国立感染症研究所

(IDWR 2006年第33号掲載)

ウエルシュ菌(Clostridium perfringens )は、ヒトや動物の大腸内常在菌であり、下水、河川、海、耕地などの土壌に広く分布する。ヒトの感染症としては食中毒の他に、ガス壊疽、化膿性感染症、敗血症等が知られているが、本稿では最も多発するウエルシュ菌食中毒を中心に記載する。
ウエルシュ菌食中毒は、エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌(下痢原性ウエルシュ菌)が大量に増殖した食品を喫食することにより、本菌が腸管内で増殖して、芽胞を形成する際に産生・放出するエンテロトキシンにより発症する感染型食中毒である。

疫 学

表 わが国におけるウエルシュ菌食中毒事件数は年間20〜40件(平均28件)程度で、それほど多いものではない。しかし、1事件あたりの平均患者数は83.7名で、他の細菌性食中毒に比べて圧倒的に多く、大規模事例の多いことが分かる(表)。本菌による食中毒の発生場所は、大量の食事を取り扱う給食施設や仕出し弁当屋、旅館、飲食店等である。主な原因食品には、カレー、スープ、肉団子、チャーシュー、野菜の煮物(特に肉の入ったもの)等があり、一般的には以下の様な特徴が認められる。

表.細菌性食中毒1事件あたりの患者数(1995〜2004年)

1)多くは食肉、あるいは魚介類等を使った調理品である。これは、食肉や魚介類のウエルシュ菌汚染率が高いためである。さらに、食肉にはグルタチオン等の還元物質が豊富に含まれているので、調理食品内は嫌気状態になり易く、ウエルシュ菌の発育に適する。

2)原因食品は大量に加熱調理された後、そのまま数時間から一夜室温に放置されていることが多い。加熱調理された食品中では、共存細菌の 多くが死滅するが、熱抵抗性が強い下痢原性ウエルシュ菌芽胞は生存する。そして、再加熱により芽胞の発芽が促進され、同時に食品内に含まれる酸素が追い出 されて、ウエルシュ菌の発育に好条件が与えられる。また、ウエルシュ菌の至適発育温度は43〜47℃と他の細菌よりも高く、増殖速度も速いため(分裂時間 は45℃で約10分間と短い)、加熱調理食品が徐々に冷却していく間にウエルシュ菌は急速に増殖する。

一方、食中毒等の疫学解析に用いられる細菌の疫学マーカーとしては血清型が汎用され、我が国ではHobbsの型別血清(1〜17型)が市 販されている。しかし、Hobbsの血清型に一致する菌株でもエンテロトキシン非産生株も認められ、血清型と病原性は必ずしも一致しない。東京都健康安全 研究センターではHobbsの血清型に一致しない菌株の血清型別を試み、TWの血清型(現在1〜70型)を確立し、Hobbs型と併用して検査を行ってい る。都内で発生したウエルシュ菌食中毒80件(1963〜2005年)のうち、原因菌の血清型はHobbs型37件、TW型が35件、Hobbs型とTW 型の混合が8件であり、主な血清型はHobbs型1、4、3、5及びTW型6であった。原因菌の血清型は、従来は大量調理で生残した1血清型菌による食中 毒がほとんどであったが、最近、複数の血清型菌による食中毒が増加している傾向が認められる。これは、近年仕出し弁当などの製造過程が変化していることが 原因と推定される。

病原体

ウエルシュ菌は、偏性嫌気性の芽胞形成菌であるクロストリジウム(Clostridium)属の一菌種で、長さ3〜9μm、幅0.9〜1.3μmで、非運動性、グラム陽性の大桿菌である(写真)

写真.ウエルシュ菌の電子顕微鏡像

本菌は産生する主要毒素(α、β、ε、ι)の種類によって、A、B、C、D、Eの5つに分類される。食中毒やガス壊疽の原因になるウエルシュ菌は、ほとんどがA型菌である。また、パプアニュ−ギニア、ドイツ、アメリカではC型菌による壊死性腸炎の報告がある。

食中毒の原因となるA型ウエルシュ菌は一般常在ウエルシュ菌と異なり、下痢原性因子であるエンテロトキシンを産生し、大部分の菌株は耐熱性芽胞を形成する。

しかし、レシチナーゼ非産生菌あるいは易熱性芽胞形成菌による食中毒事例も稀に認められ、筆者らは、新型エンテロトキシン産生菌によるウエルシュ菌食中毒事例を明らかにしている。

臨床症状
ウエルシュ菌食中毒の潜伏時間は通常6〜18時間、平均10時間で、喫食後24時間以降に発病することはほとんどない。主要症状は腹痛と下痢である。下痢 の回数は1日1〜3回程度のものが多く、主に水様便と軟便である。腹部膨満感が生じることもあるが、嘔吐や発熱などの症状はきわめて少なく、症状は一般的 に軽くて1〜2日で回復する。

なお最近、食中毒とは異なる感染経路で発生するウエルシュ菌集団下痢症も報告されている。高齢者福祉施設で発生する事例が多く、院内感染 と認められた例もある。これらの事例では、症状は軽度の下痢、患者発生は持続的であり、食中毒と異なり、患者発生の鋭いピークが認められないのが特徴であ る。患者周辺の環境(ベットの柵、カテーテル、トイレの床、便器等)から、患者と同一のエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が分離されることも多い。

また、特に高齢者福祉施設でのノロウイルス集団感染症事例の際、ノロウイルスと共に同一血清型のエンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が多 数分離されることがある。このような事例の場合、ノロウイルスに加え、ウエルシュ菌も下痢症の原因であったか否か不明であるが、今後事例を集めて検討する 必要がある。

その他、ウエルシュ菌が産生する溶血毒のために急死する敗血症例も報告されている。その実態は明らかではないが突然死の例もあり、注意を要する。


病原診断
食中毒の最も確実な診断は、患者糞便や推定原因食品等からエンテロトキシン産生性のウエルシュ菌を分離することである。健康人のエンテロトキシン産生菌の 保菌率は約1%である。患者糞便の検査では、非病原性の常在ウエルシュ菌との区別が重要であり、食中毒事例の検査では次の点に留意して実施する。

  1. 集団発生例では、発病初期の患者糞便から、同一血清型のウエルシュ菌が高頻度に検出されること。
  2. 原因食品の残品から、患者由来ウエルシュ菌と同一血清型の菌が検出されること。
  3. 患者や原因食品から分離されたウエルシュ菌は、エンテロトキシンを産生すること。
  4. 発病初期の患者糞便からエンテロトキシンが検出されること。

エンテロトキシンの検査は、RPLA法を利用した市販試薬(PET-RPLA、デンカ生研)またはPCR法で行うのが一般的である。

治療・予防
治療としては対症療法が主である。食中毒は、ウエルシュ菌が1 g当たり10万個以上に増殖 した食品を喫食することで発生することから、予防の要点は食品中での菌の増殖防止である。すなわち、加熱調理食品は小分けするなどして急速に冷却し、低温 に保存する。保存後に喫食する場合は充分な再加熱を行う。大量調理時に発生することの多い食中毒であり、前日調理、室温放置は避けるべきである。近年の大 規模調理の増加、流通形態の変化、食肉を中心とする食生活への変化等により、本食中毒の増加が危惧されるので、その予防に対する再認識が望まれる。

食品衛生法における取り扱い
食中毒が疑われる場合は、24時間以内に最寄りの保健所に届け出る。

(東京都健康安全研究センター・微生物部 門間千枝 柳川義勢)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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