国立感染症研究所

IASR-logo

海外における日本脳炎の流行状況とその対策

(IASR Vol. 38 p.166-168: 2017年8月号)

日本脳炎は東アジアから東南アジア, 南アジアにかけての温帯地域, 熱帯地域に広く流行している重篤な急性脳炎である。近年, これまでにその存在が知られていなかったパプアニューギニア, オーストラリア, 中国のチベット自治区でも日本脳炎の流行域が拡大し, その動向が注目されている1)。また2016年にはアンゴラで日本脳炎ウイルスと黄熱ウイルスの共感染が報告されている2)。日本, 台湾, 韓国, タイなどでは早期に日本脳炎ワクチンが導入され, その流行が制御されているが, フィリピンのように日本脳炎の流行地域であっても, 日本脳炎ワクチンが導入されていない地域もある。したがって世界保健機関(WHO)ではワクチンによって制御できる疾患である日本脳炎の対策に取り組んでおり, 日本脳炎のサーベイランスシステムの構築, 日本脳炎ワクチンの導入に対する技術支援が実施されている。

2011年の推計によると, 世界で毎年67,900人が日本脳炎を発症し, その年間発生率は10万人当たり1.8人である(以下の記載はすべて年間発生率)。このうちの約50%にあたる33,900人は中国で発生している。患者の約75%は14歳以下の小児であり, 発生率は10万人当たり5.4人である3)。日本脳炎ウイルスに感染してもそのほとんどは不顕性であるが, 日本脳炎をひとたび発症すると致死率は20~40%で, 幼少児や高齢者では死亡の危険が大きく, 回復しても生存者の45~70%において麻痺, 神経発達遅滞, 精神障害などの精神神経学的後遺症が認められる。WHOは日本脳炎ウイルスの制御により, 日本脳炎流行地域の患者発生率を10万人当たり0.5人未満に減少させることを目標としており, そのために日本脳炎の流行しているすべての地域に対して日本脳炎ワクチンの接種を推奨し, その実施を支援している。特に日本脳炎のサーベイランス, 日本脳炎ワクチンの導入, 大規模な日本脳炎ワクチンキャンペーン, 日本脳炎ワクチンの有効性とワクチン導入計画の評価に対して技術支援を提供している1)

わが国では1924年に患者数6,125人(死者3,797人)の流行が認められ, 1966年までは毎年数百人~数千人の日本脳炎患者が報告された。しかしながら1954年に不活化日本脳炎ワクチンが開発され, 1967~1976年には小児のみならず成人も対象とした特別対策が導入されると, 患者数は急速に減少し, 1972年以降は100名前後の流行, さらに1992年以降は10人前後の流行に留まっている。同様にワクチンを早期に導入した台湾,韓国, タイ等においても患者数の減少が認められている。台湾では1938年に最初の患者が報告され, ウイルスが分離されている。1968年には新生児と小児を対象としたワクチンキャンペーンが開始され, 1967年には10万人当たり2.05人であった発生率が1997年には0.03人に減少し, 現在も年間数十例の発生に留まっている。韓国では1946年に日本脳炎患者が確認され, 1949年にはサーベイランスの対象疾患となった。数百~数千人の患者が1983年以前には毎年報告されていたが, 1971年に日本脳炎ワクチンが導入され, 1983年にワクチンキャンペーンが開始されると, 日本脳炎患者は年間数十例に減少し, 発生率は10万人当たり0.01~0.06人となった。タイでは1961年に最初の日本脳炎患者が確認され, 1970~1980年代にかけて毎年数千人の患者が報告された。日本脳炎ワクチンが1990年に導入されると患者数は減少し, 2002~2008年には数百例の患者が報告されたが, 2013年以降の患者数は50例以下である(1,4)

中国では1940年代に最初の日本脳炎患者が報告され, 1951年にはサーベイランスの対象疾患とされている。日本脳炎の発生率は1971年には10万人当たり20.9人であったが, 日本脳炎ワクチンが1970年代に導入され, 2008年に定期接種化された結果, 1996年には10,308人であった患者数は2010年に2,541人にまで減少し, 現在は毎年数百~数千人の日本脳炎患者が報告されている()。ベトナムでは1951年に日本脳炎ウイルスが初めて分離され, 1960年代には発生率が10万人当たり22人であった。主な流行地域は北部の紅河デルタおよび南部のメコンデルタ地域である。ベトナムでは小児を対象とした日本脳炎ワクチンが1997年に導入され, その発生率は10万人当たり1~8人と減少し, 現在は毎年数百例の患者が報告されている。インドでは1955年に日本脳炎に対する血清学的調査が実施され, その存在が確認された。2005年にはインド北部で5,700人(死者1,315人)の患者が発生し, 2006年に日本脳炎のリスクの高い11の地域において小児を対象としたワクチンキャンペーンが開始された。小児を対象としたワクチンキャンペーンが開始されると成人における日本脳炎患者の増加が認められたため, 2014年には9つの州の179の地域において小児のみならず成人も対象としたワクチンプログラムが開始された。2016年には1,627人の患者が報告されている1,4)

フィリピンでは1950年代に日本脳炎が確認され, 1977年には日本脳炎ウイルスが分離されている。2010年には181人, 2015年には115人, 2016年には312人の日本脳炎患者が報告されたため, 2018年に日本脳炎ワクチンが導入される予定である。ラオスでは2015年に, カンボジアでは2016年にワクチンキャンペーンが開始され, インドネシアでは2017年にバリ島で, ミャンマーでも2017年にワクチンキャンペーンを開始する予定である1)

日本脳炎ウイルスの分布域は拡大傾向にあり, パキスタンでは1992年に初めて日本脳炎患者が報告されている。またこれまでに日本脳炎の報告がなかったパプアニューギニアにおいて1997年に患者の報告がなされた。さらに1995年にはオーストラリアのトレス海峡に位置するBadu島, 1998年にはBadu島・ヨーク岬半島にて日本脳炎患者の発生が報告され, アジア以外の地域への日本脳炎ウイルスの広がりが明らかになった。オーストラリアでは, 1988年のブタの血清学的調査によりクイーンズランド州北部において日本脳炎ウイルスが広く分布していることが示されており, 日本脳炎のリスクの高い地域においては日本脳炎ワクチンが導入されている。中国では2009年にこれまで日本脳炎が報告されていなかったチベット自治区において日本脳炎ウイルスがコガタアカイエカから分離され, 日本脳炎の流行域が拡大していることが認められた1,4)。しかしながらパプアニューギニア, パキスタン, バングラデシュ, ブータン, シンガポール, ブルネイ, 東ティモールでは日本脳炎ワクチンの導入計画はない1)

わが国におけるブタの血清学的調査により日本脳炎ウイルスは現在も国内に広く分布していることが示されている。また, パプアニューギニア, オーストラリア北東部から東アジア, 東南アジア, 南アジア, 中東の一部にかけて日本脳炎ウイルスは広く分布しているため, 日本脳炎ワクチンは旅行者ワクチンとしても重要である。2016年にはアンゴラにおいてアフリカ大陸における初めての国内症例も報告されており, 今後の日本脳炎の流行動向には注意を要する。日本脳炎はワクチンによって予防可能な疾病であるため, 今後も日本脳炎ワクチンの接種および日本脳炎に対するサーベイランス等の対策を継続することが国際的にも求められている。

 

参考文献
  1. WHO Weekly Epidemiological Record 92(23): 323-331, 2017
  2. Simon-Loriere E, et al., N Engl J Med 376(15): 1483-1485, 2017
  3. Campbell GL, et al., Bull World Health Organ 89(10): 766-774, 2011
  4. Wang H, Liang G, Ther Clin Risk Manag 19(11): 435-448, 2015

 

国立感染症研究所ウイルス第一部
 林 昌宏 加藤文博 田島 茂 谷口 怜 前木孝洋 中山絵里 西條政幸

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version