国立感染症研究所

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小児侵襲性インフルエンザ菌感染症患者より分離された本邦初のa型インフルエンザ菌―東京都

(IASR Vol. 42 p65-66: 2021年3月号)

 
はじめに

 インフルエンザ菌(Haemophlus influenzae)はカタラーゼおよびオキシダーゼ陽性のグラム陰性短桿菌で, 中耳炎, 副鼻腔炎, 肺炎などの呼吸器系感染症の原因菌であるが, 菌血症や細菌性髄膜炎等の侵襲性インフルエンザ菌感染症(IHD)を引き起こすことでも知られている。本菌の中でも特に血清型b型(Hib)は小児髄膜炎の重要な起因菌であるが, Hibワクチンの定期接種化以降, HibによるIHDは劇的に減少し, 無莢膜型(NTHi)によるIHDが増加している1)。一方, 国内における血清型a型(Hia)によるIHDの発生報告は大変稀で, 2019年に成人症例が1例報告されたのみである2)。今回, 国内で初めて小児IHD症例からHiaが分離されたので, 菌株の性状を含め報告する。

症 例

 患者はメキシコ在住の0歳10か月の女児であり, メキシコにおいて5種混合ワクチン(Hibを含む)を2回接種されていた。2019年2月に入国し, 約1週間後に発熱のため都内医療機関を受診した。受診翌日に採取された血液培養からインフルエンザ菌が分離され, 積極的疫学調査の一環で当センターに菌株が搬入された。

同定試験および血清型別

 菌株(TA8730株)はグラム染色, XV因子要求性, Api NH(Biomeriux)によりインフルエンザ菌生物型Ⅱと同定された。本株について, インフルエンザ菌莢膜型別用免疫血清(デンカ生研)を用いてスライド凝集試験を実施したところ, a型血清に特異的凝集反応を示した。また, 血清型別用PCR3)によりa型に特異的な増幅が検出された。

薬剤感受性

 ドライプレート(栄研化学)を用いてアンピシリン(ABPC), スルバクタム/アンピシリン(S/A), セフェピム(CFPM), セファクロル(CCL), メロペネム(MEPM), イミペネム(IPM), アジスロマイシン(AZM), クラリスロマイシン(CAM), レボフロキサシン(LVFX)について最小発育阻止濃度(MIC)を測定した。Clinical Laboratory Standards Institute(CLSI)M100 ED30:2020の基準でカテゴリを判定したところ, すべての薬剤において感性であった。また, セフィナーゼディスク(BD)を用いてβ-ラクタマーゼ産生を確認した結果, 陰性であった。

遺伝子抽出および型別

 チョコレート寒天培地で一晩培養したコロニーから, QIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN)を用いDNAを抽出した。既報4)に従い, 抽出したDNAについてMiSeq(Illumina)および, MinION(Oxford Nanopore Technologies)を用いたHybrid Assemblyを行い, 全ゲノム完全長配列を取得した(1,852,308bp; Accession No. AP024414)。得られた配列からST型を検索した結果, TA8730株は, PubMLST5)において登録されているHiaの主要なSTであるST56(adk: 13, atpG: 16, frdB: 5, fucK: 18, mdh: 3, pgi: 11, recA: 7)であった。同データベースにおいては, Hia 201株中45株がST56であり, そのうち32株が米国分離株であった(2021年1月現在)。一方, 2019年の国内分離株であるTAMBA230株(ST1511)とは1 locus(mdh: 46)異なっていた。National Center for Biotechnology Information(NCBI)からHiaの参照配列を取得し, ROARY6)を用いてNeighbor-joining法でcore gene SNPs系統樹を描画したところ, MLSTと同様の結果が確認された()。

考 察

 今回, 国内で発症した小児IHD由来では初となるインフルエンザ菌a型株を確認した。本症例は入国後1週間の発症であること, TA8730株が世界各地におけるHiaの主要なSTであるST56であったことから, 海外からの輸入例であることが考えられた。

 Hibワクチンの接種が広く実施された結果, 世界的にHib以外の莢膜型菌や無莢膜型が増加している。HiaによるIHDの報告は, ワクチン導入前はパプアニューギニアやオーストラリア等で散発的に発生が認められる程度であったが7), ワクチン導入後は米国やヨーロッパにおいて, Hiaが多く分離されており8,9), 特にカナダやアラスカでは主要な血清型となっている10)。HiaはHib同様に重篤な症状を引き起こすことが知られており7), 国内においても今後注意が必要な血清型である。また, TA8730株はペニシリンをはじめ, セフェム系, マクロライド系, キノロン系のすべての薬剤に対し感性であったが, 海外ではペニシリン耐性Hiaが報告されているので注意が必要である11)。本菌は無症状で保菌されることがあるために, 国際化が進む中, 今後旅行者等によってHiaが国内に持ち込まれ, 水面下で伝播し国内に定着する懸念がある。今後も継続的にIHDを含めたHia感染症の発生動向に注視していくことが重要である。

 

参考文献
  1. IDWR速報, 感染症法に基づく侵襲性インフルエンザ菌感染症の届け出状況, 2013~2018年
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/ihd-m/ihd-idwrs/8609-ihd-20190221.html
  2. Kubota M, et al., Microbiol Resour Announc 9(48): e01069-20, 2020
  3. Falla TJ, et al., J Clin Microbiol 32(10): 2382-2386, 1994
  4. Miyake H, et al., Microbiol Resour Announc 9(39): e00886-20, 2020
  5. Pub MLST,
    https://pubmlst.org/
  6. Page AJ, et al., Bioinformatics 31(22): 3691-3693, 2015
  7. Ulanova M, et al., Lancet Infect Dis 14(1): 70-82, 2014
  8. Soeters HM, et al., Clin Infect Dis 67(6): 881-889, 2018
  9. Turnak MR, et al., Clin Microbiol Infect 7(12): 671-677, 2001
  10. Michael G, et al., Emerg Infect Dis 14(1): 48-55, 2008
  11. Shuel M, et al., Lett Appl Microbiol 59(2): 193-199, 2014

東京都健康安全研究センター微生物部    
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