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エボラ出血熱:感染研の検査対応

(IASR Vol. 36 p. 109-111: 2015年6月号)

エボラ出血熱の国内検査体制
2014(平成26)年10月、厚生労働省健康局結核感染症課長通知(健感発1 0 2 4 第1号)により、エボラウイルス病(EVD)流行地であるギニア、リベリアまたはシエラレオネに過去1カ月以内の滞在歴があり、38℃以上の発熱症状を呈する者は、エボラ出血熱の疑似症患者として取り扱われることとなっている。エボラ出血熱疑似症患者は感染症指定医療機関に移送される。そこで採取された血液は、直ちに国立感染症研究所(感染研)村山庁舎ウイルス第一部に輸送され、エボラウイルスの有無を判定するための遺伝子検査が行われる。感染研では、エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱等、一類感染症疑いの検査は、その緊急性、重要性から、休日・深夜にかかわらず迅速に実施する体制で臨んでいる。今回の西アフリカにおけるEVD流行に関連する検査においては、ウイルス第一部職員だけでなく、関係機関との連絡や警備体制の確保等、各部署の担当者との連携の下に実施された。2014(平成26)年10月~2015(平成27)年5月まで、エボラ出血熱の疑似症となった7例の患者はすべてエボラウイルス遺伝子検査陰性であった。

通常、病原体不明の検体の取り扱い(遠心分離、分注、不活化など)は、適切な個人防護具PPEと安全キャビネットの使用等、バイオセーフティに留意した上でバイオセーフティレベル(BSL)2実験室内で行われることが多い。しかし、エボラ出血熱疑いの場合は、より高度な封じ込めレベルと作業員の安全を確保するため、BSL3実験室内で作業を行っている。BSL3実験室の安全キャビネット内で、蛋白質変性剤を含むRNA抽出用バッファーと混合された血液検体は(この時点でウイルスは不活化される)、PCR用検査室に搬入され、クリーンベンチ内でRNA抽出等の作業が行われ、遺伝子増幅検査に供される。

今回の西アフリカにおけるEVD流行以前にも、過去18年間で30名以上の一類感染症が疑われる例が国内で発生している。従来の一類感染症疑い検査は、アフリカ等、ウイルス性出血熱の発生地域およびその周辺地域からの帰国者で、発熱があり、赤痢、黄熱、マラリア等が否定された患者について、主治医より原因究明の相談があって、念のために検査を行ったものである。これまで、すべて緊急対応によりウイルス第一部において検査が行われ、陰性が確認されている。

エボラ出血熱の検査法
西アフリカの流行地で実施されているEVD診断は、そのほとんどが市販のキットを用いた、L遺伝子をターゲットにしたリアルタイムPCRである(一部、イムノクロマト法を用いた迅速診断テストも使用されているが、感度が低いため、偽陰性が生ずる場合がある)。一方、感染研で行われているエボラウイルス遺伝子検査はL遺伝子をターゲットにしたリアルタイムPCRとコンベンショナルPCR、および、NP遺伝子をターゲットにしたコンベンショナルPCR(1stおよびnested PCR)が用いられている。これらのPCRは、西アフリカで流行しているEVDの原因ウイルス(ザイールエボラウイルス)のみならず、アフリカでしばしば流行がみられるスーダン、ブンディブギョエボラウイルスなども同時に検出できるようにデザインされている。遺伝子抽出後においては、nested PCRを含め、すべてのPCRが終了し、結果を判定するまで長時間を要する。偽陰性、偽陽性により無用な混乱を生じさせないためにも複数のPCR検査が必要であり、感染研ではリアルタイムPCRおよびコンベンショナルPCRを同時に行っている。

PCR検査でエボラウイルス陽性の場合は、PCR産物の遺伝子配列を決定するとともに、検体からのウイルス分離培養によりウイルスの存在を確認することが必要となる。エボラ出血熱と確認された患者の検体は感染研村山庁舎のBSL4施設内で取り扱われる必要がある。また、ウイルス分離培養検査、および、エボラウイルス感染患者の経過を追った検査についても同様である。さらに、患者が回復した場合、分離培養検査等を実施して、患者の体液中に感染性ウイルスが存在しないことを確認することが求められ、患者の退院のための重要な指標となる。また、患者の家族、接触者の追跡調査が感染拡大防止に必須となる。

ウイルス性出血熱診断法の評価
エボラ出血熱などのウイルス性出血熱の遺伝子検査には、感染研ウイルス第一部で開発したPCRプライマー、あるいは、文献等で公表されているPCRプライマー、PCR条件等をさらに至適化されたものを用いている。また、血清学的診断にはそれぞれのウイルスの組換え蛋白質を抗原とした抗体検出法(ELISA 、蛍光抗体法)を用いている。それぞれのウイルスの抗原に対するモノクローナル抗体も独自に作製し、これらを用いたウイルス抗原検出ELISA も開発済みである。現在、感染研で実施可能なウイルス性出血熱の診断法をにまとめた。

現在、BSL4施設の基準を満たした施設が感染研村山庁舎に設置されているものの、いまだBSL4施設として指定されておらず、エボラウイルス、マールブルグウイルス等の一種病原体の保持、使用も認められていない。このため、ウイルス第一部では、国外のBSL4施設が稼働している研究機関(米国CDC、英国PHE、フランスINSERM等)の協力を得て、それらの機関が有する感染性ウイルスあるいは、患者材料(血清等)を用いて、開発したウイルス性出血熱診断法の有用性を評価してきた。さらに、G7国およびメキシコが参加する世界健康安全保障グループラボラトリーネットワーク(GHSAG-LN)のウイルス性出血熱ワークショップに参加し、ウイルスRNAや血清材料の提供を受け、これらを用いて診断技術の評価を行ってきた。

BSL4病原体そのものを保持、使用しないなど、いくつかの制約がある中で、ウイルス性出血熱の検査対応と、診断法の改良、開発が行われてきた。しかし、BSL4施設でなければ実施できない必須の検査もあることから、BSL4稼働に向けた基盤を整備する必要がある。 

 

国立感染症研究所ウイルス第一部 福士秀悦

 

 

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