国立感染症研究所

(IDWR 2004年第10号掲載)

 腸炎ビブリオは、5類感染症定点把握疾患である感染性胃腸炎の起炎菌の一つである。
1950年10月、大阪南部で発生した "シラス干し" による患者272名、死者20名の大規模食中毒の原因菌として、腸炎ビブリオが初めて分離された。腸炎ビブリオによる食中毒の原因食品はほとんどが魚介類 である。現在でも、8月を発生のピークとして、7〜9月に多発する細菌性食中毒の主要原因菌の一つである。以前に国内で主流であった菌型から新しい菌型へ の変化が見られ、1998年をピークに急増したが、ここ数年はまた減少してきている。

疫 学
 1980年代前半までは細菌性食中毒のおよそ半数を占め、発生数並びに患者数とも常に第1位であったが、1980年代後半からは減少傾向であった。

ところが1992、3年頃を下限として急増に転じ、1997、8年には発生数で、1998年には患者数でも最近同じく急増しているサルモネラを上回ったが、ここ数年は再び減少に転じている(2004年IDWR第5週号・感染症の話「サルモネラ感染症」図1参照)。原因食品としては、判明しているもののほとんどが魚介類およびその加工品である。加熱加工したものが、汚染した水や器具によって二次汚染していたと考えられる例もある。
 腸炎ビブリオは菌体表面抗原であるO抗原によって1〜11(12、13は検討中)に、また莢膜抗原であるK抗原によって1〜75(7つの欠番がある)に 型別される。以前には血清型O4:K8が主流であったが、1992、3年以降はこれに代わってO3:K6が急増し、腸炎ビブリオ食中毒全体の発生急増の原 因と考えられる(図1)。同時期、インドやタイなどの東南アジア、あるいは米国や韓国でも同型菌の流行が起こっており、このO3:K6型菌 が世界的に流行していることをうかがわせる。パルスフィールド電気泳動(PFGE)法による遺伝子型を比較しても、各国で発生しているものは極めてよく似 たパターンを示し、同一クローンである可能性を示唆している(図2)。 1998年には東南アジア各地および国内で新しい血清型 O4:K68が検出された。OあるいはK抗原が異なればPFGEのパターンにも差異が認められるが、このO4:K68は近年流行のO3:K6と非常によく 似たPFGEパターンを示し、遺伝的に類似度が高いことが示唆される。その起源とともに、今後の動向が注目される(図1、2)

図1. 腸炎ビブリオ血清型の推移 (1994-2000)
(病原微生物検出情報「流行・集団発生情報」患者発生数10名以上の事例より)

図2. 腸炎ビブリオ分離株のPFGEパターン

病原体


 腸炎ビブリオの学名はVibrio parahaemolyticus で、コレラ菌と同じビブリオ属菌である。コレラ菌のようにソラマメ様に湾曲はしていないが、一端に1本のべん毛をもって活発に運動する短桿菌である。幼若培養菌では周毛を形成する(図3)
 好塩性があり、3%食塩濃度で最もよく発育し、栄養、温度などの条件がそろえば8?9分で分裂・増殖する。逆に10℃以下では発育せず、熱にも弱く、煮 沸すれば瞬時に死滅する。最近、腸炎ビブリオやコレラ菌の染色体は環状ではあるけれども、一般の細菌のように1本ではなく、大小2本あることが発見され た。染色体のサイズを小さくすることで、増殖速度を速めているものと考えられている。病原因子として耐熱性溶血毒(TDH)、およびその類似溶血毒 (TRH)という蛋白質性溶血毒があり、TDHによって起こる溶血性を神奈川現象と呼ぶ。TDH、TRHともに小さい方の染色体にコードされている。

図3. 腸炎ビブリオの電子顕微鏡写真
(20,000倍、パラジウムによるシャドウイング法)
上:波状の長い単毛。
下:周毛。単毛よりも波状が短く、細い。

臨床症状
 潜伏期間は12時間前後で、主症状としては堪え難い腹痛があり、水様性や粘液性の下痢がみられる。まれに血便がみられること もある。下痢は日に数回から多いときで十数回で、しばしば発熱(37〜38℃)や嘔吐、吐き気がみられる。下痢などの主症状は一両日中に軽快し、回復す る。高齢者では低血圧、心電図異常などがみられることもあり、死に至った例もある。

病原診断
 できる限り抗菌薬投与前に、排便直後の新鮮便の一部を直接TCBS寒天培地に塗抹し、37℃一夜培養する。腸炎ビブリオはTCBS寒天上で、白糖非分解 性の中心部が濃緑色ないし青緑色の集落を形成する。腸炎ビブリオが疑われる集落はさらに各確認培地に接種し、その性状を調べ同定する。その最小限の性状は (オキシダーゼ・リシン脱炭酸・インドール・ブドウ糖の発酵・マンニットの分解・3および8%NaCl加ブロスでの発育)‐陽性、(ブドウ糖からのガス産 生・白糖の分解・0および10%NaCl加ブロスでの発育)‐陰性である。同定された菌株は、O、K抗原を調べて血清型を決定する。必要に応じて、tdh、trh 遺伝子を調べる。

治療・予防
  感染性胃腸炎の治療としては対症療法が優先されるが、腸炎ビブリオでは特に抗菌薬治療を行わなくても数日で回復する。ぜん動抑制をするような強力な止瀉薬 は、菌の体外排除を遅らせるので使用しない。下痢による脱水症状に対しては輸液を行う。解熱剤は脱水を増悪させることがあり、またニューキノロン薬と併用 できないものがあるので、慎重に選択すべきであ る。病原体の定着阻止を目的に、乳酸菌などの生菌整腸剤を使用する。抗菌薬を使用する場 合は、ニューキノロン薬あるいはホスホマイシンを3日間投与する。腸炎ビブリオ食中毒の予防は、原因食品、特に魚介類の低温保存、調理時あるいは調理後の 汚染防止が重要である。十分な加熱により菌は死滅するので、大量調理の場合はその点に注意する。

 

感染症法における取り扱い(2012年7月更新)

「感染性胃腸炎」は定点報告対象(5類感染症)であり、指定届出機関(全国約3,000カ所の小児科定点医療機関)は週毎に保健所に届け出なければならない。

届出基準はこちら

 

食品衛生法での取り扱い
 食中毒が疑われる場合は、24時間以内に最寄りの保健所に届け出る。

 


【文献】
 1. 藤野恒三郎,他(編),腸炎ビブリオ,一成堂, 東京,1963
 2. Vuddhakul V, et al., Appl Environ Microbiol, 66(6):2685, 2000
 3. 荒川英二,他,病原微生物検出情報,20:161, 1999
 4. Yamaichi Y, et al., Mol Microbiol, 31:1513, 1999

(国立感染症研究所細菌第一部 荒川英二)

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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