デング熱国内感染症例の積極的疫学調査結果の報告
(掲載日 2015/6/23 更新日 2015/6/25) (IASR Vol. 36 p. 137-140: 2015年7月号)
デング熱はデングウイルスの感染により引き起こされる蚊媒介性の急性熱性疾患であり、突然の発熱で発症し、発症1日前から発症後おおむね5日目までの有熱期間にはウイルス血症となる。この時期に感染者が媒介蚊に刺咬されると、その蚊はデングウイルスを取り込み、刺咬から7日には次の吸血以降ヒトを感染させることが可能になる1)。ヒトでの感染は約50~80%が症状のないまま経過する不顕性感染といわれている。なお、2014年に発生した国内デング熱事例はヒトスジシマカにより媒介された。詳細は「デング熱とは」http://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/238-dengue-info.htmlを参照されたい。
2014(平成26)年8月以降、約70年ぶりに国内でデング熱に感染した症例が確認されたことを受け、厚生労働省は関連自治体の協力を得てデング熱国内感染症例に関して、感染症法第15条に基づく積極的疫学調査として、1.感染症法に基づき届出がなされた症例についての、さらに詳細な情報の収集と解析、2.多くの症例の感染場所と推定された代々木公園またはその周辺に疫学的関連のある者を対象とした血清疫学調査を実施した。本稿はこれらの調査結果についての報告である。
1. 感染症法に基づき届出がなされた症例についての詳細情報の収集
平成26年11月21日に厚生労働省は、同年8月27日から10月31日までの間に報告された計160例のデング熱国内感染症例について、各自治体が実施した積極的疫学調査の結果の報告を求め、158例について情報が得られた。さらに代々木公園を1回のみ訪問した症例(以下1回訪問例)計54例については、潜伏期および公園内での感染リスクの情報を得る目的で、訪問場所、滞在時間の情報についても追加調査を依頼し、44例の追加調査結果が得られた。以下にこれらの調査から得られた初診時の臨床症状およびウイルス血症の時期の行動歴の解析結果について報告する。
1)初診時の臨床症状およびウイルス血症の時期の行動歴
感染機会と推定された場所へ1回のみ訪問歴があった症例は、158例中78例(代々木公園またはその周辺70例、新宿中央公園5例、その他都内の公園3例)であった。それらの推定感染地の訪問日から発症日までの期間を潜伏期として算出すると、中央値6日〔四分位範囲(IQR)5~8、範囲2-13〕であった。
初診時の臨床症状が得られたのは158例中68例で、うち67例(99%)で38度以上の発熱がみられ、以下、割合の多い臨床症状は頭痛(46%)、関節痛(43%)、筋肉痛(31%)であった(表1)。また、嘔気(18%)、嘔吐(12%)、下痢(13%)などの消化器症状が認められた。発症から初診までの日数については中央値3日(IQR1~5)であった。
蚊が感染者を刺咬した場合に、蚊へウイルスを供給する可能性が高いウイルス血症の時期(発症前日からおおむね発症後5日目までの6日間)の行動歴が得られたのは69例で、外出は延べ227回であった(図1)。そのうち、代々木公園およびその周辺への訪問歴のあったのは、9例(13%)で、延べ30回であった。訪問の時期による症例数は、発症前日8例(その日外出した症例の16%、以下同じ)、発症当日8例(18%)、同2日目5例(12%)、同3日目2例(6%)、同4日目3例(10%)、同5日目4例(15%)であった(図1)。これらの症例は通勤・通学・余暇などの目的で同公園およびその周辺に立ち寄っていた。
2)1回訪問症例における代々木公園での行動歴
代々木公園を1回のみ訪問した症例54例のうち、追加調査結果の得られた44例中、滞在時間の回答が得られたのは36例であり、1~4時間が最も多く14例(39%)、次いで30分~1時間7例(19%)、4時間以上6例(17%)、30分未満5例(14%)、不明4例(11%)であった。訪問場所については44例中31例で地図情報が得られたが、刺咬場所を明記していたのは15例であり、北西部(図2、①)、西門周辺(同②)、イベント広場周辺(同③)、原宿門北の道路沿い(同④)、公園東部のバードサンクチュアリ(同⑤)などであった。
防蚊対策については44例中35例で情報が得られた。服装については長袖長ズボンを着用していた者は1例(3%)のみであった。昆虫忌避剤の使用は5例(14%)であった。
2. 代々木公園またはその周辺に疫学的関連のある者を対象とした血清疫学調査
国内例の主な感染推定地となった同公園またはその周辺を習慣的に利用する機会がある集団を対象に、デングウイルスの感染者がどの程度の割合に認められるのか、感染者と非感染者では防蚊対策や同公園等での滞在時間によって何らかの違いがあるか、について検討する調査を、自記式調査票を用いて実施した。国内感染例のうち最も早い発症日が平成26年第32週(8月4日~10日)であったことから、対象期間は、おおむね潜伏期間を含むこととし、あわせて、利用する者が増加する時期である夏季休暇、公園での駆虫や閉鎖などの対策の実施時期を考慮して平成26年7月25日~8月31日までとした。調査対象期間に同公園またはその周辺を頻回に利用していた者や同公園を管理する職員など計375名を対象とし、同年10月から2015(平成27)年2月に調査を実施した。対象者には自記式調査票を配布し調査期間における行動を把握するとともに、デングウイルスの感染の有無を調べるためのデングウイルス抗体検査を希望者に対して実施した。また、すでにデング熱と確定診断され感染症法に基づき届出がなされた症例も集計に加えた。
デングウイルス抗体検査の実施を希望した者は375名中204名(54%)であり、うち男性120名(59%)、女性83名(41%)、性別の記載なし1名であった。これらに、感染症法に基づく届出時に実験室診断が行われた3名(男性1名、女性2名)を加えた計207名のうち、デングウイルス検査の結果が陽性だったのは5%にあたる10名(男性7名、女性3名)であった。検査結果の内容は、抗デングウイルスIgMおよびIgG抗体陽性(n=5)、IgG抗体陽性(n=2)、非構造蛋白質NS1抗原およびIgM抗体陽性(n=2)、またはPCR陽性(n=1)(届出例の結果を含む)であった。IgG抗体のみ陽性という結果の解釈として、抗日本脳炎ウイルス抗体との交叉反応の可能性と、採血の実施日が平成26年12月中旬または2015(平成27)年2月中旬であったためにIgM抗体が既に消褪していた可能性があるが、本稿ではデングウイルス検査陽性例として扱った。陽性例10名について、直近1年間〔2013(平成25)年7月以降〕のデング熱流行地への海外渡航歴はなく、年齢がわかった8名での年齢中央値は24.5歳(範囲18‐65歳)であった。また、病歴が聴取できた9名中5名(56%)には2014年7~8月(採血の3~7カ月前)の時期に発熱を含む症状の自覚がなく、不顕性感染だったと考えられた。
自記式調査票の回答をもとに、代々木公園または周辺での調査期間中の防蚊対策と累積滞在時間〔1日当たりの日照時間中(媒介蚊の活動時間にあたる)の平均滞在時間×調査対象期間中の滞在日数〕をデングウイルス検査陽性例と陰性例とで比較した。
陽性例と陰性例について、表2に示すように、検査結果が判明している207名のうち、年齢、性別の分布について差は認められず、防蚊対策については、服装(長袖長ズボンの着用など)、昆虫忌避剤の使用法、殺虫剤の使用頻度についての質問をしたが、得られた回答の範囲内では陽性例・陰性例の間に有意な差を認めなかった。
一方、表3に示すように、検査結果が判明している207名のうち、74%に当たる154名(陽性例7名、陰性例147名)で累積滞在時間についての回答が得られた。中央値、四分位範囲、範囲、はそれぞれ60時間、24~121時間、0~513時間であった。これらの分布に基づいて累積滞在時間を、I群. 25時間未満、II群. 25時間以上60時間未満、III群. 60時間以上125時間未満、IV群.125時間以上、の4群に分け、陽性例と陰性例における分布をみた(表3)。各群の陽性例の割合はI群0%、II群6%、III群3%、IV群11%であり、累積滞在時間を連続変数とし、陽性例との関連をロジスティック回帰分析で解析したところ、累積滞在時間が長いと有意に陽性者を認める傾向があった(p<0.01)。
調査対象者の代々木公園での活動場所は全域にわたっていたが、蚊の刺咬場所として挙げられていたのは主に公園西部であった。なかでも、陽性者は渋谷門と西門の間(図2、⑥)とイベント広場(同③の渋谷門付近)で蚊に刺されていた。これは、1回訪問症例での刺咬場所とも共通部分を有する場所であった。さらに、これらの場所は、東京都福祉保健局・建設局が発表した、デングウイルスを保有する蚊が採集された場所とも共通していた(蚊の病原体保有調査の結果について http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/09/20o94700.htm、調査地点http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/09/DATA/20o94700.pdf)。
結果のまとめと考察
今回の調査は1.感染症法に基づき届出がなされた症例からの詳細な情報収集と、2.代々木公園またはその周辺を習慣的に利用する機会のある者を対象に行った血清疫学調査であった。1.の調査ではウイルス血症の時期の行動歴調査(図1)より、同時期に外出した症例の6~18%が同公園またはその周辺を訪問していたこと、公園での滞在時間について、30分未満と回答した症例も少なくなく、比較的短時間の滞在でも感染する可能性が示唆された。また、代々木公園での刺咬場所について記憶している例では、刺咬場所が蚊の密度が多い地点と一致していた。長袖長ズボンの着用、昆虫忌避剤の塗布・殺虫剤の使用などの防蚊対策をしていた割合は低かった。2.の調査からは血液検査を受けた対象者の5%にあたる10名がデングウイルス検査で陽性と判断され、発熱の有無の情報が得られた陽性例9名中5名(56%)は不顕性感染であった。また、代々木公園またはその周辺での累積滞在時間の長さと陽性例との関連が示唆された。今回の調査では長袖長ズボンの着用、昆虫忌避剤の塗布・殺虫剤の使用状況などの防蚊対策について、陽性例と陰性例間で差を認めなかったが、昆虫忌避剤の種類やその塗り直しの頻度、殺虫剤の用い方など、蚊の刺咬の防止に効果的な方法だったかに関して情報がないため、解釈が難しいと思われた。
これらをまとめると、ウイルスを保有する蚊が繁殖している場所では短時間の滞在でも感染する可能性はあるものの、より長時間滞在することで感染のリスクがより高まる傾向があることが示唆された。また、行動歴の解析より同公園またはその周辺を習慣的に利用する者は、デングウイルスに感染した場合、発熱などの症状を呈している場合でも同公園等を訪問しており、代々木公園またはその周辺におけるデングウイルスの感染環の維持に寄与していた可能性が否定できなかった。蚊の繁殖期には、野外での活動時間の長短にかかわらず防蚊対策をすることが望ましいが、今回の調査対象者と同様に、蚊の繁殖するような場所を習慣的に利用する機会のある者に対しては、自身の感染予防だけではなく、感染源となることを防止するためにも、特に防蚊対策の強化の工夫や健康管理の啓発が必要と思われた。また、国内デング熱感染症例が確認された場合は、蚊が多く分布する地点での成虫対策の実施が必須であると思われた。代々木公園またはその周辺の訪問者全体については、その総訪問者数、訪問の目的、公園での滞在場所、滞在時間などのデータがないため、今回の結果では訪問者全体でのデング熱感染のリスクとしては解釈できない。
今後も日本でのデングウイルス伝播の知見を蓄積することが公衆衛生対策上必要である。
- デング熱・チクングニア熱等蚊媒介感染症の対応・対策の手引き 地方公共団体向け
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/270428.pdf
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP) 金山敦宏 河端邦夫 福住宗久
感染症疫学センター 島田智恵 松井珠乃 有馬雄三 木下一美 砂川富正 大石和徳
ウイルス第一部 高崎智彦 池田真紀子
昆虫医科学部 沢辺京子 津田良夫
協力
渋谷区保健所 広松恭子 石崎泰江 小林一司