガボンで発生したEVD流行の原因となったEBOV株の全塩基配列と97%の相同性を示した1)。15人のEVD患者検体から増幅された遺伝子産物の塩基配列の類似性から、自然宿主からヒトへの伝播により流行が始まったと考えられた1)。また系統樹解析から、ギニアのEBOV株はDRCおよびガボンのEBOV株とは別のグループに分類されることが明らかとなり、アフリカ中央部からウイルスがもたらされた訳ではなく、むしろギニアのEBOV株がDRCやガボンのEBOV株と共通の祖先からそれぞれ独立して進化したものであることが示唆された1)。
シエラレオネ
シエラレオネのケネマ政府病院およびハーバード大学の共同研究により、シエラレオネのEVD流行における初期段階のウイルスゲノムを解析した論文が報告された2)。Gireらの論文によると、2014年3月、今回の流行の起源の近くであるシエラレオネのケネマ政府病院で、EVDのサーベイランスが開始され、5月初めまで遺伝子増幅法によるEVD診断はすべて陰性を示していたが、5月25日にシエラレオネで最初のEVD患者が確認された2)。シエラレオネの保健衛生省(MoHS)の調査により、ギニアのEVD患者の治療に携わっていた伝統的な治療祈祷師の埋葬とこの初めて診断された患者との疫学的関連が確認された2)。追跡調査により、その埋葬に出席した人のうち13人もEVDに罹患していることが明らかとなった2)。
Gireらは、シエラレオネで診断されたEVD患者78人から得られた99株のウイルスゲノムの全塩基配列を解析し、過去に流行したEBOV全塩基配列と比較した系統学的解析を行った2)。その結果、今回流行中のウイルスは、過去10年以内にアフリカ中央部から伝播してきたウイルスによる可能性が高く、2007~2008年DRCで流行したEVDの原因ウイルスとほぼ同時期に2004年頃に共通の祖先から分岐していることが示唆された2)。
過去の流行は、自然宿主からのヒトへのたび重なる感染が流行拡大の原因となっていた。しかし、今回流行中のウイルスの決定された塩基配列が遺伝的に類似していることや、全塩基配列決定されたギニアのEBOV株とシエラレオネのEBOV株は共通祖先から分岐していることから、今回の流行は自然宿主からヒトへの感染によって始まり、その後、継続的なヒト-ヒト感染で流行が拡大していることが示唆された2)。
今回の流行の原因となったEBOVの突然変異率は、過去の流行におけるEBOVの突然変異率と比較し、約2倍の頻度で生じており、さらにアミノ酸変化につながる遺伝子変異(非同義置換)が流行中に頻繁に起こっていた2)。そのため、EBOVの突然変異によって、塩基配列に基づいた検出や治療薬候補の有効性への影響について懸念されていた。
その後、中国政府運営の研究機関(CMLTT)らの研究により、2014年9月28日~2014年11月11日の間にシエラレオネの5つの地区で収集されたEBOVの遺伝子増幅検査で陽性を呈した823検体から、175株のEBOVの全塩基配列解析が行われた3)。論文によると、複数の新しい系統の出現など、2014年7~11月に流行したEBOVの系統学的および遺伝的な多様性が発見されたが、今回西アフリカで流行中のEBOVの突然変異率は、1.23 × 10-3置換/サイト/年と推定され、過去の流行におけるEBOVの突然変異率と近似していることが明らかにされた3)
コンゴ民主共和国(DRC)
西アフリカで大規模なEVDの流行が拡大する中、DRCで7回目のEVD集団発生が2014年7月26日に始まった。DRCと西アフリカでEVDが同時に発生したことから、この2つの流行の関連について調査された4)。Magangaらの論文によると、このDRCにおけるEVD流行は、赤道州ボエンデ保健区周辺のインカナモンゴ村で始まり、この州に限定されていた4)。塩基配列決定によって、EBOVがこの流行の原因であることが明らかにされた4)。この流行時に分離されたEBOVの全塩基配列を決定したところ、1995年にDRCのキクウィトで流行したEBOV変異株との遺伝学的相同性は99.2%で、今回西アフリカで流行中のEBOV変異株との相同性は96.8%であった4)。2014年にDRCで流行したEVDの原因ウイルスは、今回西アフリカで流行中のEBOV株とは異なる従来のEBOVに由来することが明らかとなった4)。
- Baize S, et al., N Engl J Med 371 (15): 1418-1425, 2014
- Gire SK, et al., Science 345 (6202): 1369-1372, 2014
- Tong YG, et al., Nature, 2015 In Press
- Maganga GD, et al., N Engl J Med 371 (22): 2083-2091, 2014
国立感染症研究所
ウイルス第一部 福間藍子 西條政幸