エボラウイルス病輸入例発生時の各国の対応および課題として挙げられたこと
(IASR Vol. 36 p. 104-105: 2015年6月号)
本稿は2014年以降現在までギニア、シエラレオネ、リベリアで流行しているエボラウイルス病(以下、Ebola virus disease: EVD)に関し、幾つかの国々の輸入例発生時の対応と課題についてポイントをまとめたものである。
ナイジェリア1,2)
ナイジェリアでは、リベリアからの輸入例を発端にした20人のEVD患者(うち8人死亡)が報告されている。初発例は、2014年7月20日(以下、特記無い場合は2014年)にラゴスに到着し、体調不良により空港から病院に搬送されEVDと診断され、5日後に死亡した。健康保健局は7月23日にEmergency Operation Centerを設立、Incident Management System を運用した。接触者は894人にのぼり、21日間の観察期間中に発症が疑われた場合は速やかに隔離と検査が行われた。彼らは原則自宅待機であったが、多数への曝露の危険から5人が集団隔離(コホート)となった。コホートでは日々の健康観察の手間は減るが、新規患者が発生すると全員が新たに21日間の監視が必要になるという問題がある。また、コホートでは生活上の規則や施設の消毒等のプロトコールの作成、遵守が不可欠であり、実施可能かどうかの判断が必要である。
その後症例の発生を認めず、10月20日に国内感染の終息が宣言された。世界保健機関(WHO)は、政府の速やかな対応、迅速な診断、質の高い接触者追跡および隔離を評価している。
マ リ3-5)
マリでは、ギニアからの輸入例を発端にした8人のEVD患者(うち6人死亡)が報告されている。初発例は10月23日にカイで感染が確認された2歳女児で、家族を含む接触者からはEVD患者が発生しなかった。続いて10月25日に首都バマコにおいて、初発例と関連が認められないギニアから来た70歳のイマーム(イスラム教の導師)の感染が確認された。接触者430人のうち95~99%が健康観察下に置かれ、7人のEVD患者が発生した。患者発生後、保健省とWHO等が協力し、体制強化(サーベイランス、接触者の追跡、隔離施設の整備、症例管理、安全な埋葬手段、住民啓発担当の導入、物流管理、国民への情報提供)を進めた。
その後患者の発生を認めず、2015年1月18日に国内感染の終息が宣言された。徹底的な接触者調査と健康観察が有効であったと考えられた。
スペイン4,6,7)
スペインでは、西アフリカから医療搬送された2人と、二次感染した1人のEVD患者が報告されている。初発例は、リベリアで診断されて8月7日に医療搬送された人で、マドリードの指定医療機関に入院し治療を受けた。次いで、シエラレオネで診断されて9月22日に医療搬送された症例が、同じ指定医療機関に入院し治療を受けた。3例目は1例目と2例目を看護した看護師で、9月29日に微熱を呈したが、当時の「38.6℃より高い発熱」という症例定義に該当しなかったため、10月6日まで診断が下されなかった。接触者調査が診断後に開始され、232人の接触者のうち、高リスクの15人は隔離され、残りには健康観察が行われた。
この事例では、症例定義の問題から二次感染例の確認が遅れたと指摘されている。また、この症例は、アフリカ外で確認された最初の二次感染例であったため、メディアが国民の不安をあおり、翌日の国内救急外来受診者が半減するなど、社会に大きな影響を与えた。その後国内で症例は発生していないが、初動時のコミュニケーションの重要性が再確認された。
米 国8-11)
米国では、西アフリカで診断され医療搬送された27人と国内発症の4人のEVD患者が報告されている。国内発症例は、輸入例が2例で、残り2人は1例目から感染した医療従事者であった。国内発症1例目はリベリアからテキサス州ダラスへの旅行者であり、入国後5日目の9月25日に発症した。9月30日にEVDと確定され、10月8日に死亡した。その後11日と14日にこの症例を担当した看護師2人が発症した。接触者調査から、3例目(2人目の看護師)が10月10~13日にオハイオ州クリーブランドに滞在していたことが判明し、利用した航空機の乗客、乗務員にまで接触者調査が拡大された。最終的にダラスで177人、オハイオ州で164人が健康観察の対象となったが、それ以降の発症者は認めなかった。国内発症4例目はギニアでEVD患者を診療したニューヨーク市在住の医師であり、10月23日に発症した。ニューヨーク市保健精神衛生局(DOHMH)は7月から輸入例発生時に備えて対策を強化し、関係各所との連携を図ってきたため、患者発生から移送、入院、検査、診断確定まで円滑に行われた。患者の医療に従事した114人が健康観察の対象となった。また、濃厚接触者3人は自宅待機とされ、DOHMHの職員が毎日訪問した。最終的に二次感染者は認めなかった。
一連の事例から、流行地からの入国者全員が健康観察の対象になるわけではないため患者がいつどこで発生するかわからないが、州や都市ごとに対応が異なる可能性があること、1例の発生で多くの人員と莫大な費用がかかる、などの課題が確認された。
英 国3, 9, 12)
英国では、シエラレオネで医療に従事していた3人のEVD患者が報告されている。うち2人は現地で診断され医療移送された症例で、残る1人は帰国翌日に発熱・筋肉痛を訴え、国内で検査の結果、EVDと診断された。これまで英国国内での二次感染例は認められていない。英国国内で診断された症例では、患者は12月28日にシエラレオネから空路でモロッコのカサブランカ、ロンドンを経由しグラスゴーに来ていた。保健当局は患者が搭乗した航空便名を開示し、同乗者に対し接触者調査と健康観察を行い、最終的にはモロッコと英国では新たな患者は確認されなかった。
当時、英国は国内主要空港において、流行地に渡航歴のある人に対して強化スクリーニングを実施していたが、患者は帰国途中には症状が無く、ロンドンの空港に到着時、自身で発熱の懸念を抱き、複数回の体温測定を受けたものの、許容範囲の体温であるとしてグラスゴー行きの航空便の搭乗を許可されていた。流行地からの帰国後は、自身の健康観察を怠らず、異常時には速やかに保健部局に報告するよう周知することが重要である。
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https://www.gov.uk/government/news/uk-military-healthcare-worker-diagnosed-with-ebola-returning-to-uk-for-treatment (参照2015年6月11日)
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース 小林彩香 金井瑞恵 藤谷好弘 蜂巣友嗣
感染症疫学センター 山岸拓也 有馬雄三 砂川富正