わが国における劇症型溶血性レンサ球菌感染症の疫学
(IASR Vol. 36 p. 153-154: 2015年8月号)
劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome: STSS)は、病状の進行が急激かつ劇的で、発病から数十時間以内にショック症状、多臓器不全、急性呼吸窮迫症候群、壊死性筋膜炎などを伴う、致命率の高い感染症である。わが国では2006年に届出基準が変更され、現在はショック症状に加えて肝不全や腎不全、播種性血管内凝固症候群(DIC)、軟部組織炎などのうち2つ以上を伴うβ溶血性レンサ球菌による感染症が届出対象となっている。
前回のIASR特集(IASR 33: 209-210, 2012)では、2006年4月1日~2011年末までに届出のあった698例について報告した。本稿では主に2012~2014年の3年間について概要を報告する。この3年間では712例が報告された(本号1ページ特集の表1参照)。前回報告のおおよそ半分の期間で同等数が報告されたこととなる。また、2012年以降は年間200例以上報告されているが、2015年は第24週の時点ですでに204例である(図1)。毎年の報告数は2011年より増え始め、2012年以降もその傾向は継続している。2012~2014年の3年間で患者はすべての都道府県で発生し、ほとんどの都道府県では人口10万人当たりの報告数が1未満であるが、富山県(1.86)、鳥取県(1.38)、福井県(1.13)、愛媛県(1.07)は1を超えていた。前回の報告と同様の、北陸・山陰地方からの報告が多いという地理的傾向を認めている。
患者の年齢中央値は67歳〔四分位範囲(以下IQR): 54-78〕(男67歳[IQR:52-77]、女67歳[IQR:55-80])、性比は1.1(男370、女342)であった(本号2ページ特集の図2参照)。合併症としては腎不全(69%)、DIC(68%)、軟部組織炎(60%)が多かった。これらを年齢別にみると、肝不全や腎不全および軟部組織炎は小児に比べ成人に多く、痙攣や意識障害などの中枢神経症状は小児に多かった(図2)。
溶血性レンサ球菌のLancefield分類は、細胞壁多糖体抗原の免疫学的差異に基づく血清学的な分類であり、A~V(I、Jを除く)の20群に分類される。人への病原性との関連で重要なのはA~G群である。2006年以降、わが国のSTSS患者から分離されていたのはA群が最も多い(図1)。しかし、近年ではB群やG群の患者報告数および割合が増えており(図1および本号1ページ特集の表1参照)、このような傾向は世界的にもみられている1, 2)。病態・症状を血清群別にみると、B群に比べ、A群とG群では軟部組織炎が多い(図3)。年齢でみると、A群患者の年齢の中央値は64歳[IQR:47-75]、B群は65歳[IQR:53-78]、G群は75.5歳[IQR:63-83]であり、G群は高齢者に多い(図4)。この傾向は2012~2014年でも変わりはない。B群溶血性レンサ球菌(GBS)は、新生児において垂直感染による髄膜炎を起こすことが知られている。新生児のGBSによる劇症型感染症は劇症型溶血性レンサ球菌感染症として届出の対象であることに注意されたい。
2012~2014年までの712例中、死亡例は207例(29%)であった。年齢の中央値は72歳[IQR:59-83](死亡報告のない例:65歳[IQR:51-76])で、その76%が発病から3日以内に死亡し、41%が発病日当日もしくは翌日に死亡していた。病態・症状をみると、死亡例では腎不全や急性呼吸窮迫症候群、中枢神経症状が多い傾向にあった。発生動向調査における死亡例は原則届出時に死亡報告があるもののみであり、届出後に死亡した例は含まれていない。よって実際の致命率はさらに高い可能性があると考えられる。
本稿では、感染症発生動向調査に基づいたわが国における劇症型溶血性レンサ球菌感染症の疫学について記述した。本症は重症度が高いだけでなく、近年増加傾向にあり、本症の微生物学的および病理学的・疫学的な分析に基づく病態解明や適切な診療の確立が重要である。感染症発生動向調査は届出時のみの情報に基づくという制限があるものの、中長期的な発生動向や、基本的な疫学の変化を追跡する上で重要であり、届出を行う医師や保健所等の協力が今後も欠かせない。
参考文献
- Lamagni TL, et al., Clin Infect Dis 2013; 57: 682-688
- Rantala S, Eur J Clin Microbiol Infect Dis 2014; 33: 1303-1310
国立感染症研究所感染症疫学センター