国立感染症研究所

国立感染症研究所 感染症疫学センター・同細菌第二部
2018年10月3日現在
(掲載日:2018年11月8日)

百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis)の気道感染により、約7~10日間の潜伏期間を経てカタル症状を呈して発症する。その後長く続く咳嗽に加え、連続性の咳嗽発作や咳嗽後の嘔吐、吸気性の笛声(whoop)といった特徴的な症状を呈する。合併症として二次性の肺炎やけいれん、脳症などを合併することがあり、特にワクチン未接種の乳幼児が罹患すると重篤化し易い。新生児やワクチン未接種の乳児が発症すると咳が明確でないまま重篤な無呼吸発作などを起こし、それに伴いチアノーゼやけいれんを認めることがある。呼吸管理のため入院加療となった症例を含む事例や死亡例の情報も報告されてきた1)

2017年12月31日まで、百日咳は感染症法上の5類感染症定点把握対象疾患であった。全国約3,000の小児科定点医療機関において診断された百日咳患者の年齢(群)、性別が毎週報告され、累積患者数、流行状況などを把握する重要な情報源として活用されてきた。しかし、小児科定点からのみの報告であり、感染源や予防接種歴などの情報は報告に含まれないなどの制限があった。また、届出基準が臨床診断(2週間続く咳嗽と特徴的な咳嗽)のみであり、重症例でありながら咳嗽の期間が短く届出基準を満たさず報告されなかった患者、定点医療機関の診療圏外で発生した集団発生などに含まれる患者などを含め、正確な百日咳患者の疫学状況を把握することは困難であった2)

より正確な国内の百日咳の把握の必要性が高まるなか、わが国では特異度の高い検査法として百日咳菌LAMP法(loop-mediated isothermal amplification)が開発され3)、同検査の健康保険適用認可などの環境も整ったこともあり、2018年1月1日から国内の百日咳サーベイランスはすべての医師が届出を行う5類全数把握対象疾患へと変更された。なお、届出にあたっては原則として検査診断が求められている。以下2018年1月1日から9月30日まで(2018年第39週まで)の百日咳サーベイランスの結果のまとめを還元する。

報告対象期間に感染症発生動向調査(NESID)へ6,941例の百日咳の報告があった(2018年10月3日現在)。そのうち、感染症法上の届出基準を満たし、かつ、「感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)(以下、届出ガイドラインと略す。)」4)において示された基準の考え方に合致するとみなされた患者は6,443例(93%)であった(以下特記しない限り届出ガイドラインの基準を満たした患者について述べる)。百日咳患者の年齢分布並びにワクチン接種回数を図1に示す。初回ワクチン接種前の時期を含む6か月未満児(5%)、7歳をピークとした5歳から15歳未満までの学童期の小児(65%)、さらには小児科定点報告では把握できていなかった30 - 50代の成人(14%)においても患者が散見された。全体の58%に当たる3,742例が4回の百日せき含有ワクチン接種歴があり、5-15歳未満に限定するとその割合は79%(3,320/4,181例)であった。

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図1.百日咳症例の年齢分布と予防接種歴(2018年第1週~第39週)(n=6,443*)
*百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)に則った症例に限定
https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/610-disease-based/ha/pertussis/idsc/7994-pertussis-guideline-180425.html

検査診断方法について複数の検査方法の記載がある場合、診断の確からしさに基づいて分離同定>遺伝子検査>ペア血清>単一血清抗体価高値、の順に一つの診断方法を選択した。そのうち、遺伝子検査が51%、次いで単一血清抗体価高値が42%であった。血清抗体価に基づく診断は、出来るだけペア血清を用いることが望ましいが、ペア血清による有意な抗体価上昇のみで診断された患者は2%であった。その他、百日咳菌の分離同定1%、臨床診断に加えて疫学的リンクありの患者は2%であった。単一血清抗体価高値のみで診断、報告された全2,928例のうち、届出ガイドラインの基準を満たす検査結果(抗PT-IgG抗体100 EU/mL以上、百日咳IgM/IgA抗体のいずれか、あるいは両方陽性)に基づいた報告例は2,521例(86%)であった。実施された検査方法の年齢別割合をみると、小児では遺伝子検査の実施割合が高く、15歳以上では単一血清抗体価による診断例の割合が50%以上と増加していた(図2)。わが国では、従前のPCR法よりさらに感度、特異度の高いLAMP法が保険収載されており、より正確な百日咳の診断に有用であることから、LAMP法を含む病原診断を積極的に活用することが推奨される。

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図2.年齢群別の診断検査法の割合(2018年第1週~第39週)(n=6,443*)
(*)百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)に則った症例のみを抽出

重症化のリスクが高い6か月未満児の患者は、調査期間中に323例の報告があった。このうちワクチン未接種者が236例(73%)存在し1回目の百日せき含有ワクチン接種前の時期に当たる3か月未満児の症例が185例(57%)含まれていた。また、6か月未満児の症例において推定される感染源は、同胞が最も多く(39%)、次いで両親(父親18%、母親17%)、祖父母(5%)と報告されていた(推定感染源の重複あり)。

問い合わせも含め、情報が得られた6か月未満児233例において、182例(78%)で入院歴があり、少なくとも8例は人工呼吸器管理となっている(死亡の有無については不明である)。診断方法は遺伝子検査が276例(85%)で最も多く、次いで分離同定15例(5%)、ペア血清14例(4%)、単一血清抗体価高値11例(3%)、臨床診断に加えて疫学的リンクありの患者は7例(2%)であった(ただし、この年齢群における血清学的診断は国際的には推奨されていない)。なお、生後6ヵ月以上の症例において入院歴の記載があった症例は33例(0.5%)であった。6か月未満の患児の感染源の多くが兄姉や両親であったことから、これらの年齢層、特に学童期における百日せき含有ワクチンの追加接種等の対策の必要性が示唆された。

百日咳のサーベイランスが原則として検査診断による全数報告に変更されたことにより、これまで情報が不十分であった成人の百日咳や、診断方法、予防接種歴、さらには重症化のリスクが高い6か月未満児症例の感染源に関する情報が得られるようになった。これにより、国内のより具体的な百日咳の疫学の把握が可能となり、必要な対策や正確な診断への課題などが明確になりつつある。今後も現行の全数報告の維持に加えて、さらに詳細なデータの分析、それらの情報に基づいた予防策の提言、実施が重要である。

なお、感染症サーベイランスにおける届出基準、特に百日咳の届出ガイドラインにおける基準は、サーベイランスとしては標準的な診断による患者報告を収集するためのものであり、臨床現場において医師が患者個々に対して行う診断とは異なる場合があることに留意されたい。

 

関連資料 2018年第1週から第39週までにNESIDに報告された百日咳患者のまとめ(2018年第39週週報データ集計時点)

 

【参考文献】

  1. Kilgore PE, Salim AM, Zervos MJ, Schmitt HJ. Pertussis: Microbiology, Disease, Treatment, and Prevention. Clin Microbiol Rev. 2016. 29: 449-86.
  2. 国立感染症研究所「百日せきワクチンファクトシート」平成29(2017)年2月10日
    https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000184910.pdf
  3. Kamachi K, Toyoizumi-Ajisaka H, Toda K, Soeung SC, Sarath S, Nareth Y, Horiuchi Y, Kojima K, Takahashi M, Arakawa Y. Development and evaluation of a loop-mediated isothermal amplification method for rapid diagnosis of Bordetella pertussis infection. J Clin Microbiol. 2006. 44:1899-902.
  4. 百日咳 感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/id/610-disease-based/ha/pertussis/idsc/7994-pertussis-guideline-180425.html

 


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