国立感染症研究所

 

黄熱のリスクアセスメント

2017年10月10日
国立感染症研究所

今回、2016年12月からのブラジル連邦共和国(以下、ブラジル)での黄熱流行、および、2017年9月6日にブラジル保健省が同事例の終息を宣言したことをうけ、リスクアセスメントを更新した。今後も、状況の変化に応じて、随時更新する予定である。

squre 背景

 黄熱は、黄熱ウイルス(フラビウイルス科フラビウイルス属)による感染症であり、感染症法上は、4類感染症に分類される。宿主はヒトとヒト以外の霊長類(サル)である。媒介動物でありまた保有宿主でもある蚊に刺されることにより感染する。ヒトへの感染は、主にAedes属の蚊の刺咬による。蚊の生息域に従い、アフリカでは北緯15度から南緯15度の熱帯地方、南アメリカでは北はパナマから南緯15度の熱帯地方で、流行が見られる1)。同地域において、9億人が感染リスクにさらされていると推測されている。黄熱の正確な患者数は明らかでないが、世界保健機関(WHO)の試算では、年間84,000~170,000人の患者が発生し、死者は最大で60,000人に及ぶとされている2)。2013年にアフリカで13万人の患者が発生し、78,000人が死亡したとする試算もある3)

 黄熱ウイルスは、①熱帯雨林(森林)型サイクル、②都市型サイクル、③中間(サバンナ)型サイクルの3つの生活環で自然界において維持されている4)。熱帯雨林(森林)型サイクルは、森林内での、主にヒト以外の霊長類と蚊の間での伝播であり、アフリカではAedes africanus、南アメリカではHaemagogus属およびSabethes属の蚊が媒介する。都市型サイクルは、ヒトと蚊の間での伝播で、いずれの地域でもネッタイシマカ(Aedes aegypti)が媒介する。中間(サバンナ)型サイクルはアフリカのジャングルの周辺境界部でみられ、ヒト-蚊-ヒト以外の霊長類の間での感染環で維持されている。いずれも蚊を媒介して感染が成立する。基本的に、ヒトの体液等の直接的接触によっても、ヒトからヒトへの感染は起こらないとされている5)

 黄熱ウイルスに感染したとしても、多くは不顕性感染である。一部の感染者が3-6日の潜伏期間ののち発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、背部痛、悪心嘔吐等の症状を呈する。発症した患者の15%が重症化し、数時間から一日程度の寛解期を経て、発熱が再燃し、黄疸や出血傾向などを来たし、ショックや多臓器不全に至る場合がある。重症化した場合の致命率は20~50%と高い。特異的な治療法はなく、対症療法が中心となる。

 予防には黄熱ワクチンの接種が有効である。日本国内で使用されている17D-204株由来黄熱ワクチンは、接種後10日および14日には、それぞれ90%とほぼ100%の接種者で中和抗体が産生される6)。黄熱ワクチンの安全性は高いとされているが、生後9ヶ月未満の小児、重症筋無力症や胸腺腫などの胸腺に関連した疾患を有したことがある者、明らかな発熱を呈している者、重篤な急性疾患にかかっている者、卵・鶏肉・ゼラチン・ゴム製品に対して重篤なアレルギーのある者や重度の免疫不全を有する者等には、接種禁忌である。妊娠又は妊娠している可能性のある女性への接種は、予防接種の有益性と危険性を鑑み、判断する必要がある。また、60歳以上の人では接種後の副反応のリスクが増すため、注意が必要である。黄熱ワクチンについては、2016年7月に国際保健規則(International Health Regulations)の改定がなされ、ワクチン接種による有効期間が10年から一生涯に変更された7)8)

 このように黄熱は、重篤化する可能性がある一方で、予防接種により予防可能な疾患であることから、黄熱ウイルスに感染するリスクのある国・地域(黄熱リスク国・地域)の中には、入国に際し、黄熱予防接種証明書(イエローカード)の提示を義務づけている国がある(http://www.forth.go.jp/useful/yellowfever.html#world_list)。こうした国に入国する際は、入国10日前までに黄熱の予防接種を受けていることが必要である。提示が義務づけられていないが、黄熱流行のリスクがある国に入国する場合にも、事前に予防接種を受けておくことが推奨されている。なお、日本国内では黄熱ワクチンの接種は、検疫所及びその他の特定の機関においてのみ可能である。

squre 疫学情報と対応

リスク国・地域での状況

●南アメリカ

  • 南アメリカでは、2017年に入り、これまでに、エクアドル、コロンビア、スリナム、ブラジル、ペルー、ボリビア、フランス領ギアナの7か国から黄熱確定例が報告されている9)10)
  • ブラジルにおける今回の流行では、WHOによると、2016年12月から2017年5月31日の間に、ブラジル全土で792例の黄熱確定例が報告され(確定例における致命率35%[274/792例]、2017年7月10日現在)9)、その後、報告数は減少し、2017年9月6日にブラジル保健省が流行の終息を宣言した11)。
  • 今回のブラジルでの黄熱流行をうけ、WHOは2013年に公表した、海外渡航者に対するワクチン接種の推奨および、黄熱の伝播リスクのある地域についての情報を、順次、改訂している。2017年4月4日時点で、Rio de Janeiro市を含むRio de Janeiro州全域、São Paulo市の市街地を除くSão Paulo州全域が黄熱の伝播リスクのある地域に含められ12)、渡航者等へのワクチン接種が推奨されている(https://ecdc.europa.eu/en/publications-data/cases-yellow-fever-brazil-9-june-2017)。

●アフリカ

  • 2015年12月よりアンゴラ共和国(以下、アンゴラ)で黄熱が流行した。2015年12月5日から2016年10月20日の間に、アンゴラ国内にて、377例の死亡を含む4347例の疑い例が報告され、そのうち884例は検査にて診断された確定例であった13)。黄熱流行を受け、大規模なワクチン接種キャンペーン等が実施された。2016年12月23日、アンゴラ保健省により、国内の流行の終息が宣言された14)
  • アンゴラでの事例に端を発し、2016年1月よりコンゴ民主共和国においても、黄熱流行が発生した。2016年1月1日から2016年10月26日の間に、コンゴ民主共和国内にて、78例の検査にて診断された確定例を含む、2987例の疑い例が報告された。78例の確定例のうち、57例はアンゴラからの輸入例、8例は森林型サイクル由来の国内感染例、13例はそれ以外の国内感染例であった13)。対策として、大規模なワクチン接種キャンペーン等が行われた。2017年2月14日、コンゴ民主共和国により、国内流行の終息が宣言された15)
  • アンゴラからの輸入例として、ケニア共和国で2例の患者が報告された16)
  • 2016年に、アフリカでは、上記以外の複数の国からも黄熱症例が報告されている16)

リスク国・地域以外での状況

  • 日本においては、第二次世界大戦終戦以後、輸入例を含め、黄熱の発生報告はない。
  • アメリカ合衆国とヨーロッパにおいて、1970~2015年の間、計10例の海外渡航者による輸入例が報告されている。渡航先は、西アフリカが5例、南アメリカが5例であった17)
  • 2016年以前は、アジア、オセアニア地域では、黄熱患者発生の報告はなかった。2015-2016年のアンゴラでの流行に関連し、2016年3月13日に中国で1例目の黄熱輸入例が報告された。その後、計11例の輸入例が報告された16)

squre 国内侵入、国内発生に関するリスクおよび対応

  • ワクチン未接種の者が、南アメリカやアフリカの黄熱リスク国・地域で蚊にさされることで、黄熱ウイルスに感染し、日本国内で黄熱と診断される可能性がある。
  • ブラジルでは流行の終息が宣言されたものの、すべての州でネッタイシマカが生息しており、12月から7月にかけて、蚊の発生数は増加し、活動性が高まることから、今後も注意する必要がある18)19)
  • ネッタイシマカは、日本国内には生息していない。ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)は、2016 年時点で本州以南の地域に分布することが明らかとなっている20)。ヒトスジシマカのヒトに黄熱ウイルスを媒介する能力は、ネッタイシマカのそれよりも低いと報告されているが21)、更なる科学的検討が必要である。ただし、これまでに輸入例が報告されたアメリカ合衆国、ヨーロッパ、中国において、輸入例を発端とした国内感染例は報告されていない。現時点では、ワクチン未接種の入国者を介して黄熱ウイルスが国内に持ち込まれることが原因となり、蚊とヒトの間で感染環が成立して黄熱が国内で流行する可能性は低いと考えられる。
  • 医師は、患者の渡航歴を聴取することを徹底し、関係機関は、黄熱リスク国・地域への渡航歴がある者が発熱を認めた場合には、患者に早期に医療機関を受診するように勧める。また、黄熱リスク国・地域からの帰国者が医療機関を受診する場合においては、医師に自身の渡航歴について説明することが重要である。
  • ブラジルは黄熱の伝播リスクがあるにもかかわらず、入国に際し、黄熱に感染する危険のある国から来る渡航者(9ヶ月齢以上)以外には、黄熱予防接種証明書の提示を義務づけていない22)。しかし、現在の流行状況を鑑み、ブラジルの流行地域への渡航者については、最新の流行地域情報を参照し(http://www.forth.go.jp/topics/fragment3.html)、必要時、黄熱の予防接種を受けることが推奨される。また、黄熱リスク国・地域へ渡航する者は、黄熱予防接種証明書の提示が義務づけられているか否かに関わらず、黄熱の予防接種を受けることが推奨される。
  • 黄熱の発生状況の変化にともない、流行国およびその周辺国では、黄熱に対する検疫の対応が変わる可能性があることから、渡航予定者は、渡航先の在外公館からの最新の情報に十分に注意する必要がある。
  • 黄熱リスク国・地域では、蚊に刺されないように、長袖、長ズボンの着用、蚊の忌避剤の利用が推奨される。

squre 参考文献

  1. Jentes ES, et al. The revised global yellow fever risk map and recommendations for vaccination, 2010: consensus of the Informal WHO Working Group on Geographic Risk for Yellow Fever. Lancet Infect Dis. 2011 Aug;11(8):622-32.
  2. Fact Sheet: Yellow fever, WHO. Mar 2016. http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs100/en/
  3. Garske T, et al. Yellow Fever in Africa: estimating the burden of disease and impact of mass vaccination from outbreak and serological data. PLoS Med. 2014 May 6;11(5):e1001638.
  4. Monath TP. Yellow fever: an update. Lancet Infect Dis. 2001 Aug;1(1):11-20.
  5. ECDC. Factsheet for health professionals, last updated: 21 March 2017. http://ecdc.europa.eu/en/healthtopics/yellow_fever/factsheet-health-professionals/Pages/factsheet_health_professionals.aspx
  6. Wisseman CL Jr, et al. Immunological Studies with Group B Arthropod-Borne Viruses. I. Broadened Neutralizing Antibody Spectrum induced by Strain 17D Yellow Fever Vaccine in Human Subjects previously infected with Japanese Encephalitis Virus. Am J Trop Med Hyg. 1962 Jul;11:550-61.
  7. Q&A on the Extension to life for yellow fever vaccination. http://www.who.int/ith/annex7-ihr.pdf?ua=1
  8. Staples JE, et al. Yellow Fever Vaccine Booster Doses: Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices, 2015. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2015 Jun 19;64(23):647-50.
  9. Epidemiological Update: Yellow fever, PAHO/WHO. 10 July 2017. http://www.paho.org/hq/index.php?option=com_docman&task=doc_download&Itemid=270&gid=40841&lang=en
  10. Yellow fever – France – French Guiana. Disease outbreak news. 30 August 2017. http://www.who.int/csr/don/30-august-2017-yellow-fever-french-guiana/en/
  11. http://portalsaude.saude.gov.br/index.php/cidadao/principal/agencia-saude/29502-ministerio-da-saude-declara-fim-do-surto-de-febre-amarela
  12. Yellow fever – Brazil. Disease outbreak news. 4 April 2017. http://www.who.int/ith/updates/20170404/en/
  13. Situation Report: Yellow fever, WHO. 28 October 2016. http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/250661/1/yellowfeversitrep28Oct16-eng.pdf?ua=1
  14. http://www.afro.who.int/pt/angola/press-materials/item/9290-angola-declara-oficialmente-fim-da-epidemia-de-febre-amarela.html
  15. http://www.afro.who.int/en/media-centre/pressreleases/item/9377-the-yellow-fever-outbreak-in-angola-and-democratic-republic-of-the-congo-ends.html
  16. Situation Report: Yellow fever, WHO. 21 July 2016. http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/246242/1/yellowfeversitrep-21Jul16-eng.pdf?ua=1
  17. CDC. Yellow Fever. http://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2016/infectious-diseases-related-to-travel/yellow-fever
  18. Campos M, et al. Seasonal population dynamics and the genetic structure of the mosquito vector Aedes aegypti in São Paulo, Brazil. Ecol Evol. 2012 Nov;2(11):2794-802.
  19. ECDC. Rapid risk assessment : Outbreak of yellow fever in Brazil, 25 January 2017. http://ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/Risk-assessment-yellow-fever-outbreak-Brazil-25-jan-2017.pdf
  20. 国立感染症研究所 デング熱・チクングニア熱等蚊媒介感染症の対応・対策の手引き 地方公共団体向け 平成28年9月26日改訂 http://www.nih.go.jp/niid/images/epi/dengue/DENCHIKFClincGuide20160929.pdf
  21. ECDC. Rapid Risk Assessment : Outbreak of yellow fever in Angola, 24 March 2016. http://ecdc.europa.eu/en/publications/Publications/yellow-fever-risk-assessment-Angola-China.pdf
  22. Annex 1 - Countries with risk of yellow fever transmission and countries requiring yellow fever vaccination: 2017 updates. http://www.who.int/ith/2017-ith-annex1.pdf?ua=1

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version