Q1 日本脳炎に関する日本の状況としては、どのような情報があるでしょうか?
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A1
日本脳炎ウイルスに感染しても、ほとんどの人は気がつかない程度の軽い症状あるいは無症状ですんでしまいますが、ごく少数の人は髄膜炎あるいは脳炎、脊髄炎を発病します。脳炎の発病率は、日本脳炎ウイルスに感染した100~1,000人に1人程度と考えられています。しかしいったん脳炎症状を起こすと、致命率は20~40%前後と高く、回復しても半数程度の方は麻痺、認知障害や精神障害等の重度の後遺症が残ります。
わが国の日本脳炎患者報告数は、ワクチン接種の推進、媒介蚊に刺される機会の減少、生活環境の変化等により、その数は著しく減少し、近年では、年間10人未満の発生にとどまっていましたが、2016年は25年ぶりに10人を超える報告数となりました。(図1)。
しかし、日本脳炎ウイルスの増幅動物であるブタにおける感染状況〔日本脳炎ウイルスに対する免疫(抗体)保有率-感染症流行予測調査より-〕をみると、西日本から東日本にかけて毎年広い地域で抗体陽性のブタが確認されています(図2)。つまり、まだ国内では、毎年新たに日本脳炎ウイルスに感染しているブタが多数存在することになります。
また、図3に示したように、例年ブタが日本脳炎ウイルスの感染を受け始める時期は、5~7月頃に、九州、中国、四国地方から始まり、8~9月にかけてその地域が広がっていくのがわかります。
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図1. 日本脳炎患者報告数の推移(報告年別):1965~2016年11月 |
図2. ブタの日本脳炎ウイルス感染状況の年別推移:2000~2016年 |
図3. ブタの日本脳炎ウイルス感染状況の採血月別推移:2016年度 |
2005年5月30日の、厚生労働省による日本脳炎ワクチン積極的勧奨の差し控えにより、3~7歳での日本脳炎ワクチンの接種率が激減しましたが、2010年度から積極的勧奨が再開され、接種率は差し控え前と同程度あるいはそれ以上に回復してきています(図4)。
その結果、ヒトの日本脳炎に対する抗体保有状況も積極的勧奨が差し控えられる前と同程度以上に回復し(図5)、2004~2015年度の年度比較によりその推移が明らかです(図6)。
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図4. 年齢/年齢群別の日本脳炎予防接種状況:2015年度 |
図5. 年齢/年齢群別の日本脳炎抗体保有状況:2015年度 |
図6. 日本脳炎抗体保有状況の年度比較:2004~2015年度 |
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Q2 地域によって、日本脳炎に関するリスクが異なると聞きました。日本脳炎ワクチンの接種を考慮した方がよいと考えられるのは、具体的には、どの地域に住んでいる、どの年齢層の人でしょうか? |
A2 |
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2010年度から、順次年齢幅を変えて、積極的勧奨が再開されています。また、積極的勧奨の差し控えにより接種を受ける機会を逃した平成7年4月2日~平成19年4月1日生まれの者については、平成23年5月20日から6カ月以上20歳未満であれば定期接種としていつでも合計4回の接種が受けられるようになっています(特例対象者)ので、この機会を逃さないように受けておくことが勧められます。また、平成19年4月2日~平成21年10月1日生まれで平成 22 年3月 31日までに日本脳炎の第1期の予防接種が終了していない者については、第1期(生後6か月以上90か月未満)のみならず、第2期(9歳以上13歳未満)の年齢でも第1期の定期接種をうけることができます。従来からの3~4歳への第1期接種、9歳への第2期接種に加えて、2016年度は年度内に18歳になる者には第2期の接種が勧奨されています。さらに、平成28年度以降については、当該年度中に9歳に達する者に対して、順次、第2期接種の積極的勧奨が行われています。
図2に示した日本地図で、ブタの抗体保有率が常に高い九州、中国、四国地方等にお住まいの方、あるいは近年、日本脳炎患者発生が認められた地域(図7)にお住まいの方で、日本脳炎ワクチンの接種をこれまでに1度も受けたことがない定期予防接種対象者の方(具体的には、日本脳炎ワクチンを1回も受けていない現在3~7歳半のお子さま)と、上記特例対象者の方は、まずは最初2回のワクチン接種(基礎免疫)を考慮された方が良いのではと考えています。なお、抗体の維持のためには、その後の追加接種は必要です。 なお、標準的な接種年齢は3歳で2回、4歳で1回、9歳で1回となっていますが、生後6か月~90か月未満のお子さまはいつでも定期接種として第1期の接種をうけることができます。ただし、3歳未満の接種量は1回0.25mL、3歳以上の接種量は1回0.5mLと異なることに注意が必要です。
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図7. 地域別日本脳炎患者報告数(発病年別):2000~2016年11月(2016年11月現在暫定値) |
また、上記対象者以外であっても、日本脳炎が流行している国への渡航を予定されている方や、ブタの抗体保有率が常に高い地域での滞在が予定されている方で、これまでに日本脳炎ワクチンの接種を1度も受けたことがない方については、基礎免疫の必要性について、かかりつけ医とよくご相談ください。
従来から用いられてきた「マウス脳由来の日本脳炎ワクチン」の使用期限は2010年3月9日までで終了したため、2016年11月現在、このワクチンは使用できません。2009年6月2日の省令改正以降は、2009年2月23日に旧薬事法に基づき製造販売承認がなされた「乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン」の接種が定期接種の扱い(費用の補助、万一の健康被害の際の救済等)になりましたので、現在使用できるワクチンは「乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン」のみとなっています。
なお、接種にあたっては、Q4に記載した日本脳炎ワクチンによる副反応の情報や、厚生労働省から出された日本脳炎ワクチン接種に係るQ&A(平成28年3月改訂版)とも考えあわせた上、主治医の先生とよくご相談下さい。
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Q3 ブタの抗体保有率が高い地域に住んでいるのですが、近所には養豚場などはないようです。接種を考慮した方がよいでしょうか? |
A3
日本では、主にコガタアカイエカによって、日本脳炎ウイルスを保有するブタからヒトに日本脳炎ウイルスが伝播されます。最近、日本の野生イノシシから日本脳炎ウイルスが分離されたという報告もあります。蚊の活動範囲(飛行距離)は、8km程度移動したという報告もありますが、概ね2km前後とされています。
近隣に養豚場がない場合でも、蚊の活動範囲や本人の行動範囲を考慮して、判断されるのが良いと思います。日本脳炎ウイルスを媒介するコガタアカイエカは、日没頃から活発に行動しますので、夕暮れ時以降に外出する場合は、忌避剤の使用や長袖、長ズボンの着用など蚊に刺されないための対策も大切です。
また、一般的には都市部等の蚊の発生の少ない環境で生活される方が、日本脳炎に対する感染のリスクは下がると考えられます。
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Q4 日本脳炎ワクチン接種後の急性散在性脳脊髄炎(ADEM)はどのくらい報告されているのでしょうか? |
A4
A5で示すとおりADEMは様々な要因で発症しますが、2003~2004年に入院施設を有する小児科医療機関約3,000箇所に対して実施した全国調査(回収率60.2%)によると、ADEMと報告された15歳以下の患者さん101名の内、発症1か月以前にワクチン接種歴があったもの(先行感染ありを含む)は約15%(15名)で、ワクチン接種歴があったものの内、日本脳炎ワクチン後の報告は約25%(4名)でした。
〔2005(平成17)年度厚生労働科学研究『小児の急性散在性脳脊髄炎の疫学に関する研究(宮崎、多屋、岡部ら)』による〕
厚生労働省によると、マウス脳由来の日本脳炎ワクチンを使用していた時期に、予防接種後副反応報告として報告されたADEMは、1994(平成6年)度から2009(平成21)年度までの16年間に25件でしたが、その年齢分布は、3~7歳(初回接種)で18件、9~12歳(2期接種)で1件、14~15歳(3期接種:2005年7月29日に中止)で6件となっています。
予防接種後副反応報告として報告されたADEMの多くは、予防接種法に基づく健康被害救済制度の申請をされると考えられますが、厚生労働省によると、日本脳炎ワクチンの関与が否定できないとして認定を受けた方の数は、1989(平成元)年~2010(平成22)年3月までに18件で、その、年齢分布は、3~7歳(初回接種)で11件、9~12歳(2期接種)で0件、14~15歳(3期接種)で7件となっています。
1995(平成7)~2014(平成26)年度日本脳炎ワクチンの定期予防接種実施者数は(2005(平成17)年5月に積極的勧奨の差し控え)、厚生労働省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/topics/bcg/other/5.html)に公表されています。積極的勧奨が差し控えられる前の実施者数は、
- 第1期接種(生後6~90か月未満、標準的な接種年齢:3歳で2回、4歳で1回):約280万人/年
- 第2期接種(9~13歳未満、標準的な接種年齢9歳):約80万人/年
- 第3期接種(14~15歳、標準的な接種年齢14歳):約60万人/年 と報告され、2005(平成17)年7月に、第3期接種は中止になっています。(厚生労働省健康局結核感染症課長通知)
なお、予防接種法の一部改正により、2013年4月1日から予防接種後副反応報告(現 予防接種後副反応疑い報告)がすべての医師に義務づけられました。日本脳炎ワクチン接種後28日以内に発症したADEMについては、ワクチンとの因果関係に関わらず、独立行政法人医薬品医療機器総合機構安全第一部情報管理課(2014年11月24日までは厚生労働省健康局結核感染症課)に直接FAXで報告することになりました。報告様式はPDFと電子媒体の両方で作成されており、副反応疑い報告書(別紙様式1)の最新版(PDF)はhttp://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/saishin.pdf、副反応疑い報告書(別紙様式2)の入力アプリ(「予防接種後副反応疑い報告書」入力アプリ)(国立感染症研究所)はhttp://www.niid.go.jp/niid/ja/vaccine-j/6366-vaers-app.htmlからダウンロード可能です。
法律に基づいて2013年4月1日~2016年6月30日までに医療機関ならびに製造販売企業から報告された「乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン」接種後のADEMのうち、専門家の評価によりADEMとして否定できないとされた症例は12件でした。 3歳の女児(ワクチン接種から6日) 3歳の男児(ワクチン接種から7日) 3歳の女児(ワクチン接種から7日) 3歳の男児(ワクチン接種から18日) 3歳の男児(ワクチン接種から76日) 5歳未満の女児(ワクチン接種から7日) 6歳の女児(ワクチン接種から2週間) 6歳の男児(ワクチン接種から約2週間) 5~9歳代の男児(ワクチン接種から2日) 10歳未満の女児(ワクチン接種から5日) 10歳未満の男児(ワクチン接種から17日) 10歳代の女児(ワクチン接種から15日)
詳細は、厚生労働省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei.html?tid=284075)に公表されています。
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Q5 急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は、様々な要因で発症するといわれていますが、どのようになっているのでしょうか? |
A5
わが国における15歳以下のADEMおよびその周辺疾患(多発性硬化症を除く)の発症頻度は年間約60例程度、15歳以下の小児人口10万人あたり年間0.32であると推計されています。本調査(*)によるADEM発症の平均年齢は6歳11か月でした。
また、宮崎らによる1994~1995年,1999~2001年,2001~2002年におけるAND(acute neurological diseases: 小児急性神経系疾患)調査では、国内約10地域より59例のADEM(ほとんどは原因不明)の報告があり、発症のピークは6歳前後で、全治19%、軽快66%で死亡例はなかったと報告されています。
(2005年6月27日、国による日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨の差し控えについて-日本小児科学会コメントより)
〔*2005(平成17)年度厚生労働科学研究『小児の急性散在性脳脊髄炎の疫学に関する研究(宮崎、多屋、岡部ら)』による。〕
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Q6 乾燥細胞培養日本脳炎ワクチンについて教えてください。 |
A6
これまでの日本脳炎ワクチンの製造法(原材料としてマウス脳を使用)とは異なり、Vero細胞*培養由来の乾燥細胞培養日本脳炎ワクチンが2009(平成21)年2月23日に旧薬事法に基づき製造販売承認がなされ、2009(平成21)年6月2日の省令改正とともに、定期接種のワクチンとして位置づけられました。
*Vero(ヴェーロ)細胞:1962(昭和37)年に千葉大学医学部細菌学教室の安村美博先生によって樹立されたアフリカミドリザル腎臓由来株化細胞です。
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平成28年12月19日 (担当:国立感染症研究所 感染症疫学センター、同 ウイルス第一部) |