(IASR Vol. 34 p. 70-71: 2013年3月号)
Borrelia miyamotoiは1995年にFukunagaら1)によってIxodes属ダニであるIxodes persulcatus、および野鼠の一種Apodemusspeciosusより分離された新種のボレリアである。1995年の発見以来、その病原性は不明であったが、2011年にロシアでダニ刺咬後にみられる多彩な症状がB. miyamotoi感染に起因することが明らかとなり2)、新興感染症として注目を集めている。このため、欧米諸国ではでマダニや野鼠類の病原体保有調査、患者サーベイランス等が開始されている3-5)。わが国ではこれまでB. miyamotoi感染例は報告されていない。
米国ではB. miyamotoi感染症に関する後ろ向きの血清疫学調査が行われた4)。B. miyamotoiはライム病ボレリアB. burgdorferiと媒介マダニが同一のI. scapularis と考えられていることから、本調査は1990~2010年までにライム病流行地域で集められたヒト血清を用いて行われた。調査母集団は3群に分けて評価された。第1群は、ライム病流行地域であるロードアイランド州Block 島とPrudence島およびマサチューセッツ州Brimfield 在住者の584名である。この584名は、春から秋のマダニ活動期に採血されているが、採血時は健康であった集団である。第2群はニューイングランド州南部の在住者で、ライム病が推定された患者277名である。第3群はマダニ活動期である晩春もしくは夏に、ニューヨーク州南部のライム病クリニックを訪れた患者のうち、上気道もしくは腸管性のウイルス感染が否定的で、かつ何らかのウイルス感染症様症状を伴った患者である。各群での抗B. miyamotoi陽性率は各々、1.0%、3.2%、および21.0%であった。また、第2群に含まれた患者1名および第3群に含まれた患者2名でペア血清を用いた抗体検査で抗B. miyamotoi抗体の上昇がみられた。本疫学調査で見出された抗体陽性例については、いずれも免疫抑制などはなかったとされている。
この疫学調査とは別に、Gugliottaら5)は免疫抑制状態の患者1例でB. miyamotoi感染による髄膜炎症例を報告している。本症例は米国ニュージャージー州在住の80歳女性で、原因不明の持続性の、精神錯乱を伴った進行性の精神状態低下、歩行時の揺らぎ、難聴、食欲不振による体重減少等を呈した。2005年2月に非ホジキンリンパ腫(follicular type、ステージIIA)と診断されており、同年6~9月までシクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン、リツキシマブ投薬を受けている。また、リツキシマブは2011年8月まで6カ月おきに継続投薬されていた。このほか、高血圧とうつ状態の既往がある。旅行歴および自覚するマダニ刺咬歴はなく、近年はライム病に特徴的な遊走性紅斑を認めていない。2006年と2007年にライム病の既往があり、2007年にはドキシサイクリンによる治療を受けている。CT(胸部、腹部および骨盤部)および頭部MRIでは異常所見は得られなかったが、髄液所見では細胞数増多(多核球23~37%)およびタンパク質レベル上昇(>300mg/dl)が認められたこと、有症時髄液塗抹標本のギムザ染色でスピロヘータ様構造物が観察されたことから、スピロヘータ感染症が疑われ、セフトリアキソン投与が開始された。セフトリアキソン投与開始9時間後、Jarisch-Herxheimer反応と思われる高熱(38.7℃)、血圧低下が出現したため、抗菌薬はペニシリンG静注へ変更されている。抗菌薬投与後3~5日で、上記諸症状は改善傾向を示し、30日後にはほぼすべての症状が消失するとともに髄液中のスピロヘータも検出されなくなった。有症時血液塗抹標本のギムザ染色ではスピロヘータは検出されていない。髄液から見出されたスピロヘータはその後の検査によりB. miyamotoiと同定されている。
これら米国での調査研究では、健常者であってもB. miyamotoiに感染しうること、また免疫力が低下したヒトでは髄膜炎等重篤な症状を呈する可能性があることを示唆している。わが国ではロシアと同様に、I. persulcatusが主にB. miyamotoiを伝播すると考えられるが1,6)、本マダニは北海道の平野部や本州中部以北に生息すること、I. persulcatusによるヒト刺咬例が北海道や長野県を中心に報告されていること7)から、わが国においてもこれら地域を中心にB. miyamotoi感染症が潜在している可能性が考えられる。
参考文献
1) Fukunaga M, et al., Int J Syst Bacteriol 45(4): 804-810, 1995
2) Platonov AE, et al., Emerg Infect Dis 17(10): 1816-1823, 2011
3) Geller J, et al., PLoS One 7(12): e51914, 2012
4) Krause PJ, et al., N Engl J Med 368(3): 291-293, 2013
5) Gugliotta JL, et al., N Engl J Med 368(3): 240-245, 2013
6) Taylor KR, et al., Vector Borne Zoonotic Dis 13(2): 92-97, 2013
7)沖野哲也, 他,川崎医学会誌 35(1): 67-80, 2009
国立感染症研究所細菌第一部 川端寛樹