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MERSコロナウイルスのヒト-ヒト感染事例(2015年10月現在)

(IASR Vol. 36 p. 233-234: 2015年12月号)

世界保健機関(WHO)へ報告された中東呼吸器症候群(MERS)の検査診断による確定例は、2012年~2015年11月13日までに、26カ国より、1,618例(うち死亡579例、致命率36%)となっており1)、このうちの7割を超える確定例はサウジアラビアから報告されている()。

MERSコロナウイルス(MERS-CoV)の自然宿主はラクダとする研究結果が集積しつつあり、ヒトへの感染源として最も有力視されている。一方で、院内や家族内での感染伝播は輸入例を発端とするものも含め、継続的に報告されている。本稿では、これまで発表された、これらの限定的なヒト-ヒト感染の主な事例について述べる。なお、2015年5月以降に報告された韓国の発生状況については本号5ページを参照していただきたい。

中東の国における報告例
ヨルダン:最初に確認された院内感染事例であり、2012年4月に発生した2)。MERS-CoVが同年9月に同定された後に、同一医療機関内で同時期に発生した呼吸器感染症の13例を対象として、PCR検査や抗体検査を用いて後方視的研究を行ったところ、9例で疫学的関連を認めた。

サウジアラビア
・2013年:後方視的研究により、4つの医療機関から計23の確定例、検査診断が実施されなかった計11の可能性例の集積が確認された。主な感染場所は透析室と集中治療室と推定され、ヒト-ヒト感染は最大で五次感染となったが、医療従事者からの二次感染例はなかった3)

・2014年:西部に位置するJeddahにおいて、1~5月にMERS症例の増加を認めたため、確定例に対して後方視的に調査を行った。調査対象の255例のうち医療従事者が31%を占めた。また、感染機会の情報が得られた109例のうち、76%は医療施設への受診または訪問歴があり、MERS症例増加は医療機関でのヒト-ヒト感染によるものと推定した4)

・2015年:東部に位置するHofufの医療機関において、4~7月に40例以上の確定例を認めた。さらに10月にも7例の確定例(うち1例は医療従事者)が報告されており、院内感染が疑われている5)

中東以外の国における報告例
輸入例を発端とした限定的なヒト-ヒト感染が、韓国(本号5ページ)、フランス、英国、チュニジアから下記のように報告されている。

フランス6):2013年、ドバイから帰国して発症した症例(#1)から、病室とトイレを共有していた入院患者1例(#2)に感染した。この2例はもともと免疫抑制状態にあった。#1は4月23日の入院時点では呼吸器症状はなく、発熱と消化器症状を呈していた。26日の気管支肺胞洗浄検査では病原体と同定される所見は無かったが、29日に呼吸状態が悪化し、5月1日に初めてMERSが疑われ診断に至った。100名以上の病院スタッフ(輸入例のMERS診断前には個人防護具装着なし)を対象に行った調査では二次感染例は認めなかった。

英国7):2013年、サウジアラビアから英国へ移動中であった飛行機内で、発熱と上気道炎症状を呈した(#1)。発症から8日目の1月30日に医療機関を受診し、翌日入院。2月1日にインフルエンザA陽性となり、抗インフルエンザ薬が投与されたが、呼吸器症状が悪化したため7日にMERSが疑われ、検査し診断に至った。この症例から家庭と病院で接触のあった2名の家族に感染した。その他の接触者については飛行機の乗客を含めて他に感染例は確認されなかった。

チュニジア8):潜伏期間内にカタールに渡航していた症例がチュニジアに帰国する際に上気道炎症状を呈し、帰国後にMERSと診断された(#1)。基礎疾患として糖尿病があった。カタールで共に行動していたこの症例の娘(#2)と、看護師でチュニジアの自宅と病院で症例の看護にあたった息子(#3)でMERS-CoV感染が確認された。他の家族や医療従事者である接触者には感染例は確認されなかった。

 現在のところ、MERS-CoVのヒト-ヒト感染は、医療機関内で高齢者、基礎疾患や免疫低下のある症例での限定的な発生が主体である。持続的なヒト-ヒト感染を示唆するような疫学的特徴への変化を見逃すことのないよう、今後も国際的な発生状況の監視と迅速な情報共有に努めることが重要である。


参考文献
  1. WHO, Coronavirus infections, Disease outbreak news  
    http://www.who.int/csr/don/archive/disease/coronavirus_infections/en/
  2. Hijawi B, et al., East Mediterr Health J 19  (suppl 1) (2013): ppS12–S18
  3. Assiri A, et al., N Engl J Med; 369: 407-416, 2013
  4. Oboho IK, et al., N Engl J Med; 372: 846-854, 2015
  5. Ministry of Health, Kingdom of Saudi Arabia (アラビア語を自動翻訳)
    http://www.moh.gov.sa/Ministry/MediaCenter/News/Pages/News-2015-10-28-001.aspx
  6. Guery B, et al., Lancet 381: 2265-2272, 2013
  7. The Health Protection Agency UK Novel Corona- virus Investigation team, Euro Surveill. 2013; 18(11):pii=20427
  8. Abroug F, et al., Emerg Infect Dis; 20(9): 1527-1530, 2014


国立感染症研究所感染症疫学センター 島田智恵

 

 

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