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大阪府立公衆衛生研究所から麻疹対策に参加して

(IASR Vol. 37 p. 68-69: 2016年4月号)

はじめに

大阪府立公衆衛生研究所(公衛研)ウイルス課は1962(昭和37)年設立以来ずっと, 麻疹対策に参加してきているが, 本稿では著者が直接麻疹対策に携わるようになった2008年からの公衛研の関わり合いについて述べてみたい。

2008年は衛生微生物技術協議会で麻疹・風疹レファレンスセンターの設立が決まり, 近畿ブロックからは公衛研が参加することになった。この年は2007年の成人麻疹の流行を受け, 年末に出された「麻しんに関する特定感染症予防指針」(2007年12月28日告示)に2012年に麻疹排除が目標に掲げられた翌年であった。また, 2008年から麻疹は5類全数届出疾病となり, 予防指針の中では, 麻疹発生数が少なくなった場合, 全数検査診断を行う旨の記載があった。公衛研でも, その準備に向けて, 検査方法を含めた体制作りに着手し始めた。

麻疹の実験室診断の確立

公衛研では, 国立感染症研究所(感染研)と協力して, 麻疹ウイルス遺伝子を検出するためのRT-PCR法の確立を目指した。方法論は複数提案されたが, 最終的には, 感染研の病原体検出マニュアル(第2版)に記載された方法を用いることになった。公衛研は感染研と協力して, 検査試薬の配布や実地研修などを行い, 近畿ブロックレファレンスセンターとして近畿のすべての地方衛生研究所(地衛研)で麻疹の遺伝子検査が実施できるように働きかけた。

この当時は麻疹の検査診断としてはWHOが世界に向けて推奨していたこともあり, IgM抗体価測定が主流であった。公衛研ではまず, 遺伝子診断を確実なものにするために, IgM抗体価測定(国内製キット)とPCRの診断確度について調査した。その結果, 発症早期にはIgM抗体は検出できないこと, およびIgM抗体が偽陽性として検出される症例の存在を示し, 麻疹の実験室診断には遺伝子診断が最も有用であることを示唆した。このIgMの偽陽性の問題は, その後もかなり尾を引くことになった。この国内製診断キットは, 麻疹を見逃さないように高感度設定されており, 麻疹症例が減少するに従い, 非特異反応が目立つようになってきた。2011年に近畿ブロックで集められた麻疹疑い症例184例では, RT-PCRでは4例のみが陽性であったが, IgM抗体では, 68例が陽性と判定され, そのほとんどが非特異反応と考えられた。その後試薬メーカーの方で2012年頃から改良が進み, 現在では非特異反応がほとんどみられないようになったことは周知の通りであり, 感染研ホームページの麻疹検査診断アルゴリズムが2014年に大きく改訂された。

検査については採取すべき検体の種別についても, 議論があった。今では麻疹診断において咽頭ぬぐい液, 血液, 尿の3点セットは当然のことであるが, これが普遍的に行われるようになるまでには, 臨床および行政(保健所)に丁寧に説明していく必要があった。麻疹は, 病日にかかわらずすべての検体を検査することで, 最も確実に検査診断できる。そのため, 公衛研では, 保健師の研修会などで実例を交えて麻疹の実験室診断の重要性を伝えていった。

感染症法の改正(平成28年4月1日施行)により検査の標準化が求められたため, 公衛研は他のレファレンスセンターや協力地衛研とともに, 病原体検出マニュアル 麻疹(第3.3版)の作成に加わった。その中で特に, リアルタイムRT-PCRの診断確度についての議論を進め, 麻疹遺伝子診断の第1選択肢として有用であることを明らかにした。

ワクチン接種への関わり

麻疹ワクチンに関しては3期4期の追加接種が5年の時限で2008年に始まった。ワクチン接種事業は都道府県事務ではないが, 公衛研でもワクチン普及に関しては, 行政とともにホームページや講演会などでその必要性を強く訴えてきた。特に4期は大都市ではどこでも接種率が低く, 大阪もご多分にもれず東京都, 神奈川県同様, 4年連続で75%に満たなかった。筆者は, 2012年度, 2013年度大阪府麻しん対策審議会に出席し, 接種状況等の報告を受け, 3期4期は終了したが, この5年間で培われたノウハウが今後のワクチン接種に繋がることを期待して会を閉じた覚えがある。大阪の1期, 2期の麻疹ワクチン接種率は, 目標とされる95%には達しないものの90%以上は接種されている。今後は是非95%以上を目指して, 高い接種率を維持していってもらいたい。

大阪府は麻疹に関しては, 毎年厚生労働省感染症流行予測調査事業に参加している。毎年200人程度の被検者の抗体価を測定しているだけであるが, 少なからず感受性個体が大阪に存在することは実感できる。大阪府で発生する麻疹は家族内および院内における二次感染が多い。1歳未満児についての対策は別途考える必要があるが, ワクチン接種可能年齢, 特に成人の二次感染は, 啓発教育によって感染拡大を防いでいくしかないので, 公衛研も機会あるたびに訴えている。

麻疹排除認定

には, この8年間の大阪府域における麻疹発生状況を示している。全国でも同様な状況であり, これを受けて2015年3月27日WHO西太平洋地域事務局は, 日本が麻疹の排除状態にあることを認定した。この排除認定は, 国民の皆様, 医療機関, 行政機関, 研究機関等々, 本当に多くの関係者の努力によってなされたものであることを強調するとともに, 排除の認定基準が 「良好に機能しているサーベイランスシステムの存在下において地域または国における土着の麻しんウイルス伝播が12月以上確認されない状態」 として定義されるなか, 公衛研は大きな役割を果たしたと考える。特に最近発生する麻疹は, 海外由来かその関連によるものと思われるが, 麻疹ウイルスの遺伝子型を明らかにすることで土着株でないことを証明したり, 臨床的に判断できない症例においては積極的に類症鑑別したことが, 医療機関や行政機関の信頼が厚くなり, 排除という成果につながっていったと思われる。

麻疹排除に関しては, これまで公衛研に関係された多くの諸先輩, 諸先生方の継続的な努力の結果である。紙面の都合上氏名は省略するが, 関係各位に深く感謝したい。

大阪府立公衆衛生研究所感染症部 
 加瀬哲男 倉田貴子

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